3話(42話) 行き先決め
「交じり者? 何だ、それは」
アレイシオは顔を顰め、ハロルドに問いかける。
「うん。分かりやすく言うとね、カルリエド君は、【人間】と【蝙蝠】、二つの生物の姿を併せ持つ特異な存在なんだ」
ハロルドはふうっと息を吐き、続きを語る。
「あの子は、ロドエとカブーンのハーフなんだけれど……何でも昔、カブーンの魔法使いの間で流行していた【使い魔契約】が原因で、そのような体質になってしまったらしくてね」
ハロルドがファビオから聞いた詳細によると、何でもその流行していた使い魔契約のやり方というのが、両者の"血"を用いるものだったのだという。
「使い魔契約とは、本来使い魔とする動物と魔法使い、両者の爪や毛なんかを使って魔法陣で執り行うものなんだが、これを当時の魔法使いは使い魔との結託を高めようと、体内に直接互いの血を取り込んで行ったそうだ。そうした結果、混ざり合った血が奇しくも異様な遺伝子を作り出し、"交じり者"と呼ばれるが誕生してしまった、ということらしい」
「……そんなことが」
カブーンは、ロドエから隣国ミガロを挟んで南側に位置する、温暖な気候の小さな国だ。
決して遠くはない国の悍ましい出来事に、皆は驚愕し口を噤む。
「……これまで、色々苦労してきたそうだよ。だから、臆病なのかね。あんな感じでビックリすることがあると、すぐに蝙蝠になって物陰に隠れちゃうんだ」
ハロルドの言葉の端々からは、ファビオを案ずる思いが溢れている。
「君達、カルリエド君と同年のよしみだ。工房同士も近いし、ぜひ彼と仲良くしてやっておくれ。あの子は今、少しずつ幸せを掴もうとしているんだ……」
ハロルドは三人に向かってにこりと笑うと、屋根下のファビオに大声で呼びかけた。
「カルリエドくーん、そろそろ降りておいで! 皆には君の事情を伝えているから、安心していいよー!」
その声が届いたのか小さな影がのっそりと動き、やがて下に飛んできた。
皆の目に触れないよう建物裏に降り立ったそれは、次に姿を現した時にはファビオの姿に戻っていた。
「…………」
相変わらず目線が下がり、身体は萎縮している。
「まっ、カルドリル! お前の事情小難しくてよく分かんなかったけど、あんま気にすんなよ! そんな縮こまんなって!」
「エラ君。カルリエド君だよ……」
ジニの励ましの声に、ファビオは俯きながらおずおずと頷く。
「カルリエド君! 年上のお姉さんが恋しくなったら、いつでもお相手してあげるからね♡ でも、同い年にこーんな可愛い子達がいるんじゃ、お姉さんはお呼びじゃないかしら? あははっ!」
「……!!」
「ちょっと、ミア! 彼、困ってるじゃないの!」
ミアはイザベラに窘められ、舌を出して誤魔化す。ファビオは顔を真っ赤にし、ますます身体を硬直させた。
「カルリエド様。ハイネ・カンパニーの皆様はお優しい方でいっぱいですから、どうか気張らず、楽しい日々をお過ごしくださいね」
マーシアはファビオの過去の軌跡を察し、彼を慰めるように柔いだ言葉を投げかける。
「……あ、ありが、とう…………」
マーシアの落ち着きのある声色に安堵したのか、ファビオの表情は若干和らぐ。
「さて。もっと話をしたいところではあるが、カロン君、そろそろ工房の見学をさせてもらってもよろしいかな?」
腕時計を見ながら、ハロルドはアレイシオに
そう尋ねた。
「おう、そういやそうだったな。じゃあお嬢さん方、仕事再開だ。マイヤーにどやされる前に早く戻れよ」
「はぁ〜い。それじゃあ、バイバイ! カルリエド君♡」
ミアとイザベラはファビオに手を振り、工房へと戻っていった。
「ふふっ、じゃあね!」
「…………っ!」
アデルも去り際、彼に小さく手を振る。
するとやはりファビオは身体を硬直させ、呆然と立ち尽くしたのであった。
「てなわけで、時間もらっちまって悪かったな。エラにお嬢さんも、持ち場に戻って大丈夫だぞ」
そしてアレイシオらも、工房見学のため中へと去っていった。
