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5話(44話) "おかしい"感情

「では、お話をお伺いします」


 マーシアの言葉に、ファビオは顔を俯かせたまま、か細い声を絞り出す。


「……こ、この間、ウォルジーさん達と初めて会った時……。そ、その時から俺、どっかおかしくて……」

「おかしい?」 

「うん……」


 わっと感情が溢れたのか、ファビオは手で顔を覆い尽くす。


「あの、ブラウナーさんって人……あ、あの人と挨拶した時に、目が合ったんだ……。それから今日まで、ふとした時にブラウナーさんの顔が頭に浮かんじゃって……。ね、寝て起きてから、すぐに考えちゃうこともあるぐらい……」

「まあ、それは……」


 マーシアは真剣な面持ちでファビオを見つめる。

 彼の額は汗が滲み、唇が小さく震えていた。

 自分の感情を曝け出すことに、ちっとも慣れていないようだ。


「アデル様のお顔……。それは、アデル様のどんな表情をしたお顔が浮かんでしまうのですか?」

「えっ、と……笑顔。俺に挨拶してくれた時の、明るい、笑顔……」

「うふふ、そうですか。アデル様の笑顔、無邪気で愛らしいですものね」

「……っ」


 マーシアの放った"愛らしい"と言う言葉に反応し、ファビオは無意識に顔を赤らめる。


「そ、それで……もう一度ブラウナーさんと話しがしたくて、今日の仕事終わりに開発工房を覗いてみようと思ったんだ。でも……緊張して、足が動かなくなって……」

「塀の近くで考え事をしていたのは、そういうことだったのですか」


 ここまでファビオの話を聞き、マーシアは首を捻り一旦彼の状況を整理してみる。


 ファビオは、アデルと目を合ってから彼女の笑顔ばかりが頭に浮かび、また会って話がしたいと思っているとのこと。


 果たして、これらが意味することとは──?



「……! カルリエド様、もしかしたら……!」

「んっ……?」



 マーシアは理解した。

 ファビオが何故、アデルのことばかり考えてしまうのか。



「カルリエド様は……アデル様と()()()になりたいのではないでしょうか?!」

「……ともだち?」

「はい!」


 

 絶対にそうだ。

 謎の確かなる自信が、マーシアの言葉を強く押した。


「まだあまりお話をしたことのないアデル様のことが、頭に浮かんでしまう……。これは、潜在的にアデル様との仲を深めたい……つまり、お友達になりたいと願っているに違いありません!」

「な、なるほど……!」


 ちなみにマーシアは、恋愛事となると本当に鈍感である。だがそれは、交友関係の少ないファビオもまた然り。


「そうだったのか……。俺、ブラウナーさんと友達になりたかったのか……」


 ファビオはマーシアの意見を見事間に受け、衝撃を受けた面持ちで目を見張る。

 

「きっとそうです。アデル様はお優しい方ですから、すぐに打ち解けられると思いますよ」

「そ、そうかな……?! 俺、なれるかな……友達に……」

「ええ、必ず」

「あ、ありがとう……。ウォルジーさんに話聞いてもらえて、よかった……」

 


 鈍感+鈍感の足し算は、誤答を生んだだけで正解を生み出してはくれなかった。

 


「カルリエド様。またアデル様のことでお話がありましたら、気軽にお声がけくださいね。あなたがアデル様とお友達になれるよう、私も助力いたしますので」

「ありがとう……。お、恩に、着るね……」


 話をしたことで気を許してくれたのか、マーシアに見せるファビオの表情は、初対面時よりもだいぶ和らいだように見えた。



『あの子は今、少しずつ幸せを掴もうとしているんだ……』 


(…………)



 ふと、ハロルドの言葉が、マーシアの心をよぎる。

 

 気を張ることの多い人生だったのだろう。

 ならばどうか、この先心中穏やかで過ごせるよう。後の人生、楽しいことが待っているよう。


 まずはアデルとの交友関係の発展を願い、マーシアはファビオと別れた。



(……そういえば、私もよくエラ様のことが頭に浮かんでしまうわ)



 停留所に向かう道すがら、マーシアはぼんやりともの思いに耽る。


 前々から、彼の顔が浮かぶことはままあった。夢に出てきた時、指輪を製作中の時。

 自分もファビオと同じだ。いつだって浮かぶのは、彼の明るい笑顔ばかり。


(私も自分で気が付いていないだけで、本当は、エラ様ともっと仲良くなりたいと思っているのかしら……?)


