39話 二人きりの工房にて
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休み明けの魔法道具開発部工房。
この日の気温は特に高く、開発部員らは効きの悪い冷房扇風機にぶつくさ文句を言いながら仕事に励んでいた。
ようやく休憩になると、皆はより涼しいところへ逃げるべく、足早に工房を出ていく。
「ほんっとに、あっちいなぁ……」
ジニは逃げる前に一旦額の汗を拭こうと、椅子に座り、首にかけていたタオルを引っ張った。
その時。
「エラ様」
「!?」
突然後ろからマーシアに声をかけられ、彼の心臓は飛んだ。
「ウォ、ウォル、ウォルルルルルルル……」
「お疲れ様です、エラ様」
驚いて口の回らないジニに、マーシアはニコリと微笑みかける。
「お、おつか、れ……」
どうにも三日前の件が頭をよぎりマーシアと上手く顔を合わせられない。
が、そんなことより気になることがある。
ジニはおずおずと口を開いた。
「ウォルジー。もう、ぐあ──」
だが、咄嗟にジニは口を塞ぎ、彼女に言おうとした言葉を慌てて引っ込める。
「モウグア?」
「……いやっ、何でもない!!」
「もう、具合は良くなったのか?」
そう聞きたかったのだが、言ったら自分がマーシアの看病をしたことが発覚してしまう。
自戒のために、ジニは言葉を噤んだ。
「ところで、エラ様。先日は操作の魔法の特訓を見学させていただいて、ありがとうございました」
「え、ああ……。どういたしまして……」
話題が変わったことにホッとし、ジニは安堵の息を吐く。
「実は、あの後私、風邪が悪化して熱が出てしまったんです」
「あっ!? そそ、そうだったのかぁい!?」
「知ってます」とは言えないため、ジニはマーシアの話に合わせ、初耳だと言わんばかりに大袈裟に反応を示してみせる。
「熱を出してからの記憶は朧げで、"夢を見た"、ということしか覚えていないんです。そして、気が付いたら自宅のベッドで眠っていました」
そう言い終えると、マーシアはふいにジニの瞳を見つめ、近くにあった椅子に腰を下ろした。
「後に事情を知る方からお話を聞いたのですが、どうやら、とても親切な方が私を自宅まで送り届けてくれたのだそうです。他にも、意識のない私をベッドまで運んでくれたり、私のために食料まで購入をしてくれたそうで……」
「……そ、そうか。そりゃ、とんでもなく良いヤツがいたもんだな!」
「はい、そうなんです」
ジニは無理矢理豪快に笑うと、引き攣った顔でマーシアから視線を逸らす。
「私、その方にとても感謝しているんです。けれど、お礼を申し上げたいのにその方ったらモラン様に、"看病したことは、私には内緒にしてほしい"だなんてお伝えをしたそうなんです。ですので、その方のお名前が分からず、困ってしまって」
マーシアはジニの隣で憂いたような顔をすると、目を伏せ、ふうっと軽く溜め息を吐いた。
「へ、へぇ〜……。でもさ、ソイツわざわざおばさんに自分のことは言うな、って口止めしてるんだろ? だったら、そんなに礼なんか気にしなくてもいいんじゃねぇの?」
「おばさん?」
「へっ?」
マーシアの視線が、ふいにジニに向く。
「エラ様、どうしてモラン様が女性だとお分かりになったのですか? 私、モラン様の性別までは、あなたにお伝えしていませんよ?」
「…………あ゛ッ!!!!」
全身を逆立たせ、ジニは目をかっ開いた。
「ちちち、違うんだって!! ……あっ、ほら! 俺が今まで会ったモランって名字の人、全員女の人でさ! それで、ウォルジーのお隣さんも女の人でおばさんなのかなーって思ってさぁ!! そ、そういうこと!!」
ジニは大きく身振り手振りをし、無理のある言い訳をマーシアに語る。
「エラ様」
その様子を見るマーシアは、どこか楽しげにくすっと口元を緩めた。
「私、モラン様がお隣に住んでいるということも、あなたにお伝えしていませんよ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!」
ボロというものは、時にこんなにボロボロと出てこれるもので。刹那、ジニは崩れ落ちた。
「……やっぱり、あなただったのですね。私を家まで送り、看病してくださったのは」
「…………はい、そうです…………」
ここまで突き止められたら、否定のしようがない。
ジニはしなびた顔で頷いた。
「一体、どうして私に内緒にしようなどと……」
「そ、それはっ……!」
ジニは返答に詰まる。
言えない。口が裂けても言えない。
「…………っ」
顔を真っ赤に言い淀むジニを見つめ、マーシアは柔く笑う。
「言いづらいのでしたら、無理にお話ししなくても大丈夫ですよ」
「あ……! ほ、ほんと……?!」
