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2話 マーシアという少女


 ****




「──さん……ウォルジーさん!!」


「はっ……! はいっ……?!」


 

 自らを呼ぶ声にようやく気付き、マーシアは慌てて返事をする。

 

「やっと気付いてくれた。何か考え事をしていたようだけど、どうかして?」

「い、いえ……すみません。何でもありません」


 顔を赤らめ、マーシアは床に視線を落とした。



 マーシア・ウォルジー。

 この度ハイネ・カンパニー【魔材調達部】へ所属となった、ジニと同じ十六歳の新入社員。

 透き通るような灰白色の瞳を持ち、胸元まである黒いふわふわの髪はワインレッドのカチューシャでまとめられ、彼女の柔らかい顔の輪郭によく似合っている。全体的に、穏やかな雰囲気の漂う可憐な少女であった。



 そんな彼女がボーッと想いを馳せていたのは入社初日、自分に手を振ってきたジニのことだ。



 ────



『よろしくっ!』



 今まで男性にこんな軽い挨拶をされた経験がなく、マーシアは自分の顔を覗き込むジニを凝視したまま、戸惑い硬直してしまった。


(えっ、と……。こ、こういう場合はどうお返しをするのが正しいのかしら……? わ、私も手を振り返す、とか……?)


 混乱して目が回るも、さすがに初対面の男性に手を振り返せる度胸はない。



『………………よろしくお願いします………………』


 

 仕方がなかった。これ以上無難な返しなんて、当時のマーシアには思いつかなかったのだ。


(うぅ……。少し素っ気なくなってしまったかしら。で、でも……他に挨拶など思いつかないし……)


 ジニに見られていることもあって何だか恥ずかしくなってしまい、マーシアは彼から目を逸らそうと、プイッと前に向き直る。


 その後マーシアが再び横を向くことはなく、というか向けず、就業説明の間、互いにそこはかとなく気まずい空気を醸し出していたのであった。



 ────



 それから、マーシアは彼に対して冷たい態度ともとれる対応をしてしまったことに、かなりの申し訳なさを感じているのだ。



(非礼をお詫びしたいのだけれど、あれからあの方にお会いする機会が中々訪れないわ……)



 マーシアの所属する魔材調達部とは、魔法製品を製作する際に使用する特殊な効果を持つ素材、通称【魔材】を各開発部署のために調達する、縁の下の力持ち的な部署だ。

 仕事において製作作業は行わないため、魔法道具開発部などの工房とは違う、会社の本館に執務室が存在している。

 

 つまり、意識していないと他部署の人間とは顔を合わせる機会があまりないのだ。

 この三日間、マーシアも本館と工房を繋ぐ通路などでジニのことを気にしてみてはいるのだが、それでも会えやしない。


(けれど、お会い出来ないことには仕方がないし……。それよりも、今はお仕事に集中しなくては……)


 マーシアは頭をプルプル横に振り、気持ちを切り替える。


「ウォルジーさん。では、今日は魔材の調達について簡単に説明していくわ」

「はい、よろしくお願いいたします」


 先程マーシアに話しかけていた人物、魔材調達部部長のジェローナ・モンドは濃紫色の妖艶な髪をサラリとなびかせ、執務室の奥からキャスター付きの黒板を引きずってきた。



「──魔材はね、基本的には国内市場での買い付けや、ウチの会社と提携している施設からの定期購入により調達をすることが多いけれど、場合によっては自分達で採集をしに行くこともあるわ」


 コツコツと、黒板に当たるチョークの音が心地良く部屋に響き渡る。

 再び学生に戻ったような気分になり、マーシアは要点を中心にノートをとっていく。


「そして、ここからが重要なポイントよ。たまにね、所望する効果を持った魔材がどうしても国内で手に入らないってことがあるの。そんな時はどうするかと言うと……ふふっ! なんと、国外へ飛び出します!」


 ジェローナはあからさまに嬉々としてみせ、ヒュンと手を飛ばすような仕草をしてみせた。


国内(ロドエ)には一つもなくとも、国外ならたくさん流通してるなんてことはザラにあるわ! むしろ、経費で国外に行けるんだから、どんどん行っておいたほうがいいくらいいなのよ!」

