34話 ベルナ・ストリートの番人
仕事終わりの人々が多いのか、車内の様子はたまに疲れたような溜め息や咳払いが聞こえる程度で、あとはとても静かだった。
ジニも余計な騒ぎを起こさぬよう、腕を組んでじっと座る。
「うぅ、ん……」
電車の揺れに合わせてマーシアの頭が揺れ動き、彼女の頭は、じわじわとジニのいるほうへ倒れていく。
ガタンッ!
電車が強く揺れた。
すると、マーシアの頭は一気にジニの肩へともたれかかった。
「……!? あ゛あ゛あ゛!! ちょっと、ウォルジーさああん!?」
チラッと横目を見れば、マーシアの頭の位置は、己の顔のすぐ下にあった。
分かりやすく言えば、恋人同士でしかしないであろう距離の近さである。
「……はんぎゃああああーーーーッ!!!!」
さっき鎮めたばかりのジニの余計な感情が、再びドーンと迫り上がる。
「ちょっと待ってえぇ!! この位置よくない!! この位置よくないーーーーッ!! ウォルジー、頼む!! 俺の心が保たないからお願い!! そっちの手すりのほうに寄っかかってぇーーーーッ!!!!」
一人騒がしいジニを、乗客は奇異の目で怖々と見つめる。
「……ん、う……」
すると、その大声に反応したのかたまたまか、マーシアが薄らと目を開けた。
(……ここ、は……?)
何だか身体が揺れている気がするが、自分はどこにいるのだろう。
ぼやけた眼で、マーシアは何気なしに横を見る。
(……あら? ベルちゃん……?)
揺れる目線の先に、ふさふさの毛が逆立つほどにギャンギャンと騒いでいるベルがいる。
何かいたずらでもしたのだろうか。
「……ベルちゃん……一体、どうしたの……?」
「?!」
マーシアは、ベルに声をかける。
すると、ベルは彼女のほうを勢いよく凝視した。
「……ああっ、ウォルジー! 目ぇ覚めたのか?!」
ベル……もといジニは、呆けた顔で自分を見つめるマーシアにパッと笑顔を向ける。
数時間ぶりに聞いた彼女の声。
安堵したジニは、大きな息を吐き出した。
(……ベルちゃん……)
だが、マーシアは未だ意識が混濁しているようで、ベルちゃんフィルターがかかったジニに向かって、熱っぽい顔で手を伸ばす。
「……ベルちゃん、いい子にしていなきゃダメよ……? ほら、よしよし……」
「!? あ゛〜〜〜〜ッ!!」
マーシアはジニの頭を優しく撫でさする。
完全に彼のことを、ベルと見間違えているようだ。
「だあああ、ウォルジイィーー!! 寝ぼけてないで、ちゃんと目ぇ覚ませ!! 俺はエラだって!! ベルちゃんじゃねぇんだよおお!!」
ジニは大パニックに見舞われた。
それは久しぶりに感じるマーシアの手の温もりは心地良く、飛び上がってしまいそうなほどには嬉しいのだが、今はそんなこと言っている場合ではない。
何てったって、マーシアから与えられる供給が彼の理性の器の許容量を超えているのだ。
「……うふふ。ベルちゃん、気持ちいい……?」
「はい!!♡♡ ……違う!! そうじゃねぇ!!」
色欲と理性の狭間で、ジニの心は必死に格闘する。
奇異の衆目も、いつの間にか二人よりもかなり遠ざかったところから向けられていた。
「……うふふ……」
しばしジニの頭に触れていたマーシアは、やがて満足したように再び眠りについた。
(死にそう……)
ようやく心の格闘から解放されたジニは、汗びっしょりの顔を引き攣らせたのであった。
****
「ベルナ・ストリートー、ベルナ・ストリートー」
「う゛えええん!! やっと着いたぁあ!!」
もう一生この電車乗れない、と半ベソをかきながら、ジニはマーシアをおぶり足早に電車を降りる。
降り立った停留所から見える景色は暗くてよく分かりづらいが、工房最寄りの停留所周りよりも遥かに栄えていた。
そして道路、街灯、花壇、建物……。
目に映るもの全てに、どこか気品の溢れる装飾が施されている。
「この辺塀に囲われてるけど、入り口どこだよ……」
囲われた塀の中には住宅街が見える。
停留所付近にはそこに続く入り口はなさそうだ。 仕方なくジニは、塀沿いに道を進んでみることにする。
「……あっ!」
並木道を歩き少し進むと、開けたところに大きなゲートと立派な鉄扉が現れた。
ゲート上には、洒落た字体で【ベルナ・ストリート】と書かれている。
「よかったー! 思ってたより近くにあった!」
