タンゴイ調達記 2
もふ…っ
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「では、気を付けていってくるんじゃぞ」
「はーい! ご主人、ありがとうございました!」
翌朝、朝食を終えた一行は寛ぐ間もなくワビシ村に向けて旅立つ。
「もう、歩いて向かうのみよ。皆さん、くれぐれもご自身の体調にはお気を付けを。水分補給をしっかりとね!」
「はい」
「はぁ〜い」
「はい!」
誰も、朝食の内容には触れようとしなかった。
過去最強クラスの衝撃に、触れることすら恐れていたのかもしれない。
一行は、夏山路を歩み村を目指す。
ワビシ村は、元々道もないような小さな村だったそう。
だが、ここ数十年で妖狐の噂が広まり、観光目的で村を来訪する者が増えた影響もあり、道を新設した。
といっても、石畳が敷かれた程度なので都会の道路の舗装には遠く及ばないが、それでも大きな進歩である。
そして、歩くこと数時間。
昼前に、ようやく待ちに待った村の入り口へ到着した。
【☆妖狐 櫛がけイベント開催☆】
日程:七月十二日(日)十一時 ※雨天決行
場所:妖狐の祠前
参加費:五百ムタ
所要時間:約二時間を予定しております
ワビシ村で崇める妖狐の毛を皆ですいて、スッキリさせてあげよう! 新規ご参加受付中!
「…………」
入り口に掲げてあった看板からは、村おこしの気概をひしひしと感じる。
「やあやあ、あなた方も明日のイベントへの参加をご希望ですか?」
ふいにイベントの受付係の男性が、一行に声をかけてきた。
「はい。四人おりますが、大丈夫でしょうか?」
「ええ、問題ありません。では、皆様。こちらで参加用紙の記入をお願いします」
そして、四人とも着々と参加用紙の記入を終えた。
イベント開催となる十二日は、明日。
となると、今日は特にやることがない。
「せっかくだから、今日は各自自由行動にしましょう! 村の観光をするのもよし、目ぼしい魔材を調達するのもよし。好きに時間を使ってちょうだい!」
ジェローナの鶴の一声により、皆は思い思いの過ごし方をすることに決めた。
トリスタンは本日の宿探しをして、部屋で睡眠を取るとのことだ。
シェミーは村の名産品が気になると、村人に話を伺うため村のどこかに出かけ、ジェローナは山に棲む【タンゴニース・ベルウィング】という、タンゴイでは通称"リンリンリュウ"と呼ばれる温厚なドラゴンを探しに、村人案内の元、山へと旅立った。
「私は、何をしましょう……」
マーシアはぽつねんと考える。
トリスタンのように宿でのんびりするのもいいが、せっかくなら村を見て回りたい。
とりあえず、村を探索してみることにした。
村というから質素な造りの建物が多いのかと思いきや、ワビシ村はスオウで見かけた建物と同じく、瓦屋根のものが多かった。
密集して建てられている建物はまずなく、どれも広々とした土地を最大限に活用した、ゆとりある立地間隔であるようだ。
それにしても、民家は多いが店などは一つも見当たらない。
村人は一体どこで日用品や食料を購入しているのかとマーシアが不思議に思っていると、その答えはすぐに判明した。
「あらっ」
民家と大差ない作りの建物の上部に、よく見たら"アサゴ商店"と屋号の書かれた木の看板がでかでかと掲げられている。
あまりにも民家に馴染んでいたため、見落としていただけであった。
「こちらにも、道があるわ」
まばらに敷かれた石畳を伝い、マーシアは村の奥へと進んでいく。
こっちは、森へ続いているようだ。
「これは、何かしら?」
森に続く入り口に、赤い門のようなものがある。石畳の道に等間隔で置かれているようで、何だか神秘的な雰囲気を放っていた。
「お邪魔いたします……」
何となく挨拶をしなければならないような気がして、マーシアは入り口でぺこりと会釈をし、赤い門を潜った。
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火の灯っていない苔むした灯籠が、寂しく道端に佇む。
辺りは静寂に包まれ、強いて聴こえるものと言ったら、遠くでさえずる鳥の声くらい。
(何だか、このまま未知の空間に飲み込まれてしまいそう……)
マーシアが一抹の不安を感じ、来た道を引き返そうかとも考えた矢先、進行方向から話し声が聞こえた。
「……様! このと……り……! ……いしま……!」
離れているため内容はよく聞き取れないが、間違いなく人がいるようだ。
マーシアはほっと安堵の息を吐き、踵を返すことなく歩みを進めた。
「妖狐様! そんなことおっしゃらずに! 明日は大事な催しが待っているのですよ!?」
『なりません! なりませえぇん!』
視界が開け、マーシアが森の奥に到着すると、目の前には古びた家のような建築物があった。
話し声の主は、その声色から先程受付を担当していた男性のようだ。誰かと言い争っているようである。
「もー!! この、わがままこんこんちき!! こちらだって、応えられる要望には限度があるのですよ!!」
『きいぃっ、何て不敬な! もふもふで愛くるしいわたしに向かって、よくもそんなこと!』
「あなたが無茶を言うからでしょう!!」
「…………」
何やら、割って入れぬ雰囲気。
マーシアが絶句して立ち尽くしていると、やがて向こうから彼女の存在に気付いてくれた。
「あら、あなたは先程の。どうして、こんなところへ?」
「すみません。赤い門を辿っていたら、声が聞こえたもので……」
『ほほう、"鳥居"に導かれましたか。わたしのMAX可愛い魅力も、まだまだ捨てたものではないですね』
「妖狐様、お黙りください」
『きいぃっ!』
妖狐と呼ばれた者は、ぷんすかとヘソを曲げ、こちらに背を向けてしまった。
「あ、あの、ところで……。あちらの狐さんを妖狐様とおっしゃっていたようですが、もしや……」
「いかにも。あちらに座すのが、古よりワビシ村で崇め奉る精霊、妖狐様です」
「ちょっぴりわがままなね」とこっそり付け加え、男性は妖狐の背中に目を向ける。マーシアも、彼の視線を辿り、妖狐を見遣った。
妖狐は、真っ白いもふもふの長毛が目を引く、一般的な狐よりも一回りほど大きいサイズの狐のようだ。
そう、もふもふ。雲、あるいは綿菓子。
この世のもふもふをここに凝縮したような、圧倒的もふもふである。
そして、以前ジェローナが説明していた通りの九本の尾が、扇のように美しく開いている。
生物学的には魔獣と分類されど、そんじょそこらの魔獣と別格の気をまとっているのは、目に見えて明らかだった。
「どうして妖狐様は、あんなにもご機嫌斜めになられているのですか?」
「よくぞ、聞いてくれました! こちらもほとほと困っていたんですが、実は──」
男性は話をするべく口を開きかけたが、ハッと妖狐を一瞥し、すぐに口を噤んだ。
「ここでは、マズい。妖狐様のお耳に触れると、また機嫌が悪くなってしまうので、"祠"から離れてお話ししましょう」
家のようなものは、祠というらしい。
マーシアが学びを得ている間に男性は彼女を連れ、鳥居の近くまで距離を移動した。
そして、男性は自分の名をミカゲだと名乗り、ぽつらぽつらと事の経緯を説明してくれた。




