36話 いざ、彼女の家へ
「ここが……」
ジニはほうっと息を吐き、目の前に佇むマーシアが住む家を眺めた。
相変わらず暗くて分かりづらいが、マーシアの住戸の外観はライムストーンで造られたベージュが基調の外壁で、屋根や飾り柱は白で統一されているようだ。
玄関前の階段の手すりにかけられたプランターには、小さな花弁の花が咲き誇っている。
マーシアが手塩にかけ、大切に育てているのだろう。
「ウォルジー、こんな家に住んでんのか……」
マーシアのイメージにピッタリの可愛い家だというのは、暗くてもよく分かる。
昼間に見ていたら、より一層目に飛び込む色彩により、華やかな印象を受けることだろう。
彼女が花に笑顔で水やりをする姿だって、ありありと想像出来そうだ。
「ちなみに、アタシの家はこっちだよ」
「だろうな」
マリリアンヌは、マーシア宅の正面から見て左側の家を指差す。
それは言われなくても分かっていた。
だって、その家の扉の前には、デカすぎるドリルカジキが何本も吊るされているから。
「マーシアちゃん、少しだけ鞄を失礼するよ。……よし、あったあった、家の鍵だ」
マリリアンヌはブランケットと一緒に包んであった鞄を引っ張り出し、中を探って革製のキーケースを取り出すと、そのまま扉の鍵穴に差し込み扉を開いた。
「勝手に人ん家のドアを開けるのも気が引けるけど、やむを得ないから仕方ない。さ、ジニちゃん。マーシアちゃんを中まで運んでおくれ」
「うぅ〜……でも何か、家ん中入るの緊張してきた……」
「しっかりおしよ。大丈夫さ、アンタが変な気を起こさなきゃいい話なんだから」
「おっ、起こさねぇよ!!」
ジニは顔を真っ赤にしマリリアンヌに向かって吠えるが、彼女は気にも留めず話を続ける。
「それでさ、アタシはこれからマーシアちゃんに薬を買ってくるよ。ここからそう遠くないところに、腕のいい先生がいる魔法薬屋があるんだ」
「すげぇな。魔法薬屋とか、今時まだあるんだ。俺ん家の近くにも昔あったけど、潰れちゃったんだよなぁ」
「まあ、この住宅街に住むじいさんばあさんが重宝して足繁く通ってるからね。こっちのは店を畳む必要がないんだろうよ」
「ふーん、儲かってんだ」
魔法使いの作る魔法薬は、その希少さゆえに中々良い値段がする。そのため、一般人には手が付けづらく、ひっそり店を閉めてしまう魔法薬屋もしばしば存在するのだ。
それを踏まえると、確かにこの住宅街の近くに店を構えている以上、薄利で泣くことはないのだろう。立地って大事である。
「というわけで、ちょいとひとっ飛びして行ってこようかね」
「は、ひとっ飛び?」
「ああ。じゃ、ジニちゃん。マーシアちゃんをよろしく」
マリリアンヌはそう言うと、両足を踏ん張らせ夜空に向かって高く飛び上がる。
そして、あっという間に瞬く星の海へと消えていった。
「……今のは、何かの魔法使ったんだよな……?」
そうだ、絶対そうだ。脚力だけであんなに飛べるはずがない。
ジニは何度も自分にそう言い聞かせ、流星となったマリリアンヌを見送った。
****
さすがに明かりの灯っていない家の中は暗く、ジニはマーシア宅の玄関に入ると、飾り棚の上にあるテーブルランプの明かりをつけた。
ほんのりと明るくなった室内。
よく見ると、壁に天井の照明スイッチが設置されている。
「いいなぁ。楽だな、これ」
自分が住む安アパートメントのつまみ式の照明と違い、スイッチ一つで廊下の明かりがパッとつく。お金持ちの住む家って便利で凄い。
「んいー、よいしょ! ふうっ……!」
マーシアをおぶりながらゆっくりと階段を上り、無事二階へ到達した。安堵したジニは、彼女を壁際に座らせ、服で顔の汗を拭った。
「寝室は……ここか?」
