31話 あなたの笑顔が見たくて
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その後の就業時間内の特訓でも、攻撃性は表に出てくることなく、マネキンはただ穏やかにバレエを嗜んだり、開発部員に紅茶を振る舞ったりしていた。
「エラ、よかったなぁ。ようやく一歩前進出来そうじゃねえか」
アレイシオも嬉しそうにジニを労う。
「これで、もう何日か様子を見てみよう。その間攻撃性が一切出ずに上手いこと鳴りを潜められてりゃあ、いよいよお前にも再び魔法道具開発に携わってもらおうと思ってる」
「えー、マジ!? 本当ですか?!」
「ああ。と言っても必ずしも商品化を目指すものじゃあなく、あくまでゴーレムの時のように、お前の操作の魔法に適した魔法道具を模索していく仮開発、ってところだがな。本格的に開発に臨むのは、指輪を外しても何ら問題がなくなったその時にな」
「それでも全然いいです! うわー、楽しみ! 早く鳴り潜めさせよ!」
アレイシオから伝えられた希望の言葉に、ジニは俄然やる気を見せる。
「そしたら、カロンさん。俺、もうちょっとだけ残って操作の魔法の特訓してってもいいですか?」
「がはは、偉いじゃねえか、いいぞ。だが、今の時期だと十九時には警備員が工房の施錠をしちまうから、それまでには切り上げるんだぞ」
「やったー! ありがとうございます!」
ジニは喜びの声を上げ、腕を天に伸ばした。
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「こほっ、こほん……」
マーシアの咳がぶり返したのは、仕事も終わり、そろそろ帰ろうかと魔材調達部の者達が帰り支度を始めた頃だった。
「あら、マーシアちゃん。大丈夫かぁ?」
シェミーが心配そうにマーシアの顔を覗き込む。
「こほ……はい、大丈夫です。少しむせてしまっただけですから」
「そう〜? でも、何か昨日も疲れた顔してたし、心配だなぁ」
マーシアの顔色は、いつもより白い気がする。シェミーはより一層眉尻を下げ、彼女を見遣った。
「言わんこっちゃないわ、ウォルジーさん。やっぱり疲れが溜まっているのよ。明日明後日は休日だから、今日は帰ったらゆっくり身体を休めてちょうだいね」
ジェローナもマーシアを気遣い、いつもより柔らかい声色で言葉を紡いだ。
男衆もゆっくりしろとの趣旨の心配を、口々に発する。
「マーシアちゃん。咳を抑えるには、飴を舐めるのが一番だぁ。これあげるから、舐めときなよ」
そう言ってシェミーは、ピンク、青、黄色の飴が渦巻くロリポップキャンディをマーシアに渡してきた。
「あ、ありがとうございます」
小さい子供が母親にねだりそうな見た目に驚いたが、甘い飴は一口舐めるとマーシアの限界ギリギリの身体に染み渡り、とても美味しかった。
「お先に失礼します」
マーシアはその後すぐに皆に挨拶をし、先に執務室を出た。
一人きりで棒付きのキャンディを持って歩くというのは、中々勇気がいるものだ。出来れば誰ともすれ違いませんようにと祈り、マーシアはドキドキしながら廊下の角を曲がる。
「……あっ、ウォルジー!」
まあ、就業終わりに誰かとすれ違うなというのも無理な話で、マーシアの祈りも虚しく普通に彼女はジニと鉢合った。彼は食堂に給水でもしにいっていたようで、その手には水の入ったボトルが握られていた。
「何だ、その飴?」
「……ロリポップキャンディですうぅ……」
「へえ〜、そんなん持ってるなんて珍しいな!」
恥ずかしがるマーシアとは裏腹に、ジニは飴によって無邪気さが演出されている彼女を見られて眼福だった。勿論、それにより暴れ回りたくなる想いは、必死に心の内で抑えた。
「……あっそうだ、ウォルジー! 指輪のおかげでさ、俺の操作の魔法、すでに結構良い調子になってきたんだよ! ちょっと工房来て見ていかねぇか?!」
「わっ、本当ですか?! うふふ。では、少しだけ拝見させていただきたいです」
ジニの誘いに、マーシアは即座に返事をする。家に帰る気持ちよりも、今は彼の操作の魔法の変化をこの目で見たいという気持ちのほうが強かった。
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「どうだーーーーっ!!!!」
ジニはダダ漏れの笑顔で、はんなり座っているマネキンを手でかざす。
「これは……! 以前に拝見した時よりも、マネキンさんがとても穏やかになっていますね!」
「だろー! しかも、コイツが変わったところはこんなもんじゃないぞ! これも見てくれ!」