 だが、もうすでに仲はかなり深まっていると思う。

 実際、三日後には二人きりで出かけるくらいなのだから。



(……二人、きり……)


 

 言葉を意識した瞬間、マーシアの顔は火を吹いた。


(……!! な、何だか急に緊張してきたわ……。でも、どうして……? 以前、お食事にも行ったのだから、二人きりなんて初めてのことではないのに……)


 前に一緒にダイナーに行った時は、こんなに緊張なんてしなかった。

 それどころか、ジニとの会話が楽しくて口元が緩みっぱなしだったぐらいだ。


(そうよ……。エラ様といる時はいつだって楽しくて、心が弾んで……。エラ様が直球に伝えてくださるお言葉だって、スッと胸に染み込んで……)


 良くも悪くも素直で明るい性格の彼と過ごす時間は、マーシアにとってかけがえのないものになっていた。

 最初は怖いと感じた彼の目付きも、今は滲むお人好しさにより輝いて見える。


 だが、それなら尚更緊張する理由も見当たらないはずでは、とマーシアは首を傾げる。


(……カルリエド様のおっしゃっていたことが、何だか分かるような気がする……)


 自分もさっきから、どこかおかしい。

 けれど、それが何故なのかまでは分からない。そのもどかしさが、マーシアの胸を小突く。


(…………)


 マーシアは、プシュプシュと顔から湯気を発した。


(……ひ、ひとまず、帰りましょう……)


 ふらりふらりと身体を揺らし、徐に停留所の道を行く。




 ****




「──エラ君、それは……?」



 次の日。ジニが見せてきた仮開発魔法道具を見たフェリクスは、引き攣る口角を頑張って抑え、彼に問いかけた。


「はいっ! こないだモーガンさんが言ってたことを踏まえて作ってみた、【一人オーケストラくん】です!」


 ジニは仮開発品に向かってジャンッと手をかざし、フェリクスに見せつける。


「ほら! モーガンさん、世間のニーズ? とか流行とか考えて作れって言ってたじゃないですか? だから今、蓄音機が欲しくても高くて買えねぇ人のために、代わりにもうちょい安く気軽に音楽聴けるような道具を作ってやろうと思って!」


 これは人を明るく楽しくさせる魔法道具。

 ジニも、今回はいいものが出来たと自信を持っていた。


「……申し分ないくらい、素晴らしい動機だな。君の目標にピッタリの、理想の魔法道具……」


 フェリクスは一人オーケストラくんにそっと触れると、勢いよく口を開いた。



「でも、見た目えぇッ!!!!」


「まだダメなのぉ?!?!」



 再び食らったボツに、ジニは床に着きそうなほど口を大きく開け、呆然と立ち尽くす。


「怖すぎるだろ、この見た目!! 何で一人オーケストラくん(これ)、こんなに手がうじゃうじゃと生えてるんだ!?」


 一人オーケストラくんは、棍棒に十本の腕が生えたような見た目で、腕二本につき一つ、トランペットやクラリネットなど、様々な楽器を握っている。


「この腕があれば、なんと最大五個も楽器が持てるんですよ!」


 そう言ってジニは自らの手をパンと叩き、一人オーケストラくんを起動させた。

 一人オーケストラくんは、絶妙な不協和音で楽器を奏でる。


「こんな感じで、持たせた腕の楽器には操作の魔法(エンピュート)がかかってるから、息を吹き入れなくても勝手に演奏してくれるんです! 指だけ、この一人オーケストラくんが動かせば……」

「いい発想だけど、ビジュアルも考えてくれーー!!」


 両耳を抑えフェリクスは叫ぶと、大きく息を吸い、再度口を開く。


「エラ君……。一回人型のようなものを作るって考えを捨てて、もっとシンプルなものを考案してみないか? 君、それなりに想像力はあるんだ。それを活かして、シンプルでかつ楽しい魔法道具を作ってみようよ」

「シンプルうぅ……?」


 ジニは、膨れっ面でフェリクスの言葉に耳を傾ける。


 シンプル。それは簡単なようで、最も難しいことのような気がする。


「色んなことからインプットしてみてさ。君なら出来る」

「うーん……。じゃあ、ちょっと頑張ってみます」


 渋々だが頷くジニを見て、フェリクスは安堵したように微笑む。


「さっきも言ったけど、一人オーケストラくん(これ)だって発想自体は悪くないからね。改良すれば、少しは何かに活用出来そうだし……。いいかな? これ、試しに改良してみても」

「え? ああ、別にいいですよ」

「ありがとう。では後々、見た目をいじらせてもらおうかな」


 フェリクスはジニに改良の承諾を得ると、一人オーケストラくんを受け取った。



(シンプルなものねぇ。どんなのがいいんだ……?)


 

 少し考えてみるが、今ここでアイデアを出すのは至難だった。

   

 操作の魔法(エンピュート)の成長日記に加え、シンプルな魔法道具の開発案。

 色々と山積みになる課題に、ジニは深い溜め息を吐く。


(はあぁ〜……。けど、落ち込んでてもしゃあねぇか。今は、日曜にウォルジーと会えんのを楽しみに生きるしかない……)


 ひとまずジニは、明後日に迫ったデートを心待ちにし、気持ちを切り替えることにするのであった。


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