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タンゴイ調達記 3

 ワビシ村の人々は、毎日妖狐に供物を捧げている。

 その供物とは、【いなり寿司】という食べ物らしい。


「豆腐という、大豆で出来た食品を薄くして油で揚げたものを、お揚げと呼ぶんです。油揚げって言う人もいますがね。そこに、酢や砂糖なんかで調味した甘酸っぱい酢飯を加え、甘いお揚げで包み込む。妖狐様の大好物なんです」

「まあ……。それは、とっても美味しそう……」

 

 マーシアは説明を聞きながら、ついついいなり寿司の味を想像してしまい、顔がとろける。

 

「それで、長年に渡り妖狐様に捧げるいなり寿司を提供してくれている"シノメヤ豆腐店"という豆腐屋があるんですが、そこのご主人が先月亡くなりましてね。八十六歳の大往生でした」


 ミカゲ曰く、豆腐屋の主人は何と七十年に渡り、毎日一人で手ずから妖狐に捧ぐいなり寿司を作ってくれていたそうだ。

 妖狐も、主人のいなり寿司の味をいたく気に入り、毎日それを食べるのを楽しみにしていたとのこと。


 だが──


「ご主人は、半年前から毎日はいなり寿司を作れなくなってしまっていた。病が進行し、時には立ち上がれないほど酷い容態の日もあったらしく……。なので、調子の良い時に数日分を作って冷凍保存し、毎日欠かさず妖狐様の元に渡るようにしてくれていたんです」

「……ご主人、とても妖狐様を大切に想っていらっしゃったんですね」

「はい。おそらくこの村で一番、妖狐様を深く信仰していたのではないでしょうか」


 ミカゲはそう言い、天を仰いだ。


「ご主人が亡くなり、早一ヶ月。今、妖狐様はそのご主人の作ったいなり寿司の味に飢え、お得意のわがままを発揮してしまっているんです」

「まあ……。それはまた一体、どういった系統の……?」

「『ご主人が作ったものと同じいなり寿司を用意しないと、明日の櫛がけイベントには協力しない』、という感じですね」

「まあっ、そんな……」


 そんなわけで、妖狐はこの一ヶ月、いなり寿司にありつけていないらしい。

 正確には他の者が作ったものを差し出してはいるのだが、拗ねて口を付けてくれないのだそうだ。

 そのため、現在はいなり寿司の代替品として供物に果物や餅なんかを捧げ、何とか凌いでいる状態のようだ。

 

 それを聞いたマーシアは、眉尻を下げ困惑した瞳を揺らす。


「どなたか、ご主人の味を継承された方はいらっしゃらないのですか?」

「いないのです。あの唯一無二の甘くて舌のとろけるいなり寿司は、彼にしか作れない……。そう、息子の()()さんでさえも……」


 ミカゲは手のひらで顔を覆い、ズンと俯いた。

 

「困ったなぁ……。こうやって国外からもイベントを楽しみに来てくだすった方がいるっていうのに……。妖狐様があの調子じゃあ、明日のイベントは中止にするしかないのか……」

「…………」


 事情が事情なだけに、マーシアには何も言えず、嘆きの吐息を漏らすミカゲを、ただ見つめることしか出来なかった。



 ****



 ミカゲはしばらくの間意気消沈していたが、もう一度妖狐に説得を試みてみるとのことで、祠のほうに戻り、マーシアと別れた。


 マーシアがとぼとぼと来た道を後にし、村に戻ると、魔材調達部の三人が集まっているのが見えた。各々の用事が済んだようだ。

 

「ウォルジーさん、どこへ行っていたの?」

「はい、実は……」


 マーシアは、今聞いたことを皆に話した。



「……〜〜〜〜ッ!! な、なあに、それ?! ということは私達、遠路はるばるタンゴイに来たにも関わらず、目的を達成出来ず泣く泣く帰国する羽目になるかもしれないってこと?!」



 ジェローナは目をひん剥き、雷を落とさんばりの勢いで盛大に叫んだ。


「は、はい……。致し方のない事情のようで……」

「致し方ないも何も、あるものですか! ジョーダンじゃないわ! 亡くなられたご主人に代わって、どなたかに全く同じ味を再現してもらわなきゃ!」

「ですが、部長。今、ウォルジーさんが言ってたでしょう。息子さんでも作れないご主人の味を、誰がどうやって作るっていうんです?」

「そ、それは……!」


 トリスタンがジェローナを諫めると、一行に沈黙が訪れる。


「あ。じゃあ、こんなのは?」


 シェミーがふいに手を挙げた。


「新たに、妖狐さんが気に入るいなり寿司ってのを作るんですよぉ。そうすれば、ご主人の味は思い出の中に生きて、新たなお気に入りのいなり寿司は、この先妖狐さんの舌を唸らせ続けるんです」

「あら! グレンダさん、グッドアイデア! それでいきましょ!」

「だから、誰がそれを作るんですって!」


 

 その後も、丁々発止に意見が飛び交った。


 魔材調達部としては、メインの収穫なしに手ぶらで帰るなど、とんでもない。

 妖狐の毛を手に入れるため、彼らは何がなんでも妖狐の機嫌を治さなくてはいけないのだ。そのため、あの手この手で手段を考える。


 

 ──数十分後。



「じゃあ……結局、さっきのグレンダさんの意見を採用する形でいきましょう」

「はぁーい」


 すったもんだの末、主人の味の完全コピーはまず無理だと結論付き、潔く諦めた。

 そのため、妖狐の舌を新たなる美味で上書きする作戦に出たのである。


「この中で、いなり寿司の作り方知ってる人?」


 部長の問いかけに対し、トリスタンとシェミーはシーンと沈黙を貫く。


「そういえば先程、催しの受付を担当していたミカゲ様という方に、少しばかり説明していただいて……。確か、"おあげ"というものに"すめし"というものを詰めたお料理だとか……」

「うーん。それだけじゃあ、何だか作り方がよく分からないわね。ミカゲさんって方、まだ妖狐のところにいらっしゃるの?」

「はい、おそらく」


 どうやらジェローナは、ミカゲ本人に直接教えを乞うつもりらしい。

 彼女はマーシアが戻ってきたほうを覗き、それっぽい人物がいないか注視する。


 すると、ちょうどいいタイミングでミカゲが戻ってきた。項垂れて歩いているところを見ると、妖狐への再説得は失敗に終わったようだ。


「おや、あなた方は……」

「あなた、ミカゲさん? 少しお話しよろしいかしら?」


 そして、かくかくしかじか。

 ジェローナはミカゲに、いなり寿司作戦の全容を伝えた。



「──なるほど、妖狐様が気に入るいなり寿司を……」

「ミカゲ様。どうか、詳しい調理法を教えてはくださいませんか?」


 マーシアが問いかけると、ミカゲはうーんと何かを考え、徐に顔を上げた。


「でしたら、私よりも、よりいなり寿司作りに精通した者に聞くのが一番いいでしょう。今から、その者のところへ案内いたします」

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