「はい」
「助かった」と心で呟き、ジニは胸を撫で下ろす。
「でも、気になるのでいつかお話し出来る機会があったら、教えてくださいね?」
「!! おう……!? わ、分かっ、た……」
そんな時が来るかは不明だが、マーシアの純粋な興味に、ジニはしどろもどろに返事をした。
「……エラ様。本当にありがとうございました」
ジニが返事をし終えると、マーシアはそう言い、彼に頭を下げた。
「いいんだって。俺、全然大したことしてやれてねぇもん」
面と向かって礼を言われると照れ臭くなり、ジニはマーシアから顔を背ける。
「いいえ、エラ様がいてくれなかったら、きっと私の熱は余計に悪化していました。あなたのおかげで、私は今、こうして元気でいられるのです」
マーシアのその瞳は真っ直ぐにジニを見つめ、恩人への感謝をしかと伝えた。
「そっか。じゃあ俺、実はお前にめちゃくちゃ大したことしてやれてたってわけか。あははっ、よかった! そしたらさっきの言葉、前言撤回しとかなきゃな!」
「ふふっ、そうですね」
ジニの冗談めいた発言に、マーシアはくすくすと笑みを溢し、彼に向かって口を開いた。
「……エラ様。今度、改めてお礼をさせてください。私、何でもいたしますから、何かしてほしいことなどがありましたら、遠慮せずにおっしゃってくださいね」
「な、何でもッ?!?!」
急に飛んできたパワーワードに、ジニは思わずたじろぐ。
「何でもって!? 何でもいいの?!」
「うふふ、勿論です」
「びいいっ!!」
嬉しさのあまり、ジニは両手で顔を覆い尽くす。
「……いやっ、でもなぁ! 正直、そう言ってもらえただけで充分! お腹いっぱい!」
まだ少し自戒の念が残っているジニは、魅惑の言葉に抗おうと、表情筋に力を入れる。
「だから、ウォルジー。礼なんか気にしなくて──」
「エラ様」
マーシアはジニの言葉を遮り、指の隙間から見える彼の双眸を見据えた。
「私が、そうしたいのです。あなたに、お礼をして差し上げたい……」
マーシアの眉尻の下がった顔。
そんな顔でそんなこと言われたら、話は変わってくる。
「……わ、分かった。それじゃあ、本当にほんっとうに、何でもいいんだな?!」
「ふふっ、はい」
それならば、自分が彼女に望むことは、ただ一つ。
ジニは深呼吸をした。
「じゃあさ、ウォルジー」
ジニは、マーシアに向かって己の願いを口にする。
「今度、一緒にどっか出かけよう」
彼の心臓が、早鐘を打つ。
「…………」
マーシアの反応は、ジニの発言からほんの数秒間を置き、返ってきた。
「……はい!」
「…………!!」
顔を覆っていた手をバッと降ろし、ジニは衝撃を受けた面持ちでマーシアを凝視する。
「ほんと……ほんとっ?!?!」
「うふふ、本当です。来月の遠征が終わった頃にでも、ぜひ行きましょう」
「やっ、やったーー!!」
ジニは嬉しさに身を任せ、ゴム毬のように工房内を飛び回った。
マーシアは、そんな彼を見てまた楽しげに笑う。
(エラ様ったら、あんなに飛び跳ねてしまって……)
自分と一緒に出かけることを、こんなに喜んでもらえるとは。
マーシアの心の中に、じんわりと熱いものが広がる。
(……エラ様の笑顔は、どうしてずっと見ていたくなるのかしら……)
その笑顔は、太陽のように眩しく、けれど、どこかいたずらで──
(どうして、胸が高鳴ってしまうのかしら……)
マーシアも、きっともう少しで自覚するのだ。
何故自分が、ジニを太陽のようだと思うのか。
何故自分が、ずっと彼の笑顔を見ていたいと思うのか。
「ウォルジー、ウォルジー! なあなあっ、早速だけど、どこ出かけよっか?!」
暴れ終えたジニが、工房の奥から戻ってきた。
「ウォルジーはどっか行きたいとこある? 俺はなぁ、めっちゃいっぱいある!」
まだまだ数週間は先のことを、ジニは心底楽しそうに計画立てしていく。
「行きたいところですか? はい、私もたくさんあります!」
マーシアは目を細め、ジニの元へと駆け寄っていった。
二人は誰もいない工房で、暑さも空腹も忘れ、互いの行きたい場所を語り合った。
時折、マーシアはジニの瞳をじっと見つめては、ふふっと笑みを溢す。
ジニはそんな彼女に何度も頭を噴火させられ、相変わらず理性を保つのに必死だ。
マーシアの瞳からは、すでにベルのフィルターは外されている。
ジニは果たして、それに気付いているのだろうか──
【第一部・完】
ここまでお読みいただきありがとうございます!
このお話にて、第一部終了となります。
第二部は現在執筆真っ最中ですので、もうしばらくお待ちいただけましたら幸いです。
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