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6話(45話) おめかしをして

 行き先が決まってからの数日が飛ぶように過ぎたのだ。

 たった二日なんて、瞬きをすればすぐにやってくる。


 

 そんなわけで、お出かけ当日。



「よおおっし!!」


 

 ジニは鏡を見てバーガンディ色のネクタイを整えると、頬を叩き一発気合いを入れる。

 

 ネクタイと同じ色合いのストライプ模様が入ったベージュの半袖シャツに、焦茶色のズボンを合わせたサスペンダーコーディネート。

 それに、カッコいい大人の男には外せない、茶色の中折れ帽。

 流行りを取り入れた、間違いない組み合わせ。今日のために奮発して購入したのだ。


「そろそろ出るか。よーし、ウォルジー!! 待ってろよ〜!!」


 行き先が気乗りのしない魔法図書館とはいえ、それとマーシアと一日一緒にいられる喜びはまた別である。

 ジニは高らかに声を上げると、自宅を出て目的地へ向かった。



 同刻、マーシア宅にて──



「……うーん、変ではないかしら?」



 ドレッサーの鏡の前で、マーシアは化粧を施した己の顔を繁々と見つめる。


 普段あまり化粧をしないマーシアだが、今日は顔に粉をはたき、瞼にはほんのり色付く程度の、控えめなピンク色のアイシャドウを入れた。


「あとは、()()を塗れば完成なのだけれど……」


 マーシアの視線は、手に持つ艶やかな深紅色をした口紅(ルージュ)に注がれる。


 先日、今日のための服を探しに街へ繰り出し、その際に立ち寄った化粧品店で購入したものだ。


 愛想の良い店員の「品の良い色合いで、年齢を問わず人気があります」という売り文句に心を掴まれ買ったものの、冷静になって眺めてみると、十代の少女が使うにはあまりにも背伸びをしすぎな色味に見える。


(ど、どうしましょう……。これを塗ってエラ様にお会いしたら、引かれてしまうかしら……?)


 この口紅は、言ってしまえば蠱惑的な女性にしか似合わなそうだ。

 そんなものを自分の唇に塗ったところで、ただ鮮やかに映る深紅だけが悪目立ちし、異質さを際立たせるだけかもしれない。


「…………きょ、今日は、やめておきましょう!!」


 散々考え抜いた末、マーシアは口紅を化粧台の引き出しに勢いよくしまった。

 その代わり、リップクリームを塗って唇にツヤだけ出しておいた。

 大人の色気を出すのは、彼女にはまだ早かったようである。



「──ふうっ。これで、よしっ……」



 マーシアは姿見の前でくるくると回り、コーディネートを確認する。


 白襟が付いた緑色のギンガムチェックのパフスリーブワンピースに、黒い帯が巻かれ同色の花飾りが施された、白色のクロシェハット。

 靴は悩んだが、最終的に五センチほどのヒールが付いた、黒色のレザーシューズにすることに決めた。


 そして母からもらった香水をプシュッとひと吹きし、全身にまとわせる。

 ふんわりと、鈴蘭の爽やかな香りが辺りに広がった。


「後は、持ち物を……」


 一通りハンドバッグの中身をチェックし、忘れ物がないか確認する。

 

「……!? 大変、()()()()()を忘れていたわ!」


 マーシアは大慌てで机の引き出しを開け、大事なものとやらを取り出した。

 それは、直径十五センチほどの薄くて小さい木箱だった。


「エラ様にお見せしたかったのに、これを忘れてしまっては意味がないわ……」


 ほっと安堵し、ハンドバッグにしまう。

 今度こそ、準備万端だ。 


「では、そろそろ向かわないと」


 時計を見ながら、急ぎ玄関へ向かう。

 扉の鍵を閉めると、マーシアは鼓動を響かせ、駅へ向かって歩み始めた。



 清々しい青空の下では、今日も太陽が燦々と輝く。




 ****




「ちょっと早く着いたな」


 駅前の時計台を見てジニはそう呟き、辺りを見渡す。


 とうとうやって来た、大都会。

 幼い頃に一度家族で訪れたことがあるらしいが、その記憶はジニの頭に全く残っていない。

  

 街を行き交う自動車、高架を駆け抜ける鉄道、ウィノア市の比ではない数の路面電車。


 ただでさえ交通手段の数だけでも圧倒されるというのに、アール・デコ調の洒落た摩天楼の下を颯爽と歩く人々は、誰も彼もが生き生きと胸を張り、これでもかと大人の余裕を見せつけてくれる。


「……すげぇなぁ」


 時代の最先端を行く華の街。

 こんな機会がなければ、到底訪れることはなかっただろう。

 

(まあ、今日のメインは魔法図書館なんだけど……)


 とほほ、と言わんばかりにジニは情けなく溜め息を吐く。


 見所しかなさそうな街なのに。

 あわよくば、もっと楽しそうなところへ行きたかったという思いは、中々拭えそうにない。



「エラ様、おはようございます!」



 ジニが二度目の溜め息を吐いた時、マーシアの声が聞こえた。


「おっ、ウォルジー! おは……っ──?!?!」


 眼前で手を振るマーシアの姿を見て、ジニは心臓にガトリング砲で撃たれたかのような衝撃を覚えた。



(夏の、妖精……ッ!!!!)



 夏の青々とした木々を連想させる緑色のワンピース。入道雲のような白い帽子。夜中の一抹の涼しさを感じさせる黒色の靴。

 ああ、そうか。これが、妖精女王(ティターニア)か。

 


「最高です!!!!」

「何がですか?!」



 出会い頭に突然叫ばれ、マーシアは大困惑する。


「いや……な、何でもない……。あっ、今日化粧もしてんだ!」

「え゛っ!? ……は、はい、そうです……」


 ジニに顔をじっと見つめられ、マーシアはどきりと胸を鳴らす。

 薄化粧なのでジニには分からないだろうと踏んでいたが、いとも容易く見抜かれたことに焦ったのだ。


「やっぱそうか、いいな! こないだ髪も変えてたし、ウォルジー、何やっても似合うんだな」

「ぁ、は……っ! あ、ありがとうございます……」


 流れるように賛辞の言葉を言うジニに、マーシアはしどろもどろに返事を返す。


(も、もう……。エラ様の言葉は、心臓に良くないわ……っ!)


 だが一方で、彼に褒められることを心のどこかで望んでいた自分もいる。

 そのことに、マーシアは余計に顔を赤らめた。


(それにしても、エラ様……。素敵な服を着てらっしゃる……)


 ジニは普段の仕事帰りでも作業着を着たままなことが多いので、その私服姿は新鮮だった。

 見慣れない格好をしているせいなのか、何だか今日の彼は一段と眩しく見える。


「……エ、エラ様。その服、とてもお似合いです。す、すごく良く……似合っています」


 同じことを二回言ってしまったことにも気付かぬほど、マーシアは一生懸命にジニへ賛辞を伝えた。彼の目は恥ずかしくて、とても見れなかった。


「……まじ? ……本気? ……マジイイィ!?!?」


 ジニはダブった言葉に気付いていない。

 浮かれ脳が幸いしたようだ。



「──ふうううぅ……」



 一通り暴れ狂ったところで、ジニはようやく鎮まった。

 

「そ……そろそろ、行くか……」

「そ、そうですね……」


 褒め合いが完了し、二人はぎこちなく笑みを浮かべ、魔法図書館に向かうべく足を踏み出す。

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