タンゴイ調達記 6
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「朝ですよーー!!」
ジェローナの朝は早い。
イベント開始は十一時からだというのに、マーシアとシェミーは早朝五時に、彼女によって夢の世界から強制離脱させられた。
「さあっ、ラスさんも起きて! ほらほら、朝ですよーー!!」
隣の部屋で男一人優雅に過ごしていたトリスタンも、とうとう彼女の餌食となる。
「おはよう、ラスさん! よく眠れた?」
「……はい。叩き起こされることさえなければ、とっても」
トリスタンは不機嫌にそう返事を返した。
当たり前である。
その後、ジェローナは朝の準備体操と散歩に半ば無理矢理彼らを付き合わさせた。
無尽蔵の体力を持つジェローナとは裏腹に、運動を行った三人は朝っぱらから疲労困憊となる。
運動後の朝食が、ありがたいほど身体の五臓六腑に染み渡ったそうな。
そんなこんなで時間は過ぎ、いよいよ櫛がけイベントの開始時刻が迫ってきた。
祠のある境内にやって来ると、妖狐の姿が描かれたイベント半被を着るミカゲが出迎えてくれた。
「思っていたより、参加される方が多いのね」
周りを見渡せば、イベント参加の証であるネームプレートを首からかけている人物が多々見受けられる。
魔材調達部一行を含めても、十五人前後はいそうであった。
「こーんな大人数で櫛をといてったら、妖狐さん、つるっぱげになっちゃうんじゃ……」
妖狐の身体のサイズを思い出し、シェミーは疑問を呈する。
「皆さん、お待たせいたしました! いよいよ、本日の主役、妖狐様の登場です!」
進行を務めるミカゲが祠に注目を向けると、係が祠の扉を両側から開き、中から妖狐が姿を現した。
「おーっ! あれが噂の妖狐様か! 何とも麗しい!」
「真っ白な毛色に九本の尾……。神々しいわ〜」
「もふもふで愛くるしい……。さすが、【世界もふもふ名鑑】に名を連ねるだけのことはある」
『ほほほ。もっともっと言ってもらって構いませんよ』
初見の反応に、妖狐は堂々とふんぞり返る。
「では、妖狐様。お願いします」
『ええ』
ミカゲが合図を送ると、妖狐は尻尾を立たせ、まるで力を溜め込むような険しい表情に早変わりする。
そして──。
「……おおっ!」
一斉に周りから驚愕の声が漏れる。
妖狐はみるみるうちに体が大きく変化し、最終的には体高二メートルほどにまで達した。
その顔付きも凛々しく変わり、より一層魅惑のオーラを迸らせる。
『普段は思わず抱きしめたくなるMAX可愛いを演出するため体をちんまりさせていますが、これがわたしの本来の姿なのです』
妖狐は優美に座り、そう言った。
こんなに大きければ、全身の毛がなくなる心配はなさそうだ。
「さあ、皆さん。櫛は手にお持ちでしょうか? それでは、思う存分妖狐様の毛をといて差し上げてくださーい!」
──こうして、妖狐の櫛がけイベントが開始した。
伏せの体勢をしている妖狐に、参加者が群がり一斉に毛に櫛を入れる。
だが、久しくブラッシングをされていない妖狐の毛は奥底に毛玉もあり、思いの外スッと櫛が通らない。
「妖狐様! 尻尾に毛玉が多すぎます!」
『しっ、仕方ないでしょう! 今日のために、毛の手入れをせず我慢していたのですから!』
参加者はぶーぶー言いながら、妖狐の毛をとかしていく。
マーシアら魔材調達部一行も妖狐の背中付近を陣取り、毛に櫛を通した。
もふんとした毛は確かに毛玉だらけで、櫛が途中で止まってしまう。皮膚を引っ張らないよう、少しずつ毛玉をほぐしながら慎重に通していくしかなさそうだ。
「これは、想像以上に体力を消耗しますね……」
「もう、終わりにしたい……」
トリスタンは嘆きながらカツカツとひたすらに毛をほぐす。
皆のブラッシングの甲斐あって、妖狐の全身の毛は、徐々に徐々に滑らかな毛ざわりに変化していった。
ついでに換毛した綿のような塊の毛も取れ、何だか体もスッキリと細くなっていく。
──そして、二時間後。
『スーパーさっぱり!』
軽くなった体に、妖狐は喜びその場で飛び跳ねた。
「皆さんのおかげで、妖狐様の毛がこんなに取れました!」
敷かれた布の上には、もっふりと妖狐の毛が載っている。
その量は、空から雲が一つ落ちてきたのかと思うほどに大量だ。
「この毛はしばらく日光に晒した後、皆さんにお配りをいたします。妖狐様の毛は、ダニを寄せ付けませんのでね。ぜひ、布団綿代わりや、服飾作りにお使いください」
『わたし、毛までも可愛いので。くれぐれも、末永く大事に使ってくださいね』
「妖狐様、お黙りください」
『きいぃっ!』
待ち時間中には、参加者にマサのお手製いなり寿司が振る舞われた。いなり寿司を口に頬張る人々の顔は、笑顔に包まれていた。
数時間、妖狐の毛は夏の陽射しに照らされ、その後ようやく参加者の元に配られた。
もふもふでふわふわの、真っ白な毛。
勿論、魔材調達部一行もどっさりといただいた。この毛を紡いで毛糸にすれば、魔法服の試作が作れることだろう。
「やったわ! お目当ての妖狐の毛、ゲットよ!」
一時はどうなることかと思ったが、目的の品を手に入れることが出来て、ジェローナも上機嫌だ。
「では……。明日で、この村とはお別れなんですね……」
マーシアは、寂しげにポツリとそう溢す。
村に来てたったの二日しか経過していないが、その間に起こった出来事が濃すぎて、帰るのが名残惜しい。
「いえ? まだこの村にいるわよ?」
「えっ?」
けれど、部長の返しは実にあっさりしたものであった。
「今回のタンゴイ遠征、二週間ほどを予定しているでしょう? でも、まだタンゴイに来て三日目。他に目星を付けた魔材もあるし、すぐに帰るだなんてとんでもないわ! 村を拠点に、手に入れられる物は全て手に入れて、大量の戦利品をロドエに持ち帰るのよ!」
そう言うジェローナの目は、今にでも駆け出しそうなほど、気迫に満ちている。
「へっ、拠点って……? じゃあ、部長! この村から、またどこかに移動するってこと……」
「ええ! ラスさん、その通り! 早速、明日はワビシ村の西にあるトント山へ行くわよ! 先日、村の方にタンゴニース・ベルウィングの棲み家を教えてもらったの!」
「へ、へぇ、ぇ……?」
トリスタンの顔は青ざめ、血の気が引いていく。マーシアもシェミーも顔が引き攣り、言葉が出ない。
今、この場ではりきりまくっているのは、ジェローナ・モンドただ一人だけであった。