自然と、ジニのゲートに近付く足が早まる。
「……しかしまあ、デカい門だな……」
さすが、ここに住む高貴な住人の出入りする場なだけある。
ジニはマーシアの実家の太さをまざまざと感じた。
鉄扉の近くには特に警備員がいるわけでもなさそうだ。門からは簡単に出入り出来そうである。
「金持ちの街なのに、こんなセキュリティで大丈夫なのか? それとも、中に警備員でもうろついてんのかな?」
ジニは自分の素朴な疑問に、首を傾げる。
正直なところ、彼の心配は無用だ。
何故ならば、ここベルナ・ストリートは防犯対策に優れた富裕層の街なのだから。
そう、防犯対策に優れた──
「いやー、金持ちの街とか、俺場違いじゃねぇかな。……ま、しゃあねぇか。そんじゃっ、お邪魔しまーす!」
うだうだ考えるのを止め、ジニはさっさと中に入るべく鉄扉を開けようと、取っ手に手をかけた。
次の瞬間──
『……シンニュウシャカンチ! シンニュウシャカンチ!』
「わ゛ーーーーっ!!!?」
突然の警報音と迫り上がる轟音と共にゲート下の石畳が開き、何かとんでもなく大きなものがジニの目の前に現れた。
「えっ……? な、何?! 何ぃ?!?!」
まるでわけが分からず、ジニはただ自らの眼前で煙に巻かれている巨大物体に目が釘付けになる。
巨大物体、それは三メートルはあろう巨大な顔だった。
厳しく、気迫に満ちた面持ち。
喋る石像のようにも見えたが、よく見るとその表面の造りには見覚えがある。
「あぁ゛っ……!? これ、でっけぇゴーレム──?!」
『シンニュウシャハッケン! ……シンニュウシャジンタイカイセキコントロール、サドウ。……セイベツ:ダンセイ。セタケ:ヒャクロクジュウナナ。タイカク:ヒョウジュン。セイカク:ヤカマシイ。ミナリ:ミスボラシイ』
「な、何だとおぉーーっ!?」
最後のほうの言葉に、ジニは憤慨し絶叫した。
「何なんだよ、これ?! 侵入者だって?! 別に侵入しようとしたわけじゃねぇよ!! ウォルジーを家に送ってんだよ!!」
必死にゴーレムに訴えてみるが、ゴーレムは微動だにせず、空虚な暗闇の眼でジニを見据えると、目から緑色の光を放ち彼を照らした。
『……シンニュウシャキケンカイセキコントロール、サドウ。ジンタイキケンレベル:イチ。シンニュウシャレベル:ニ。ソウゴウヒョウカ:コソドロ』
「誰がコソ泥だ!!」
自分への散々な評価に立腹し、ダンダンと足を鳴らす。
するとその時、足踏みの衝撃でジニの背中にいるマーシアが、ひょっこりとゴーレムの視界に入った。
『……!! ジュウニンハッケン!! ジュウニンハッケン!! コソドロコウホウニテ、シンタイノコウソクヲカクニン!!』
ゴーレムの虚ろな目が赤く染まる。
『……シンニュウシャキケンカイセキコントロール、シュウセイ!! ジンタイキケンレベル:イチ。シンニュウシャレベル:ニ。ツイカコウモク、"ジュウニンカガイレベル":……ヒャク!!!!』
「かっ、加害?! いやいやいや!! ちょっと待てえぇえ!!」
ジニの声はゴーレムに届いていやしない。
『ジュウニンノユウカイ。オロカナルハンコウ。ヨッテシンニュウシャ、ハイジョカクテイ!!』
「はっ、排除おぉおっ!!??」
ゴーレムから飛び出た物騒な発言に、ジニは目を見開き絶叫を上げる。
「ま、まま……待てったらあぁ!! 俺、マジで侵入者じゃねぇし、誘拐も何もしてねぇって!! そっ、それにこんなところで止まってたら、ウォルジーが……!!」
恐怖で震え上がりながらも、ジニは再度必死でゴーレムに訴える。
だが、ゴーレムは全く聞いちゃいない様子で目をますます赤く発光させた。
『ショス!!』
「わ゛ーーーーッ!!!!」
赤い光はマーシアを避け、器用にジニの全身のみを不気味に照らす。
(……マジ? 俺、死ぬの? ウォルジーを誘拐した侵入者に間違われて……?)
恐怖というよりもはや困惑のほうが大きく、ジニはその場から動けず、ただ赤い光を呆然と見つめる。
「……っ!」
ゴーレムの目の奥から炎の熱気を感じ、ジニはギュッと目を瞑った。
(……ウォルジー……)
赤い光は自分のみを照らしているので、住人であるマーシアは被害には遭わないだろう。
せめてそれだけはよかったと、ジニが切にそう思い覚悟を決めた、その時。
「待ちなぁ!!」
彼の後方から、逞しい声が響いた。