「そ、そうなのですか……」


 ジェローナは目を輝かせ熱弁する。


「……モ、モンド部長。ちなみになのですが、どれほどの頻度で市場へ買い付けに行くものなのでしょうか?」


 マーシアはジェローナに気圧され、おずおずと小さく手を挙げた。


「そうねぇ、大体平均月に一、二回くらいかしら? と言っても勿論、各開発工房の製品開発状況によっては、もっと行くことだってあるけれど」

「なるほど。そこまで頻繁ではないということですね」

「そうね。一応、ある程度倉庫に魔材のストックがあるから、それで事足りる場合もあるの。でも、どうしてもストックの魔材では必要効果を満たせない、あるいはどうしても欲しい魔材があるのだということであれば、私達はあちこちで魔材調達(りょこう)をして、各部署ご所望の魔材を手に入れてくるというわけなのよ!」

 

 ジェローナの表情はにやけている。

 彼女にとって、魔材調達は羽伸ばしのようなものなのかもしれない。


「そういうことだから、貴女もいずれ一緒に調達に向かうことになるわ。いずれと言うか、明後日には早速国内市場へ連れていこうと思ってるんだけれどね」

「もう、予定を立てていたのですか……」


 知らぬ間に自分もその予定に組み込まれていた。マーシアはジェローナの計画の早さに、感心するやら若干引くやらした。



「それで、調達の最優先は各工房で開発中の製品に必要な効果を持つ魔材よ。この建物の一階に希望する魔材を書いてもらう依頼(ボード)があるから、見にいきましょうか」


 マーシアはジェローナに連れられ、階段を下りる。向かった先は一階にある各工房と本館を繋ぐ通路のちょうど間に位置する場所だった。

 

「ウォルジーさん、これよ。ここの壁にある黒板に、毎日十二時締切で必要な魔材を書いてもらうようにしているの」


 表のように区切られた黒板には、ところどころに字が書かれている。


「……これは、一体何と読むのでしょう?」


 繁々と黒板を見つめ、マーシアはジェローナに尋ねる。黒板に書かれた字は走り書きされているようで、解読困難なほど汚い。

 

「ああ、もうっ! いちいち確認しないといけなくなるから、字は綺麗に書いてっていつも言っているのに!! 皆さんちっとも守ってくれないんだからっ!!」


 金切り声を上げたジェローナは髪をわしわし掻き乱し、憤慨した。

 マーシアは気苦労が多そうな上司を見つめ、哀れむ。


「あ、でもこれは……水の力を持つ水魔材って書いてあるみたいね。こっちは……伸縮性のある魔材」


 これまで培った解読スキルを発揮し、ジェローナは何とか各部署の欲している魔材を読み解いた。



「こんな感じで日々調達する魔材がないかチェックをして、まとめて市場に探しにいくの。慣れてしまえば、そこまで難しくはないわ」



 その後マーシアは、国内各市場で販売されている魔材の傾向について色々教わった。


 魔材に該当するものは鉱石、植物などたくさんあるが、それでも一番広く使われているものは魔獣や妖精……総称して【魔法生物】とよばれる生き物の一部にあたる、いわゆる生物系魔材なのだそうだ。


 魔法生物(かれら)が最も多く棲まう森林に程近い地域であれば、生物系魔材が安価で調達出来るが、その代わりウィノア市(きょてん)からの移動は時間がかかる。

 反対に、都市部の市場は比較的移動が楽で、売っている魔材も幅広い品揃えが多いため便利ではあるらしいが、とにかく値が高い。とのことだった。


「まっ、経費からお金を出すわけだから、実際そこまで細かく気にしないでもいいんだけれどね。なんたって、経費からお金を出すんですから!」

(モンド部長、なんて豪快な方……)


 高らかに哄笑するジェローナを見て、マーシアは苦笑いするほかないのであった。




 ****




「──では、お先に失礼いたします」

「はぁい、お気を付けてね」


 

 薄暮の迫る時間になり、マーシアは仕事を終えた。


 廊下を歩きながら、マーシアは自分のノートをめくる。ジェローナの説明を聞きながら必死にとったノートは、ひたすらに文字が羅列されているだけで改めて見返すと非常に読みづらい。


 帰宅したら綺麗にまとめ直そうと、マーシアが軽く溜め息を吐いた、その矢先。



(あ……。あの方は……)



 本館一階の廊下の角にある椅子やミニテーブルの置かれた小さな談話スペースに、明るい髪色の少年がいる。

 マーシアはコクリと喉を鳴らした。

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