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29話 その太陽、雨模様につき



「ぎゃああああっ!!!!」

「エラ君!!」



 今日も魔法道具開発部の工房には、マネキンにキャメルクラッチをくらったジニの絶叫が響き渡る。

 開発部員らは「またか」と思い、声の方向を哀れみの目で一瞥すると、再び作業に手を戻した。


「うーん……またダメだったかぁ……」


 パディーは困却した面持ちでくしゃりと髪を握り、ジニの【操作の魔法(エンピュート)特訓チェックリスト】にバツ印を付ける。

 これで、とうとう二十回連続バッテンが並んでしまった。


「だ〜〜も〜〜ッ!! コイツ最近ちっとも言うこと聞かねぇなぁ!!」


 ジニは肩で浅い呼吸を繰り返し、マネキンを睨みつける。最初は三体いたマネキンも、気が付けば安全性の考慮のため、一体に減らされた。


 

 今までのジニは、大体七回に一回ほどの割合で攻撃性を含まない標準効果の操作の魔法(エンピュート)を放てていた。

 だが最近は、彼の特訓が上手くいかない焦りや苛立ちも関係してなのか、とにかく操作の魔法(エンピュート)に攻撃性ばかりが乗ってしまっている。


 すると、ジニの苛立ちはますます募りに募り、操作の魔法(エンピュート)の攻撃性が一向に鎮まらなくなる。で、それによってまたイライラし、効果もまた荒ぶって……と、ただ悪循環ばかりを繰り返しているのだ。


「ねえ、エラ君。前に、開発部部員の皆んなでエラ君の性格の良いところを教えてあげたでしょう? それを覚えてる?」



 パディーはしゃがみ込んで息を整えるジニに目線を合わせ、そう問いかけた。


「勿論、覚えてますよ。俺の良いところは、"明るくて元気で意外と打たれ強い"ところなんですよね?」

「ええ、正に!」


 パディーは口角を上げる。


「エラ君、一回自然体で操作の魔法(エンピュート)を使ってみたらどう? イライラしないで気張らず、余計なことを考えずに、ありのままのエラ君で。そうしたら、意外と上手くいくんじゃないかしら?」

「ありのままの、俺……?」


 自分本来の良さ。

 そこを偽らずに、さらけ出す──。

 パディーの助言は、ジニの心を動かした。 


「そっか、なるほど……! ありがとうございます、俺やってみます!」

「ええ、頑張って!」


 ジニはパディーに礼を言うと、早速実行すべくマネキンに手をかざす。


 いつも通りの自分で。

 生まれついての気質をそのままに。



(……っ、これは……)

 


 きっと、上手くいく──。

 

 不思議と、そんな予感がした。



(いけ…………っ!!)



 ジニはマネキンに向かい、操作の魔法(エンピュート)を放った。

 


 ──ベシベシベシベシッ!!



「うわ゛ーーーーんっ!!!!」



 マネキンは子にお仕置きをする母親の如く、ジニの尻をベシベシ引っ叩いた。



「…………」



 パディーは無言でその光景を見つめ、チェックリストに二十一個目のバツ印を書き加えたのだった。




 ****




 昼休憩時。



「エラ君、いつまでも落ち込まないの」

「だっでぇ゛…………だっでぇ゛ぇ゛…………ッ!」


 ジニはかれこれ数十分、作業机に突っ伏しておいおいと泣き散らしていた。

 絶対に上手くいくと思っていたのに。

 打たれ強さはどこへやら、悲しみが彼の身体から滲み出る。


「ほら、お昼食べたら気持ちも切り替わるんじゃない? 食堂でも行っておいでよ」

「俺、腹減ってない……。ゴードンさん、行ってきていいですよ……」

「そ、そう……?」


 気力がガタ落ちし食欲が沸かない、動く気にもなれない。

 突っ伏したままのジニを見て、パディーは観念したように軽く息を吐いた。


「……じゃあ、エラ君。私行くけど、ずっと塞ぎ込んでたらダメよ。しっかり気を保つのよ」

「…………はい」


 ジニは辛うじて聞こえる程度の声量でパディーに返事を返す。

 やがて、パディーの足音は遠ざかっていった。



(俺……何で、こんなに何もかも上手くいかねぇんだろう…………)



 決して自分が要領の良い人間でないのは分かっているが、それでも限度ってものがある。

 枯れ葉のように脆くなったジニの心に、現在までに蓄積された己の失敗が、みるみると甦っていく。

 

(そもそも操作の魔法(エンピュート)だって、こんなに特訓してんのに少しもコントロール出来ねぇようじゃ、全然得意なんて言えねぇよ……)


