3話 和解あり、勘違いあり
(あの横顔、間違いない……)
念願叶ってようやくジニに会えたマーシアだが、なぜか咄嗟に壁に身を寄せる。
謝罪したいとは思っていたものの、いざ本人を目の前にして緊張が先走ってしまったのだ。
(あ、そ、それに。よく見たらあの方、少し……。こ、怖いかも、しれない……)
マーシアの目線の先に映るジニは、頬杖をつきながら眉を顰めて口をへの字に結んでいる。元々の目つきも相まって、近寄りがたい雰囲気を出していた。
(で、ででで、でも……。私に挨拶をしてくれたということは、決して悪い人ではないはず……。ゆ、勇気を出して謝らなくては……! あの方のお名前は、確か──)
マーシアは記憶を辿ってジニの名前を思い出し、拳を握り締めて気合いを入れた。
****
「はあぁ〜……」
マーシアがジニの後ろで謝罪を意気込んでいた頃、彼はめちゃくちゃ落ち込み、溜め息を吐いていた。
『お前の操作の魔法、使いづらいな』
先程アレイシオに言われた言葉が、ずっと尾を引いている。
────
『お前、本当に操作の魔法得意なのか?』
あの後、ジニはアレイシオに問い詰められた。
『だっ、だからぁっ!! そんなに疑うんなら、もっかい見てみてくださいよっ!!』
半泣きのジニはアレイシオを工房の外にある駐車場へ強引に連れ出すと、中型の社用車の前で仁王立ちをした。
『おりゃああぁぁああ!!!!』
半ばやけくそ気味に車に操作の魔法をかけると、車は先程の椅子と同じように軽快に動き出し、けたたましくクラクションを鳴らす。
『……なるほど、確かに大きな物でも操れてるな』
アレイシオは両耳を塞ぎながら顔を顰め、一応納得の意を見せる。
『でしょう!? じゃ、今度はこっちも見てください!!』
すぐさまジニは駐車場の傍に積んである大量の古タイヤに向かって一切に操作の魔法をかけた。
タイヤ達はその場を回ったり、ポンポコとボールのように弾んだり、各々遊び始める。
『一度にたくさんの物にも操作の魔法をかけられてるな』
アレイシオはジニの腕前を拝見すると、真摯な眼差しで彼をしかと見据える。
『エラ。確かに、お前は操作の魔法の扱いに長けているようだ。得意だというのも頷ける』
『やーーっと、分かってくれた!!』
どうだと言わんばかりにジニは腕を組み、勝利の笑みを浮かべる。
『だけど如何せん、物が動き回っちまうんだよなぁ』
『わ゛ーーーーんっ!!!!』
どれだけ腕があろうが、魔法道具を作るにおいて、それはお邪魔な要素なのだ。
そんな調子で、今日の仕事は終了したのである。
────
(あーあ……。入社して速攻こんなかよ。俺、もう明日から仕事行かなくてもいいんじゃねえか?)
すっかり意気消沈してしまい、鬱々とした考えがジニの頭を埋め尽くす。
不貞腐れるように顔をぐでんと横にし、テーブルに突っ伏した、その時。
「あ、あのぅ…………」
「ん?」
か細い声が聞こえ、ジニは横を向いた。
「あれっ、アンタ?」
「先日、就業説明で隣の席に座っていた者ですが……。お、覚えていらっしゃいますか?」
忘れるわけない。
自分を訝しむようにして一瞥した、ふわふわ髪の少女。そんな彼女が、緊張の面持ちで目の前に立っている。
「そりゃ覚えてるよ。本当ならあん時とーーっくに仲良くなれてたはずの同期、ウィルソン……いや、ウェルダン。ウォーリー? ……ウォルトンだっけ?」
「ウォ、ウォルジーです……」
「そうそう! ウォルジーな!」
ジニは人差し指を天に向かってピンと張る。
「で、ウォルジーさん。俺に何のご用ですか?」
ジニはニヤけながらマーシアに問うた。
もう二度と自分に関わってくれないのではないかと思っていたので何だか嬉しく、自然と口調が弾む。
「はい。あなたに、先日のお詫びを申し上げたくて……」
「……へっ、先日? な、何で? 何を?」
何かを謝罪される心当たりは全くないうえ、自分の気持ちとは裏腹にしょぼんと目を伏せるマーシアにジニは戸惑い、目を見開いた。
