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タンゴイ調達記 5

 そう叫ぶと、妖狐は項垂れた。

 人間達が想像している以上に、ご主人のいなり寿司へ対する愛が深かったようだ。


 そんな妖狐を見つめ、マサは真摯な表情で妖狐に語りかけた。


「妖狐様……。あなたが親父の味をそんなに愛してくれていただなんてこと、親父が聞いたら大層喜ぶと思います」

『……あなたは、ご主人の息子の……』

「はい。妖狐様、親父は生前、あなたのことを心から信仰していました。『妖狐様が村のために毎日力を発揮してくださるから、俺も妖狐様のために、美味いいなり寿司を作ってやるんだ』と、常々言っていたもんです」

『…………っ』


 マサは言葉を続ける。


「親父はね、数年前から自分が死んだ後のことを考えて、俺にいなり寿司の味を伝授させるべく、丹念にその作り方を教えてくれたんです。にも関わらず、俺にはどうやっても親父の味を継ぐことが出来なかった……。だから妖狐様、申し訳ない。あの味は……親父の味は、もう二度と、作ることが出来ないんだ」

『…………もう、分かりました』


 悲痛に満ちたマサの顔を見て、妖狐は静かに声を発した。


『マサよ、分かりました。あなたの父上が、いかにわたしのために尽くしてくれていたのか……。そして、その意思を継ごうとしてくれた、あなたの想いも』

「よ、妖狐様……」

『わたし、わがままがすぎたようです。大切な村の者達が作ったいなり寿司を邪険に扱ってしまったこと、誠に申し訳ない』


「……! 妖狐様が、マサさんに謝罪を……」


 今まで妖狐に一度も頭を下げられたことのないミカゲは、驚き見開いた目で妖狐を凝視した。


 そんなミカゲを気にも留めず、妖狐はフッと目元を細めると、マサが持つお盆に目を向けた。


『マサ。あなたのそのいなり寿司、わたし是非とも食べてみたいです。どうか、こちらに上げてはくれませんか?』


 妖狐は前足でちょいちょいと祠の床を差し、置き場を指示する。


「妖狐様! ええ、構いませんとも! 今、お持ちしましょう」


 マサはパッと顔を照らすと、いそいそとお盆を妖狐の前に差し出した。


『わくわく。おや、二つお皿がありますね? では、こちらからいただくとしましょうか』


 妖狐は右側にあるいかにも味の染みていそうな真っ茶っ茶のいなり寿司を見つめ、口を近付ける。


「……あっ! そうだ、妖狐様。そっちは──」

『…………っ!?!?』


 マサが注意しようとした言葉を、妖狐は見事叫びで代弁してくれた。



『あ゛っまああああああいッ!!!!』



 ****



『──全く。血糖値が上がって倒れるかと思いましたよ』


 器用に前足で湯呑みを掴み、妖狐は喉を鳴らして茶を飲み干す。


「ごめんなさい。ロドエの人間(われわれ)には、凄く甘くて美味しいいなり寿司なのだけれど……。やっぱり、あなたのお口にも合わなかったみたいね」

『ロドエとやらの国民は、糖尿病の概念をご存知でない?』


 ジェローナの発言に妖狐は呆れたような声を出し、奇異の目で魔材調達部一行を見つめた。

 

『申し訳ありませんが、こちらをこれ以上食べ続けることは不可能です。お返しいたします』


 妖狐は、バツの悪そうな顔でズズッとロドエ流いなり寿司の皿を押し出す。



『ふぅ……。では、お次はこちらをいただいてみましょう』


 

