4話 素敵な力
「ところでジニ様。一体こちらで何をされていたのですか?」
「いやぁ、ちょっと物思いに耽ってて……」
「? 何かありました?」
****
「自立型の操作の魔法……?」
「そうなんだよ! だから、俺の魔法は使いづらいんだってさ!!」
先程までの悲しみと立腹がごっちゃになり、ジニはテーブルをバンバン叩きながらマーシアに本日の出来事を洗いざらい話した。
「つまり、ジニ様が操作の魔法をかけると物に意思が生まれ、自由に行動してしまうということなんですね」
「その通り!」
ジニは息を荒げる。
「あの。よろしければ、ジニ様の操作の魔法の効果を、私に見せていただけませんか?」
マーシアは興味津々にジニに尋ねた。
「えっ? いいけど、何か操れそうなもんあるかな?」
ジニは辺りを見回す。
椅子は苦い思い出があるので除外。
テーブルも恐らく椅子と同じようなことになる。
どうしようかと思いふと窓際に目線をやると、鮮やかなピンク色のサフィニアが植った植木鉢を見つけた。
「これでいいか。ほれっ!」
ジニは植木鉢に操作の魔法をかける。
植木鉢は花を揺らし、ピョコンと勢いよくその場で飛び跳ねた。
「まあっ!」
マーシアは初めて見た動く植木鉢を見て、柔らかな笑みを溢す。
植木鉢はコツコツと鉢の足を鳴らし、窓台を闊歩する。
「凄いです……! 何だか本当に、生きているみたいですね……」
ジッと植木鉢の動きを観察し、マーシアは感嘆の声を上げた。
耳はないが植木鉢にはその歓声が聞こえたらしく、得意げにエヘンとそり返る。
グラッ!
「あ゛ーーっ!!」
「あっ……大変!」
そり返った拍子に、植木鉢は窓台から転落してしまった。
咄嗟にジニは椅子に置かれていたクッションを落下する植木鉢の下に滑り込ませる。
「バカ!! お前の体割れやすいんだから、気を付けろよ!!」
ジニは植木鉢に説教をかます。
植木鉢は花をしおらせ、シュンとしていた。
「全く……」
ジニは呆れ顔で植木鉢にかかった操作の魔法を解除する。
「ジニ様、私あんなに生き生きと物を操れる操作の魔法を見たのは初めてです! 感動してしまいました!」
「あははっ、そう言ってくれんの? 嬉しっ!」
マーシアは拍手をしながら目を輝かせ、ジニを羨望の眼差しで見つめている。
そんな目で見つめられた彼が調子に乗らないわけもなく、ジニは廊下から更に適当に置物をいくつかかき集めてくると、一斉にそれらに向かって操作の魔法をかけた。
「うふふっ。置物にお顔が描かれているから、より生き物のように感じられますね。とっても可愛いです!」
行進する猫やら鳥を模った陶器の置物を見て、マーシアはころころと鈴の音を響かせるように無邪気に笑う。
「お気に召してもらえたっぽくてよかった。けちょんけちょんに言われっぱなしのままだと、悲しいからな」
マーシアの笑みにつられ、ジニも自然と微笑みが溢れた。
「本当に、とても素晴らしい才能だと思います。それなのに、魔法道具作りに活かしづらいだなんて……。きっと皆様、まだジニ様の操作の魔法の魅力に気が付いていないんです」
マーシアは自分に擦り寄ってきた猫の置物を撫でながら、優しい笑顔を見せる。
「ははっ、魅力って……。す、すっげぇ褒めてくれるじゃん! こんな使えねえって言われてるような役立たずな魔法をさ!」
言葉の響きに何だかくすぐったくなってしまい、ジニは自虐混じりに必死で感情を誤魔化す。
「そんなにご自分を卑下なさらないでください」
「へ……?」
マーシアは戸惑うジニを、真剣な眼差しで見据えた。
「ジニ様。私はあなたの使う操作の魔法があれば、いつか必ず素敵な魔法道具を生み出すことが出来ると思います。だって、こんなに人を明るく楽しくさせてくれるんですもの……。ですからどうか、もっと自身を誇ってください。あなたの力は、決して使えないものなんかではありません」
(………………っ!)