そう言うとジニは、どこから持ってきたのか、ヴァイオリンをマネキンに手渡した。
「まあ……」
ヴァイオリンの優美な音色が、マーシアの耳を癒やす。
「何て素晴らしい演奏……。エラ様、本当にマネキンさんの挙動が見違えましたね」
「だろだろ!? いやー、やっぱこの指輪のおかげだな! 魔力の流れが穏やかになるだけで、こうも変わるなんてさ!」
終始嬉しそうに笑顔を振り撒くジニを見て、マーシアも目が柔く細まる。
この人のために指輪を作ってよかった。
心からそう思った。
「ところでエラ様、まだ工房に残られるのですか?」
「ああ。もうちょい一人で特訓してから帰ろうと思っててさ」
「そうなんですか。あの……ご迷惑でなければ、もう少しエラ様の特訓を見学しても構いませんか?」
この時、マーシアは自分でも不思議だった。
ジニの特訓を見守りたい気持ちは勿論なのだが、それよりも、何だか彼の側にいたい。彼の笑顔をもう少し見ていたい。
ふと、そんな感情を抱き、口をついて言葉が飛び出たのだ。
(どうしてかしら……)
今のマーシアには、その理由は到底分からないだろう。
「ぶうぅっふぇ!? マジ?! 全然いいけど!! むしろウェルカム!! 見てって!! 一生見てって!!」
ジニはマーシアの頼みに頭が爆発し、もの凄い勢いで彼女に向かって手招きをした。
「この椅子座れよ! それじゃあ、コイツに紅茶淹れてもらうから、少し待っててな!」
ジニはいそいそウキウキと、近くにあった作業机を拝借し、想い人のために簡易的なお茶スペースをセッティングする。
「うふふ、ありがとうございます」
お言葉に甘えてマーシアが椅子に座ると、マネキンが紅茶を運んできた。運び方も、だいぶ板についてきたようだ。
「サンキュー、マネキン! じゃ、ウォルジー。それ飲みながら、俺の特訓見ててくれよな」
「重ね重ねありがとうございます。では……いただきます」
左手には飴。右手には紅茶。
皆の気遣いを両手に、マーシアはジニの後方から彼の練習を見守る。
とりあえずマネキンだけではなく色々な物にも操作の魔法をかけてみようと、ジニはそこら辺にある備品やらを片っ端から集め、作業机の横に置いた。
「では、数日攻撃性が見受けられなければ、魔法道具の仮開発を進めることが出来るのですね」
「って言ってた! だからまずは、この新生操作の魔法を使った時の感覚を、しーっかりと身体で覚えねぇとな!」
そう言ってジニは腕をグルングルン回しながら意気込み、掃除用の刷毛に操作の魔法をかける。
刷毛は作業机の上を滑るように、さっさか埃を掃いていく。
「まあ、凄い! ふふっ、エラ様、精進されていますね。とってもご立派です」
マーシアはジニを褒めちぎり、紅茶を置いて彼に拍手を送った。
「……?! りっ、ぱ……立派!!?? おおお、おれ!! 俺、立派?!?!」
「はい、凄くご立派ですよ!」
「うぎゃああああああっ!!!!」
マーシアの僥倖にもほどがある言葉を浴び、ジニは嬉しさのあまり椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった。すんでのところで何とか耐えたが。
「ウォルジー……。俺は、俺は……死ぬまで精進し続けるからな!!!!」
「うふふ、素敵な意気込みです」
ジニの気合いしかないガッツポーズを見て、マーシアは安堵する。
(エラ様、すっかり元気になられたみたいでよかった)
完全に、いつものジニに戻ったようだ。
マーシアは、彼の屈託のない笑顔をその目に焼き付けた。
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事態が急変を迎えたのは、それから数十分ほど経過した頃だっただろうか。
(……何だか、眠気が……)
飴を舐め終わり、紅茶も飲み終えジニの特訓を見守っていたマーシアは、突如として強い睡魔に襲われた。
それはまるで、身体が強制的にマーシアに眠っておけとでも言っているような、本能に訴えかけるものだった。
(……身体が、熱くなってきた……。それに、頭の中、が……ふわふわ、する……)
先程まで紅茶を飲んでいたからなのだろうか。それにしては、身体の熱さの割に寒気を感じる。
(……もし、かして……)
マーシアはようやく、自身の絶不調な体調に気が付いた。
だが、気付いた時にはもう遅い。
(…………)
見つめるジニの背中が、ぼんやりと霞んでいく。
操作の魔法の特訓に励む彼の後ろで、マーシアは静かに、その双眸を閉じていった。