「何をと言いますと、あなたと挨拶を交わした時のことです。私、あの時緊張をしていて、あなたにとても失礼な態度をとってしまったものですから、もしかしたら気を悪くされてしまったのではないかと思いまして……。本当に、申し訳ありませんでした」
ジニの顔を見ることが出来ず、マーシアは終始俯いたまま、おずおずと謝意の言葉を口にする。
「はぁっ!? 何、そんなこと?! 俺、別に全然気にしてないけど?!」
「えっ……?」
ジニの言葉に、マーシアは顔を上げた。
「ほ、本当ですか? でも、私あんなに素っ気なく……」
「そりゃあ何だよとは思ったけど、だからってずっと引きずるほどのもんでもねぇし。それより俺、どっちかって言うとアンタとの距離感じちゃって、そのほうが悲しかった……」
ジニは手のひらを顔に当て、ウッウッと不自然に泣き言を発する。
「ああぁ……そ、そうですよね。お気持ちも考えず、ほ、本当に、私……」
どう見たって嘘泣きなのだが、マーシアは真に受け、オロオロと狼狽えてしまう。
その様子を指の隙間から見ていたジニは、口角を上げた。
「……あっはは! 冗談だよ、冗談! アンタ、真面目だな!」
「あ、えっ……? じょ、冗談……?!」
マーシアは困惑していたが、パッと開いた手の間から覗くジニの表情を見て、全てを察した。途端に彼女の顔は耳まで真っ赤に染まり上がる。
「まあっ、そ、そんな……! からかうだなんて……!!」
「あはははっ! まあつまり、もういいってことだよ。むしろ俺がアンタを緊張させちゃったんだから、俺のほうこそ謝んねえと。ごめんな」
ジニの謝罪は笑いながらではあったが、不思議とマーシアの心にはスッと言葉が入ってきた。
いつの間にか気張っていた心も解け、マーシアはクスクスと笑い出す。
「ふふっ、いいえ。こちらこそ、ですもの」
「よかった。じゃ、これでお互い言いっこなしってことで! ウォルジー、今度こそよろしく!」
マーシアは目を細め、はにかみながら返事を返す。
「はい……! よろしくお願いします、ジニ様!」
「?!?! ちょっと待てぇ!!!!」
何か聞き捨てならない呼称が聞こえ、和やかな空気の元、ジニは待ったをかけた。
「?? ど、どうされました??」
マーシアは突然の待ったに困惑する。
「どうもこうも、いきなり俺のことそう呼んでくれるんだ!? しかも、様って! あっはは、なーんだよアンタ、意外とグイグイ来てくれるタイプなのな!」
「え? そ、そう呼ぶ……?」
一人キャッキャとはしゃぐジニを見て、マーシアはポカンと口を開ける。
「そ、それは勿論……。だって、エラ・ジニ様、ですよね? あなたのフルネーム……」
「んっ?!」
なぜジニが突然嬉しそうにしだしたのか全く見当もつかず、マーシアは眉尻を下げ彼に尋ねた。
(あ、もしかしてウォルジー、俺の名字と名前逆で覚えてる?!)
キョトンとする彼女の反応からして、恐らくそうだったのだろう。
要するに名前を呼んでもらえているだなんてただのぬか喜びで、ジニは「なんだ」とガッカリ肩を落とす。
「……ジニ様……? もしかして私、あなたのお名前を間違えてしまっていましたか?」
いきなりしょげだしたジニを見て、マーシアはまた自分が何かしてしまったかと、ハラハラしながら彼を見遣った。
「いやあのな、ウォルジー。俺の名前──」
その時、正しい姓名を言いかけた彼の頭に、良からぬ考えが浮かぶ。
(……待てよ? このままフルネームを勘違いしてくれてんなら、ウォルジーはずっと俺のこと下の名前で呼んでくれるってことじゃん?)
女子に名前呼ばれたい欲>>>理性
「エラ・ジニです!!!!」
理性は彼に待ったをかけてはくれなかった。
「まあ、よかった! ジニ様で間違っていなかったんですね!」
「間違ってないですとも!! エラ・ジニですよ、俺は!!」
「エラ・ジニです」。
彼はマーシアに、もう一回念押しでそう言った。