上った先にある部屋の扉を少しだけ開け、中を確認する。窓から入る月明かりを頼りに目を凝らすと、ベッドがあるのが見えた。
何をどう見ても、間違いなく寝室である。
「やっと着いたー! ウォルジー、待たせたな。今すぐベッドに運んでやるからな!」
ジニは歓喜の声を上げてマーシアを担ぎ、ベッドまで直行した。
「……ハッ!」
が、しかし。
そこで、とんでもないことに気が付いてしまった。
「ちょっと待てぇ!! ウォルジーをベッドに降ろすってなると、俺が抱っこしてあげなきゃ無理じゃねぇか?!」
体勢的に、マーシアを背中側からベッドに付けて降ろすとなると、彼女の身体にかかる衝撃が強くなってしまい、負担が大きくなりそうなのだ。
となると、ジニが自ら彼女を抱き、ベッドに降ろしてあげるのが一番ベストなのである。
「いやああああ゛ッ!! ででで、でもいいのぉ?! 付き合ってもないのに、そんなことしちゃっていいのおぉ!?!?」
いくら彼女がブランケットに包まれているとはいえ、抱き抱えるとしたら間違いなく横抱き、いわゆる"お姫様抱っこ"の体勢を取らなくてはならない。
「……〜〜〜〜ッ!! ああああ゛ッ!!!!」
マーシアよりも灼熱の熱気を発し、ジニはその場で激しく狼狽する。
だが、これは言ってしまえば緊急事態。
マーシアのためにも自らの理性を抑え、彼はやらねばならないのだ。
「……んぎいいいぃ!!!! 耐えろよ、理性ッ!!!!」
バッチーン! と、もの凄い音を部屋に響かせ、ジニは己の両頬を引っ叩く。
「い゛だい゛!! で、でも、これで大丈夫……!! じゃあウォルジー……失礼します!!!!」
頬を腫らしたジニは本日の最大声量で叫び、マーシアをその腕に抱えた。
「……っ」
自らに抱えられるマーシアの顔の近さが、電車での比でない。というより、顔が上に向いている分さっきよりもその細部が丸分かりだ。
「……ッ!! 見るな見るな見るな!!」
ジニは吹っ飛ぶ勢いで首を力強く横に振り、邪念を断ち切るが、それでも沸騰しそうな心臓。早死にしそうである。
「……んぎぃ……」
目を固く閉じ、唇を噛み切りそうなほど強く結ぶと、ジニはマーシアをそっとベッドに降ろした。
ブランケットを外し、掛け布団を身体に掛け、晴れて任務は完了だ。
「よし、これで……」
心臓の音を響かせ、ジニが「一安心」の言葉を言おうとした矢先。
「う、ん……」
ベッドに仰向けになっていたマーシアが、寝返りを打ち、身体をジニのほうに向けた。
「……ッ!!」
ジニはまだ腰を屈ませていたため、マーシアと至近距離で見つめ合うような形になってしまった。
突然の事態に、彼の身体はみるみる硬化する。
「ウォ……ウォ、ル、ジー……! あの──」
この距離は本当にマズい。
心臓が暴発し、爆散しかねない。
動揺したジニが鯉のようにパクパクと口を開閉していると、マーシアは再び自身の身体を動かした。
「……ん」
マーシアはうなされながら、ベッドの端に置いていたジニの手のひらをむんずと握った。
それも、かなりしっかりと。
「〜〜〜〜ッ?!?!」
もう、ジニの声は言葉にすらならない。
ただ、表情のみで喜怒哀楽を表現する他なかった。
「……ウォルジー、マジで……」
ジニはマーシアの手を解こうとするが、赤子に手を握られるが如く強固で、全然解けない。
(……手、あったけぇ……。てか、それ通り越して、本当に熱い……)
体温がどんどん上昇しているのだろう。
工房で額に触れた時よりも、更に熱を持っている。
苦しそうなマーシアの顔。
赤く熱り息も荒い、辛そうな顔。
(…………)
ジニはふいに、マーシアの手に空いている自分のもう片方の手を重ねる。
そして両手で、彼女の手を包み込んだ。




