5話 家具屋のご令嬢
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「ああ、知ってるぞ。あの子、ティムズワース市にある【ウォルジー家具店】のご令嬢だろ?」
次の日のこと。
ジニの問いかけに、アレイシオはサラッとそう答えた。
「何で知ってんですか?!」
「入社の時に話題になってたからな。何でウチみてぇな会社に入ったんだって」
「えぇ……そ、そうだったの……??」
全く存じ上げなかった。
「ウォルジー家具店って、そんなに凄いんですか?」
「それなりに有名な店だぞ。"ウォルジー家具は倒れない"って台詞、ラジオのコマーシャルで聞いたことねえか?」
「ないですよ。俺、ラジオ持ってないもん」
ジニは口を尖らした後、思いを巡らす。
(けどまあ、言われてみればアイツ、かなり上品な感じだったもんなぁ……。俺のことも様付けで呼ぶし、そりゃあ立派なお嬢様だわ……)
逆にそれでよく勘付かなかったもんだと、ジニは昨日の自分に呆れ果てる。
「まあ、そんなことは置いておいてだ。さっきお前が言っていた、"人を明るく楽しくさせる魔法道具"。これについて、詳しく教えてもらえるか?」
「あ、はい。実は──」
ジニはあの後、自分なりにまとめた目標をアレイシオに語った。
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「──なるほどな。物が動き回るのは前提で、だが尚且つ人の役に立ち笑顔にさせる、そんな道具か……」
「はい、そうです」
「何とも立派な目標だが、昨日も言っただろう? お前の操作の魔法は使いづらいんだ。だから、お前の力と相性よく作れる道具がどんなものなのかを模索する時間もかかるし、それはつまり、他の作業員よりも仕事に遅れをとる可能性があるってことだ。それでもいいのか? それでもお前は、折れずにやっていけそうか?」
「………………」
分かっている。アレイシオが決して意地悪で言っているわけではないことを。
ジニは即答出来ずに口を噤んだ。
だが、昨日決めたばかりであっさりと捨てられるほど、軽い目標ではない。
彼は自分を奮い立たせ、口を開いた。
「や……やーーってやりますよ!! 俺は最っ高に最強で超ハッピーな魔法道具を作り出してやるんですから!! カロンさんこそ、俺のこと舐めすぎてると、いつか追い抜かれますよ!! せいぜい気ぃ抜かないように気を付けて気張っといてくださいよ!!」
………………
「あ゛っ…………?!」
後半、絶対に余計なことを言ったとジニが気付いたのは、工房内が彼の声でシンと静まり返った時だった。
他の開発部員達は何事かと、一斉にジニのほうを見つめる。
(あああ…………。もう、もう、俺のバカ…………ッ!!)
アレイシオは、真顔で泣きそうなジニを凝視する。
「……エラ、お前は大口叩きなヤツだな」
怒りとも取れる声色で、アレイシオは静かにジニに語りかけた。
「い、いや……。い、今のはちょっとさすがにかなり、だいぶ、ね? ほら、言い過ぎたって自分でも全然自覚してるっていうか、あの、その、あの…………」
ジニはしどろもどろに弁明するが、アレイシオの表情は変わらない。
「…………よかった」
「え……?」
明らかに、ジニを睨みつけている顔からは想像も出来ない単語が、アレイシオの口から飛び出した。
ジニは怖々と目を眇め、アレイシオの顔を覗く。
「それだけ生意気言える根性があるんじゃあ、お前はちょっとやそっとのことで折れはしないだろう。安心したよ」
アレイシオは穏やかに微笑んだ。
「カ、カロンさん……」
ジニはその優しい表情に安堵し、思わずうるっと目を潤ませる。
「お前の力を最大限使った魔法道具、きっと作ってみせるんだぞ」
「はい……俺、頑張ります!! 絶対、絶対!! 凄いやつ作ってみせますから!!」
上司の声援を受け、改めてジニは心に目標を刻み込んだ。
「期待してるぞ。で、それはそれとして……」
たった今まで優しかったアレイシオの顔は、再び真顔に切り替わる。
「さっきのアレは、普通に言い過ぎだな」
「ですよね…………」
そこはしっかり怒られた。
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「じゃあ、エラ。お前の力を活かせそうな魔法道具、俺も何かないか調べてみよう。それと、お前の操作の魔法の効果は開発部の連中にも伝えておく。皆んなで共有していれば、お前も少しは仕事がやりやすくなるだろうからな」
「マジですか、ありがとうございます!」
ジニはアレイシオに深々とお辞儀をし、その日の仕事を終えた。
「そういや、今日ウォルジーのこと見かけなかったな」
本日確定したご令嬢の件もある。
何となくマーシアに会っておきたく、ジニは本館の二階にある魔材調達部の執務室へ向かった。
