9話(48話) 折り紙で息抜き
****
(操作の魔法も、こうして調べてみると、初めて知ることでいっぱいだわ)
魔法の中でも、一際身近な存在である操作の魔法。
普段何気なく使っていたが、その起源や、どうして魔法道具と親和性が高いのか等々、今まで深く追求してまで考えなかったことが、専門書には事細かに記されている。
(なるほど……。ほとんどの魔法道具作りに操作の魔法が使われているのは、道具に"核"としての役割を持たせ、その他の魔法の付与を容易にする目的があるから、と……)
魔法道具を作るのに基礎となる役割を果たしているというのは知っていたが、その他の魔法の付与云々は初耳だった。
だがこれも、自分が知らなかっただけで、魔法道具職人には既知の事実なのかもしれない。
興味深い情報に、マーシアの頁を捲る手がどんどん早まる。
(──うーん……。一度休憩しましょう……)
それからマーシアはある程度専門書を読み進め、一息吐くため頁から目を離した。
読み進めてみたものの、残念ながらここまでの記述で、現在のジニに役立ちそうなものは見受けられなかった。
勿論知識を持っているに越したこともないが、即座に実践面で使える内容でないと、彼にとっては意味がない。
だって、彼がこんな難解な内容を覚えていられるはずないのだから。
(あら、そういえば……? エラ様、随分と静かだけれど……)
夢中で読み耽っていたばかりに、ジニのことをすっかり忘れていた。
マーシアは顔を上げ、ふと彼を見遣る。
「……っ!? エラ様?!」
「うううぅ…………」
ジニは机に身体を預け、萎れていた。
「無理、無理……。何言ってんのか、全然理解んないぃ……」
「し、しっかりしてください!」
彼の気力は、すっかり白旗を上げているようだ。 ドバドバと滝のように流れる涙が、それを物語っている。
「一体、どこから分からなくなってしまったのですか? 私も一緒に読み解きますから、教えてください」
「ここ……ここから、もう……」
「三頁目で!?」
なんてこったである。
マーシアはあんぐりと口を開けた。
「へええぇ…………」
重たい頭を上げられず、ジニは項垂れたまま魂を吐き出す。
(ど、どうしましょう……。エラ様、すっかり意気消沈してしまっているみたい……)
この状態になってしまっては、彼の気力はちょっとやそっとじゃ復活しないだろう。
何か、彼の気を紛らわせるものでもないか。
マーシアは辺りを見回すが、当然周りには蔵書しか置いていない。それでは、止めを刺してしまうようなものだろう。
「……ああっ、そうだわ……!」
ピンと思い出したものがあり、マーシアはハンドバッグを開ける。
中から取り出したのは、家を出る寸前にしまった、あの薄い木箱だ。
これならと、マーシアは早速ジニに声をかけた。
「エラ様、これを見てください」
「……?」
ジニはどよんとした顔で、マーシアのほうに顔を向ける。
マーシアは、机に色鮮やかな紙を広げていた。
「何、これ……?」
「これは、【折り紙】です。タンゴイへ調達に行った際、お土産として購入したものなのですが、エラ様にお見せしたくて持ってきてしまいました」
マーシアは海老色と白色の矢じり模様が描かれた一枚の折り紙を、対角線上で半分に折ってみせる。
「昔からある伝統的な遊びだそうで、このように紙を折り、形を作っていくんですよ」
「へぇ……何か、変わった紙だな」
ジニは少し気力が戻ったか、興味津々に机上の折り紙に手を伸ばす。
それは薄い手触りで、表面がザラザラとしていた。あまりロドエでは見かけない繊維の紙のようだ。
「少し、息抜きをしましょう。今からある形を折っていきますので、ようく見ていてくださいね。……上手く出来るかは分かりませんが」
「ははっ、何作ってくれんだろ!」
そして、マーシアは真剣な表情で、折り紙を折り折りと折っていく。
ジニも自然と彼女と同じ面持ちに変わり、その手の動きをじっと見つめた。
「ここを、こうして……。お次は、こうで……」
折り図が描かれた紙を眺め、マーシアは手こずりつつも、折り紙を折り進める。
そして、とうとう折り紙が完成した。
「出来ました!」
「おおー、すげぇ! こりゃ、鳥か?」
「はい。"ツル"という、大きな鳥を模したものです」
マーシアの手により生まれた"ツル"は、羽を開きスッと伸びた首が特徴的な、美しい鳥であった。
「少々難しいですが、夢中になれて楽しいですよ。エラ様も、ぜひどうぞ」
「サンキュー! ちょっとやってみよ!」
マーシアのおかげですっかり気力の回復したジニは、彼女から折り図を借り、折り紙に挑戦してみる。
「ホントだ。やってみると、結構ムズいな……」
顰めっ面で悪戦苦闘し、折り紙と向き合う。
「うふふ。エラ様、上手です。頑張ってください」
「はい!! がんばります!!」
マーシアからの声援で、紙を折る手が早くなる。
「で・き・た!!」
ジニが作ったのは、"トンボ"の形だ。
何度か折り目を間違えたので所々変な折れ跡が目立つが、これくらいはご愛嬌の範囲内だろう。
「ふふ。リアリティがあって、まるで本当のトンボのようです」
「へっへー!」
マーシアに褒められ、ジニは鼻高々に胸を張る。
「こうしてツルと並べると、同じ羽を持つもの同士、何だか仲良しに見えますね」
並べた二つの折り紙を見て、マーシアは表情を弾ませた。
「ははっ、確かに! しかも、何か可愛く見えてきたな」
「うふふ、はい。自分の手で作ると、愛情もひとしおですものね」
二つの折り紙は、まるで今すぐ羽ばたくことを望んでいるかのように、羽を広げて寄り添う。
「……そうだ!」
それを見つめていたジニに、突如ある名案が浮かんだ。
「どうかなさいました?」
「いいこと思いついた! けど、今はおっしえない!!」
ジニは指で口の前にバッテンを作り、マーシアにいたずらな笑みを向けた。
「まあ……。今すぐにおっしゃっていただいても、ちっとも構いませんのに」
彼の無邪気な意地悪にマーシアも少しだけ乗っかり、ジトッと目を細めてみせる。
「ダーメ、内緒内緒! ウォルジーだって、前に俺に内緒攻撃使ってたろ? お互い様!」
「あらっ、そうでした。では、仕方がありませんね」
「そっ! 後の楽しみにしててってこと!」
「……ふふっ、分かりました」
わざと意地悪にしてみせた顔も、いつの間にか相好が崩れ、ついつい綻ぶ。
この時間が、永遠に続いてほしい。
ふと、マーシアの心はそんな思いに駆られた。
「はー。にしても、折り紙やったらちょっと頭スッキリしたかも。今なら、文字が理解出来ちゃったりして」
「まあ、本当ですか? では、今度は私も一緒に見ていきますので、もう一度頑張りましょう!」
「っしゃ! やるか!」
ジニはやる気に溢れている。今のうちだ。
マーシアはジニの横にさっと移動し、共に記述を追っていった。