突然心が揺さぶられ、ジニは紅くなった顔がバレないよう、咄嗟に下を向いた。
(……そんなこと、初めて言われた……)
操作の魔法が得意だと自負しているのに、物が勝手にちょこまか行動してしまうゆえに今まで賞賛の言葉をもらったことなどなく、むしろ鬱陶しがられてしまうことのほうが多かった。
だからだろうか、マーシアの紡ぐ言葉が締め付けるように心に響く。
(そっかぁ……。俺の操作の魔法をそういう風に思ってくれる人もいるのか……)
嬉しいような照れ臭いような、ジニは不思議な心地に包まれる。
「ジニ様、どうかなさいました?」
いつの間にか置物達に囲まれ、マーシアは順番に彼らの頭を撫でている。その瞳は不思議そうにジニを見つめていた。
「……俺、作れるかな? 人を明るく楽しくさせるような魔法道具」
「勿論。きっと作れますよ」
マーシアは穏やかにそう答えた。
「……へへっ、サンキュー」
「うふふっ」
ジニは照れた顔を見せないよう、こっそり横を向く。
(……だったら、頑張るしかねぇじゃん。やるしかねぇじゃん……)
我ながら単純だと思ったが、「別にいいだろ」と一人微笑する。
何と言ったって、こんなにも心を動かされる言葉をもらったのだから──
人を明るく楽しくさせる魔法道具を作る。
今日、ジニはマーシアの言葉を受け、ちょっとした目標を手に入れた。
****
「あっ、てかもうこんな時間か!」
思い出したように窓の外を見遣り、ジニはガタッと椅子を立つ。外はすっかり暗くなっていた。
「お話しをしていると時間があっという間ですね。ジニ様、今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「ああ、こっちこそな!」
日の落ちた街は人通りもまばらだ。
街灯の明かりが、柔い光で二人の帰り道を照らす。
「ウォルジーは路面電車使ってんの?」
「はい。向こうの停留所を通る電車を利用しています」
「そっか。じゃ、そこまで送ってくよ」
「いえ、そんな……。すぐそこですし、お気遣いいただかなくて大丈夫ですよ」
「そうは言ってももう暗いしさ、送らせてよ。一人じゃ危ねえって、なっ?」
ジニはマーシアの顔を覗き込んだ。
バッチリ彼と目が合い、マーシアは驚愕して心臓を鳴らす。
「……で、では……。お願いをしてもよろしいですか?」
「もっちろん! 仲良くなれた記念も兼ねてな!」
ジニはニパッとした満面の笑みをマーシアに飛ばす。
(ジ、ジニ様ったら、調子のいい方なのね……)
マーシアはあせあせと、自分の心臓を必死に鎮めた。
話をして五分ほど歩くと、マーシアの利用している停留所に到着した。電車はまだ着いていないようだった。
「へー、ここの電車ベルナ・ストリートまで行くんだ」
「はい、そうなんです」
駅名標の下にある路線図を見て、ジニは目を丸くする。
ベルナ・ストリートは、首都である大都市ブルスバリーに近いところに位置する、ウィノア市内の高級住宅街だ。
平たく言えば、金持ちしか住めぬ魅惑の街である。
「すげーよな、俺には一生縁がねぇや。やっぱこういうとこ住んでるヤツって、毎日美味いもんとか食って薔薇の浮いた風呂とか入ってんのかな? あははっ、いいよなぁー! 羨ましい!」
「………………」
ケラケラ笑っているジニの横で、マーシアはまごつく。
その時、彼方から電車がやってくるのが見えた。
「あ、電車来たな。そういや、ウォルジーってどこ住んでんだ?」
「え゛っ……?!」
明らかにマーシアは動揺を見せるが、ジニはそれに気付かない。
「えっ、と…………。………ナ・ストリートです…………」
「うん?」
マーシアは聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、ジニの問いかけに返事を返す。
ガタンゴトンと電車の音が近付く。
「悪い、聞こえなかった。で、どこだって?」
「ええぇっと…………。で、ですから、その…………」
ゴニョゴニョと口籠るマーシアだったが、食い下がるジニに対して逃げ場が見当たらない。
彼女は観念した。
「わ、私、その…………。ベルナ・ストリートに、住んでいるんです…………」
今度は、ジニの耳にギリギリ届く声量で答えた。
「……あっ、へえ……?? そうなの??」
「………………はい」
電車が停留所に停まった。
マーシアは戸惑いに溢れた顔を俯かせる。
「で、では、ジニ様。お送りくださって、ありがとうございました」
「お、おう。気を付けてな……」
マーシアはペコリと頭を下げると、ギクシャクした表情のまま電車へ乗り込んだ。
ジニは呆然と手を振り、発車した電車を見送る。
(………………)
手を降ろすのも忘れ、ジニはその場に立ち尽くす。
「……私、ベルナ・ストリートに住んでるんです……????」
ようやく理解力が仕事を始め、ジニはポクポクと頭をフル回転させる。
「……えっと、つまり? ウォルジーは、ベルナ・ストリートに住んでます。ベルナ・ストリートは、金持ちしか住めません。ということは、そこに住んでるウォルジーは……?」
彼が導き出した答え、それは──
「…………金持ちじゃねぇかっ!!!!」
金持ちだった。
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次回更新は明日です⭐︎