あんなにいた人数が一気に減り、ジニとマーシアは途端に二人きりになる。
内心「ひゃっほう」と思いつつも、一応仕事中のため、あまり無駄話は出来ない。
だが、ジニは今日マーシアに会ったらぜひとも聞いておきたい、いや、聞いておかねばならないことがあったのだ。
「……な、ウォルジー。向こう戻る前に、一個だけ確認しときたいんだけど」
「はい、いかがしましたか?」
「うん、あのさ」
呑気に返事を返すマーシアに、ジニはこっそりと耳打ちをする。
「来週の日曜日、結局どこ出かける?」
「あ……」
約一ヶ月前に二人で交わした、一緒に出かけようという約束。
元々マーシアのタンゴイ遠征が終わってからと話していたため日にちだけ決めてはいたのだが、肝心な行き先がまだ不確定なままだった。
双方行きたいところがありすぎて、決めるに決められなかったのだ。
「そうでした。エラ様は、野球観戦やボーリング、それに映画館へ行きたいのでしたっけ?」
「そっ! でもウォルジーは、舞台観たり百貨店行ったり、動物園行ってウサギ触ったりしたりしたいんだろ?」
二人とも、ものの見事に意見が違う。
それもあって、余計に行き先決めは難航を極めていた。
「……だははっ! まーた、全然決まらねぇな!」
ジニは大口を開けて笑う。
「ウォルジー、仕事終わったら時間ある? 俺、本館の椅子のとこで待ってるからさ。話し合って、今日こそ行き先決めちゃお!」
「ふふっ、そうしましょう!」
ジニの言葉に、マーシアは嬉しそうに目を細める。
その後、工房に持ってきた魔材をパディーに渡すと、マーシアは執務室に戻っていった。
「ふふ……」
仕事終わりに、ジニと話が出来る。
心がほわほわする感覚を噛み締めながら、マーシアは浮つく足で通路を抜ける。
****
そして、退勤後。
「──よーく考えたらさぁ……」
ジニは珍しく何かを考え込むように眉根を寄せ、難しい顔をする。
「今更チケットなんか取れないから、野球観戦は外したほうがいいよな」
「そうですね……」
マーシアも真剣な面持ちで、彼の意見に頷く。
「それですと、舞台も除外したほうがよさそうですね。きっともうこの日時では、お席が埋まってしまっていますから」
「だな。んー……となると、後は百貨店か動物園かボーリングか映画、か?」
ジニは指で髪をいじり、行き先候補の書かれた紙を見て、目を眇める。
「ちなみに、エラ様はどこへ一番行きたいですか?」
「俺? うーん……」
マーシアの質問に、ジニは各所に出かけた場合の想像を巡らせてみる。
一緒に服なんかを選んだり、ウサギを抱っこして笑い合ったり、運動でいい汗をかいたり、ロマンス映画で感動したり──
「ぜんっっっっぶ!! 行きたい!!!!」
「全部ですか?!」
「はい!!!!」
叶うのなら、全て。
どれも魅力的すぎる。
「無理っ!! 選べない!!」
「あらら……」
一つだけ選べだなんて、酷な話。
ジニはブンブンと全力で首を横に振った。
だが、おかげで一つ分かったことがある。
「……でもな、ウォルジー。ということは、なんだけど……」
「?」
振り続けたおかげで揺れている頭を抑えるつつ、ジニはバッと口を開く。
「どこに行くんでも、絶対楽しい!」
さすがに文頭に「ウォルジーとなら」と加える度胸はなかった。だが、言ったことは間違っていない。
「選べないってことは、そういうことだろ? どこ行ったって、最終的にはめちゃくちゃ楽しめるんだよ!」
「そ、そうですね……!」
ジニの力説に、マーシアはたじたじになりながらも、納得した顔を見せる。
「では、それを踏まえて、もう一度場所を吟味してみましょうか」
「おう!」
「……おっ、エラ」
二人が改めてプランを立てようとした矢先、仕事終わりのアレイシオが突然ジニの元にやってきた。
「お取り込み中のところ悪いな。明日、お前にこれをやろうと思ってたんだ。ちょうどいいから、今渡す」
「?」
アレイシオは使い古した鞄から何やら冊子を取り出し、ジニに渡した。