 そして、妖狐はマサの作ったいなり寿司を口に入れた。


「妖狐様……いかがでしょうか?」

『……!』


 怖々と問いかけるマサに、妖狐は爛々と輝く眼差しを向ける。


『とっても美味しいです! というかマサ、あなた何を謙遜していたのやら! 父上の味を、こんなにもしっかりと引き継いでいるではありませんか!』

「……えぇっ?!」


 妖狐からの耳を疑う称賛に、マサは狼狽した面持ちでバッと妖狐を見張った。


「そ、そんなバカな……! 何遍も挑戦して尚、到達出来なかったってのに! そんな、突然作れるようになるなんぞ……」

(うたぐ)っているなら、食べてごらんなさい。ほら』


 妖狐は皿をマサに押し付けた。

 マサは恐る恐るいなり寿司を手に取ると、それを口に入れる。途端、彼は心底驚愕した。


「……ほ、本当だ!? 親父と同じ味になってる……?!」


 程よい甘さの、繊細で舌のとろけるいなり寿司。父の教えの通り調理してみても、その絶妙な味加減が上手くいかず、ずっとずっと悩んでいたというのに。


「まあ、本当に美味しい! 少し甘さが控えめだけど、こういう味もいいわね!」

「ええ。砂糖も、ただガンガン入れとけばいいってものではなさそうですね」

「おいし〜い」

「うふふ、いくらでも食べらそうです」


 魔材調達部ご一行も、小さく分けたいなり寿司をそれぞれ口に運び、その美味しさに微笑む。


「マサさん、驚いた……。本当に、ご主人と同じ繊細な味じゃないか。一体、いつの間に習得したっていうんだ?」

「お、俺にも分かんねぇよ……。何でだ、どうしてなんだ……?」


『……考えられる可能性は、一つ』

「え?」


 妖狐の発言に、マサは目を丸くする。


『マサ。あなたのわたしへの"想い"です。ご主人がわたしのことを想い、いなり寿司を作ってくれていたように、あなたもいつしか、知らず知らずのうちにわたしのためを想い、ご主人の味を継承しようと弛まぬ努力をしてくれた。その想いこそ、あなたがご主人の味を作り出せるようになった、何よりの証だったのです!』


 妖狐は胸を張り、威厳たっぷりにそう言ってのけた。


「料理は愛情、と言いますものね。狐ちゃんを想う愛が、ご主人の味を永遠に受け継ぐ秘訣となる……」


 ジェローナは納得したように、頷いた。

 周りの者も皆うんうんと頷き、一件落着の穏やかな空気が流れ出す。


「……へへっ。何だか実感も沸かねぇが、これからは俺が、あの美味いいなり寿司を、妖狐様のために作ってやれるんだな」

『はい、ぜひともお願いしますよ』

「承知仕りました。そいじゃあこの先、息子にも孫にも、この味を受け継がせていかねぇとなぁ」


 マサは照れ臭そうに、だが嬉しさを隠しきれない様子で鼻を擦り、笑った。



『ふぅ〜、美味しかった。では、皆さんありがとうございました。明日の催しの準備もありましょう、今日は充分にお休みくださいませ』

「はい。では、妖狐様。お休みなさいませ……」



 すっかり日の暮れた森の道を、提灯の灯りがぼんやりと照らす。

 遠目から提灯の灯りを見た者が、やれ人魂が出ただの勘違いを起こし村の皆を困惑させるのだ、とミカゲは苦笑しながら教えてくれた。

 身の毛もよだつ怪談話も、実のところはそんな些細な勘違いから生まれているのかもしれない。



「では皆さん、明日は予定通り、十一時から櫛がけイベントを開催いたします。今晩は宿でゆっくりとお過ごしいただき、楽しみにお待ちいただけると幸いです」

「アンタら、本当にありがとな! しっかり休んでくれよ!」


 そう言うと、ミカゲは一行に向かって礼をし、マサは手を振り自宅へと戻っていった。



 お宿は、趣のある老舗の旅館。

 畳が敷かれた広い部屋にはい草の香りが漂い、ロドエレディら三人組の心を癒す。 

 トリスタンも、別部屋で思いのままに部屋を堪能していることだろう。


 夕食は、豪華な懐石料理。

 地元の川で獲れた川魚に、朴葉で包まれたキノコや牛肉。どれもこれも、ほかほかの白米に抜群に合う美味しさだった。

 余談だが、マーシアはご飯を二度おかわりした。



「グレンダさんにウォルジーさん! "温泉"に入りにいきましょう!」



 お腹が膨れると、ジェローナがふいにそう叫ぶ。



 虫のさざめきがあちこちに聞こえる露天風呂。

 マーシアは温泉という文化には初めて触れ、皆で一緒に風呂に入浴するのだとジェローナから聞かされた時は、羞恥のあまり服を脱ぐ前から顔を真っ赤にさせてしまった。


 けれど思い切って入ってしまえば、たちまち一日の疲れを癒す最高の湯加減の虜になり、そんな恥じらいを持っていたことなど、ものの数秒で忘れた。

  

 空気の澄んだ夜空に、ぽっかりと浮かぶ満月。

 露天風呂から見たその光景は、忘れ難い旅の思い出となるだろう。


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