「あ〜、もう閉まっちゃってるかぁ……」
執務室は電気が消えており、すでに皆帰宅しているようだった。
「しゃあねえ……。また明日だな」
溜め息を吐き、自分も帰ろうと踵を返したその時。
「あらっ、ジニ様……?」
「わ゛ーーっ!!」
目の前に突然マーシアが現れたので、驚愕したジニは変な声を漏らした。
「ウォウォウォ、ウォルジー!? ビックリした! 帰ったんじゃなかったの?!」
「忘れ物をしてしまって、取りに戻ってきたんです。ジニ様こそ、どうしてこちらに?」
「いや、俺はウォルジーと話したかったからここに来たんだけど……」
「えっ……!? お、お話し、ですか……?」
お話と聞いて、明らかにマーシアは戸惑いを隠せない様子だ。
「そっ! お前さ、ウォルジー家具店ってとこのお嬢様なんだってな! すっげぇな! 超金持ちじゃん!!」
「………………っ!!」
マーシアの顔からボッと湯気が沸く。
「…………あれ?」
褒めたつもりで言ったのだが、マーシアの反応が予想と違い、ジニは戸惑いを見せる。
「何だよ、そんなに顔隠して。お嬢様なんだろ、金持ちなんだろ?」
「や、やめてください……」
真っ赤な顔を見せないよう、マーシアは両手のひらで顔を覆い尽くす。
とりあえず二人は場所を移動し、一階の談話スペースに向かいあって座った。
忘れ物を取りに執務室へ入った間、ようやく顔の熱が引いたというのに、マーシアは再び顔をポッポと赤くする。
「……うぅ。気が付かれていないと思っていたのに……お恥ずかしい」
「気が付かれないようにってことは、バレたくなかったのか?」
「はい……」
「何でまた、そんな?」
「そ、それは…………」
マーシアは言い淀んだが、ジニを見ておずおずと口を開く。
「自分で言うのもおこがましいのですが、その……私がウォルジー家具店の経営者の娘だと周りに知られてしまったら、色々と皆様に気を遣わせてしまったり、あるいは敬遠されてしまうのではないかと思ってしまって……」
「ああ。お前の父ちゃんとこの店、有名らしいからな」
「ううぅ……そうなのです……」
自重をして言うには、家業の知名度があり過ぎる。マーシアは苦しそうに言葉を発した。
「でもさぁ。バレたくないったって、お前もうすでにバレバレだぞ。入社の時から噂になってるって、カロンさん言ってたし」
「え゛っ……?!」
ジニの放った包み隠さない発言に、赤かったマーシアの顔はサーッと青色に早変わりする。
「ほ、ほほ、本当ですか?! そ、そんな……?! わ、私、皆様に無意識に無礼を働いていなかったかしら……? 私の気が付かないところで、ご迷惑をおかけしていなかったかしら……?」
マーシアは青ざめた顔でアワアワと取り乱し始めた。
「……そもそもバレるの嫌なら、昨日俺にベルナ・ストリート住みだってこと言わなきゃよかったのに」
ジニはボソッと呟く。
「…‥…………っ!!??」
滝に打たれたような衝撃を、マーシアは全身に感じた。
「……あれ? もしかして、気付いてなかった?」
「………………」
またも顔を覆い、マーシアは自身の溜め込んでいる熱を放出する。
「そ、そうですよね……。言わなければ、分からないことでしたのに……」
「何でわざわざ言っちゃったんだよ」
「質問をされたので、答えないと失礼かと思って……」
「…………そっか」
マーシアはプシュプシュと湯気を立ち上らせた。
「なーんか、ウォルジーって本当真面目だな」
ジニはマーシアを見つめ、そう言い放つ。
「よく言われます……。昔から父に『常に誠実であるように』と言い聞かされてきたので、その影響によるものなのかもしれません……」
「そんなこと言ってるぐらいじゃ、父ちゃんも相当真面目そうだな」
「ふふっ……はい。親子で一緒なんです」
父の話をし、ようやくマーシアの表情に笑みが戻ってきた。
「お前の父ちゃん、俺のイメージする金持ちとだいぶ違いそうかも。なっ、父ちゃんギラギラした服着て葉巻吸って、高そうな椅子座ってた?」
「ど、どれも当てはまらないかと……」
ジニはかなり失礼な質問をぶつけ、マーシアを困惑させる。
「あっはは、お前の父ちゃんだもんな、そんなわけねぇか! 俺の勝手なイメージだと、スーツビシッと着こなして髪も綺麗に整えてる大人の男! って感じするけど、どう?」
「まあっ、凄い。ふふっ、おおよそその通りです!」
「やっぱりな!」
ジニは自身の予想的中に大喜びして指を鳴らす。
「父は穏やかで寛容な人なんです。私がハイネ・カンパニーへ入社したいと話をした時も、『自分のやりたい仕事をやりなさい』と、背中を押してくれました」
「ふーん、いい父ちゃんじゃん」
ふと、ジニは工房の皆が疑問に思っているあの件について思い出す。
「そういえば何でウォルジー、この会社に入ったの?」
「それは……たまたま求人で見つけた【魔材調達】という言葉に惹かれてしまって……」
「ほう?」