 一気にたくさんの物体を操れる、大きくて重い物体だって操れる。

 これまで生きていて唯一自慢できるものだったはずの、自身の操作の魔法(エンピュート)の腕前。

 だが社会に出て、仕事に活かそうとして足を引っ張ることになった、攻撃性という必要のない特殊効果。

 未だに魔法道具の一つも作れず、工房の片隅でその攻撃性を抑えようとしている自分は、操作の魔法(エンピュート)が得意でも何でもない、ただのトラブル製造機である。



(……何か、自分のことすげぇダメ人間に思えてきた……。魔法もダメ、仕事もダメ。……恋も、ダメ……)


 

 最後の一文に関しては、なるべく考えないようにしていたことだった。

 だが、弱った今どうしても考えざるを得ない、遠ざかりもしなけりゃ接近もしない、自分とマーシアの何とも微妙な距離のこと。


 あの日、マーシアに「戻って」と言われ撃沈しても、心を切り替えめげなかった。

 努力が身を結ぶと信じ、彼女が調達に行っていない日は何かしてやれることはないかと、ひたすら話をしまくった。



『いえ、特に困り事はないので大丈夫ですよ!』



 その度に、遠慮してくるマーシアの純粋な笑顔が胸に刺さった。

 

(さすがにずっと続くと、いくら何でも心が折れるんだって…………)


 彼女に悪意がないのは分かっている。

 むしろ、本当に自分に悪いと思って断っているのだろう。

 だから余計に、頼るべき存在と見られていない虚しさと、存分に心を開いてくれていない悲しさが押し寄せてくるのだ。


(……まあ、所詮俺はウォルジーにとって、ベルちゃんに似てる面白い男ってだけなんだもんな……)

 

 あくまで似ているだけ。親密度も信頼度も、ベルちゃんのほうが断然上。

 そう考えると、何だかますます泣けてくる。



 今、ジニの心は、彼の人生で一番悲哀に満ち溢れていた。



 

 ****



 

 ジニを残し、パディーは工房を出る。

 すでに、休憩時間の残りは半分を切っていた。今から食堂に行ってもまだ間に合うだろうか。

 そんなことを考えながら、彼女が廊下を歩いていた時。

 

「あーーっ!!」

「?!?!」


 突然自分の進行方向に現れたマーシアを見て、パディーは声を上げた。

 

「あ……ゴゴゴ、ゴードン副部長……。ど、どうなさいましたか?」


 マーシアはパディーの声に驚き、飛び上がった心臓を抑える。


「ウォルジーさん! その手に持ってるのって、もしや……!?」


 マーシアが持つ手提げ袋を見て、パディーは期待を露わにする。

 そんな彼女に、マーシアは誇らしげな笑顔を向けた。


「はい! 先程宝石店から受け取って参りました、エラ様の指輪で──」

「うっわーー!! 何てナイスタイミング!!」

「ひゃい?!」


 マーシアはわけも分からぬまま、パディーに腕が千切れんばかりの勢いで握手をされる。


「ありがとう!! ウォルジーさん、ありがとおおう!! お願い!! それを今すぐ、工房にいるエラ君に持っていってあげてーー!!」

「え? あ、は、はい!?」

 

 パディーの圧に押され、マーシアはまたも理解が追いつく前に工房へ押し流された。


(な、何だかよく分からないけれど……エラ様は、もう工房へ戻っていらっしゃるのね)


 まだ休憩の明ける時間ではないが、とマーシアは首を傾げる。

 だが、どのみち午後の仕事再開時に渡す予定だったのだ。早い分にはいいだろう。

 そう思い、マーシアは工房の扉を開けた。



 ジニ以外が出払った広い工房の中は、しんと静まり返っている。

 彼はどこかとキョロキョロ周りを見回すと、奥のほうの隅っこにある作業机に座り込む人影が見えた。


(……エラ様……?)


 テラコッタ色の髪を無造作に放り投げ、ジニはだらんと作業机に身を任せている。

 扉の音にも、マーシアの足音にも気が付いていない様子だ。


(……何かあったのかしら)


 パディーから詳しい情報を聞いておけばよかったと若干後悔するが、それよりも、眼前に映る今の彼の姿にはどこか見覚えがあった。


(そうだわ、エラ様と初めてちゃんとお話しをする前の、落ち込んでいるあの背中……)


 こんなに分かりやすいことはない。 

 ということは、彼は今まさに落ち込んでいるということだ。


(…………) 


 マーシアは、手提げ袋の持ち手をキュッと握りしめる。


 正直、指輪を渡した時ジニがどんな面白い反応を見せてくれるのか、そればかりを考えてしまっていた。


 けれど、彼も人間なのだ。

 気を落とすことだってあるに決まっている。

 そこまでの考慮をしていなかった自分は何て浅はかだったのかとマーシアは俯いたが、同時に尚の事指輪を渡してあげたいという、より強い思いも生じた。



(エラ様。どうか、これを……)



 マーシアはゆっくりとジニに近付く。


 今の彼にとって、指輪なぞ気休めなだけかもしれない。

 だが、これが気晴らしのきっかけとなる可能性もあるのだ。


 その可能性を信じたい。


 

「エラ様」



 マーシアは、ジニの背中に声をかけた。


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