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12話(51話) 私、あなたを

 

 ****




「お兄さんとお姉さん! たのしいものを見せてくれて、どうもありがとう!」


 魔法のロマンに触れ、すっかり満足した子供達は、ジニとマーシアに深々と頭を下げる。


「ああ。こっちこそ、楽しんでもらって何よりだ! サンキューな」

「皆さん、気を付けてお家に帰ってくださいね」


 空でも、夕陽が水平線の彼方に帰ろうとしている。

 いよいよ夜も近い。


「ねえ。ふたりは、このあとここで"やけい"を見てかえるの?」

「えっ?」


 少年の一人に突然質問され、二人はきょとんと彼の顔を見つめる。


「バカッ! なんてやぼなこときくのよ! あったりまえでしょう! ふたりは"こいびとどうし"なんだから!」

「いてーっ!」


「……ッ!? こっ、こい……?!」


 少女が、少年の頭をゴチンと拳で叩く。

 鈍い音が響き、少年は顔を歪めた。

 

「ごめんなさいね。コイツ、男女のなんたるかをちっともわかってないの。さあ、アンタたち! これいじょう、ふたりのじゃまをしてはいけないわ! とっととかえるわよ!」

「はーい」


 呆然と立ち尽くすジニとマーシアへ可憐に手を振り、少女は少年二人を引き連れ、夕陽に染まる港を後にした。


「……なっ、ア、アイツら……!? な、なっ……!?」


 ジニは言葉を失い、言いたい言葉が中々出てこない。


「……と、都会の子というのは、ず、随分とおませさんなんですね……」

 

 やっとマーシアが口を開き、顔を下に向けたまま、おずおずと言葉を発した。


「ホ、ホントにな! ったく、なあ! なあ?!」

「え、ええ……! ほ、本当に……!」


 二人は冷や汗を掻きながら、ふと摩天楼のほうを見遣る。ほんのりと薄暗くなり、ビルの明かりもぼちぼち灯り始めたようだ。


「……夜景かぁ。もっと暗くなったら、すげぇ綺麗に見えるんだろうなぁ……」

「そうですね……」


 開けた港からの見晴らしは最高で、摩天楼群を覗くには絶好のスポットだった。

 

「…………」


 ジニは、ふいに近くの建物にある時計を確認する。

 現在の時刻は、十八時半。


 ジニの鼓動が音を立てる。



(一緒に、夜景見てから帰ろう)



「せっかくだから」、「ついでだし」。

 誘う文句などいくらでもある。

 言うなら、今しかない。

 


「…………っ──」



 ジニは、口を開いた。




 ****



 

「──……あー、もうこんな時間か」



 わざとらしく頭を掻くと、ジニは腕時計を見つめる。


「ウォルジー、そろそろ帰らないとマズいんじゃないか?」

「え……? あ、そ、そうですね……」

 

 マーシアはハッとし、返事をした。



 二人は港を後にし、駅に向かって歩き出す。



「楽しかったな、今日は……」

「はい……」


 だんだんと、二人の口数が減る。


 魔法図書館へ向かい、手を繋いだ時の沈黙は心地が良かった。

 けれど、今は今日が終わってしまう寂しさで胸がいっぱいだ。


 駅に着きコンコースへ上がると、二人は向き合い、互いの目を見つめ合う。


「ウォルジーはウィノアだから、あっちのホームか。俺はノックリーズだから、こっちだな」

「はい。では、エラ様……。今日は、どうもありがとうございました」

「俺こそ、ありがとうな。おかげで、操作の魔法(エンピュート)のこと色々分かったし」


 にんまりと笑うジニを見て、マーシアも少しだけ口角を上げる。


「あのさ、ウォルジー」

「はい?」

「……次は──」


 ジニは何かを言いかけたが、はたと口を噤んだ。


「……やっぱ、なんでもない! じゃあな、気を付けて帰れよ!」

「……は、はい」


 ホームへ向かうマーシアを、ジニは彼女の姿が見えなくなるまで見送った。

 


 

 ****




(……言えなかった……)



 電車に揺られるジニに、ズンと後悔の念が押し寄せる。


 本当は、意を決して夜景を見ようと言うつもりだった。

 それなのに、"二人きりで夜景を見る"という恋人感満載のシチュエーションに怖気付き、マーシアの顔を見たら途端に言葉が出なくなってしまったのだ。


(もし言えてたとしたら、その後どうなってたんだ……)


 今更考えても仕方ないが、あの時、一緒に夜景を見ていたら、自分は彼女に告白していたんだろうか。

「好きだ」と伝えることは、出来ていたんだろうか。


(……マジ、意気地なしかよ……)


「次は一緒に、夜景見よう」。

 別れ際にも言うチャンスはあったのに、きっかけを全て無駄にしてしまった。

 情けなくて、涙がちょちょ切れる。


(……ま、まあ、でも。今日一日、一緒にいられただけでもよかった……)


 帰る途中で交換し合ったツルの折り紙を見つめ、心でそう呟く。

 よかったと思うしかない。だって、そうでもしないと、己の不甲斐なさでペシャンコに押し潰されてしまいそうだったから。

 

 ジニ何を思うでもなく、ただ何となくやおらにツルを回転させ、ボーッとしたまま虚ろにそれを見つめる。


 その時だった。


 

「……んっ? あれ? てか……」



 突然、ツルを見つめるジニの頭に、あるアイデアが浮かんだ。



『さいきんのまほう道具には、ロマンが足りないんだ』



(……そうじゃん! これならシンプルだし、楽しいし、おまけにロマンもある! これだ!)



 ジニはツルを鞄にしまい、メモ帳を取り出す。そして忘れぬうちに、ささっとメモ帳にアイデアを走り書きをした。




 ****



 

 マーシアは人気の少ない車内で座席に座り、揺れに身を任せ、窓に映る景色を眺めていた。


 遠ざかる摩天楼の光。

 願わくば、ジニと一緒に見たかった。



『ふたりは"こいびとどうし"なんだから!』



(…………)



 先程の少女の言葉が、脳裏をよぎる。


(……恋人。あの子には、そういう間柄に見えたということよね……)


 そう思われたことに、抵抗はない。

 それどころか──



(……凄く、嬉しかった……)



 マーシアは、ようやく自覚した。

 自分の、ジニに対する恋心を。


 一体、いつから?

 そんなものは分からない。

 気が付けば、彼と会話をする一時が楽しみになり、気が付けば、共にいる時間がたまらなく愛おしかった。


(…………)


 ジニが作った不恰好なトンボを、マーシアはハンドバッグから徐に取り出す。



『コイツらずっと空飛びたそうにしてたからさ、飛ばせてやったら喜ぶだろうなーって思って!』



 マーシアはトンボを手に乗せると、指でそっと撫で、胸に寄せた。



(エラ様……あなたはいつか必ず、目標を実現出来る……。あなたのその純粋な心が、きっと素敵な魔法道具を作り上げる……)

 


 確固たる根拠など、何もない。

 けれど、マーシアにはそう思えて仕方がなかった。



(……)



 涙が一粒、ふいにマーシアの瞳から零れ落ちる。



(……エラ様……)



 愛しい者の名を心の内で紡ぐと、どうにもならない感情が彼女の胸を締め上げ、視界がみるみる滲んでいく。



(エラ様、私……。あなたをお慕いしています……)



 静かな静かな、列車の車内。



 まさか誰も、ここに声を殺して涙を流す少女がいるなどとは夢にも思わず、ある乗客は座席に座って微睡み、ある乗客は新聞に目を通し、一つ大きなあくびをする──。


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