27話 怒涛の調達記
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そこから、マーシアは怒涛の日々を過ごした。
まず、宝石店にチャーム・ガーネットを持ち込んでから三日後には、アシュリーとシェミーと共に早朝より牧歌的な風景溢れるロドエ南西部はリダ州エディントン市に向かい、国内唯一のドラゴン牧場を訪れた。
マーシアの聞くところによると、リダ州出身のシェミーがここの牧場主と昔家が近所で顔馴染みらしく、その伝手により、剥がれ落ちたり抜け落ちてしまったドラゴンの古い鱗やら牙やらを格安で買い取れるのだそうだ。何ともありがたい話である。
大きく野生的なデザインのゲートを潜ると、中層ビルほどの高さを誇る縦格子の柵が広域に渡って連なっていた。放牧に近いスタイルになっているようで、柵の中にはちらほらドラゴンの姿が確認出来る。
マーシアは浮つきそうになる心を頑張って抑えた。
とはいえ、生きているドラゴンをお目にかかる機会など早々あるものではない。
牧場主のフィドルス・アインスタークから鱗の用途説明を聞いている間、マーシアは自分の視界の端ですやすや眠っている体長五メートルはあるであろう漆黒のドラゴンに、やはりどうしても目がいってしまった。
それが、まずかった。
「おい、嬢ちゃん!! もしかして、アイツが気になるのか!?」
「?! は、はいいっ?!」
フィドルスはマーシアの視線がドラゴンに向いていることに気付き、肉食獣のようにギラリと目を光らせると、途端にやたらと興奮した声を出す。
「がーはっは!! そうか、そうか!! なら教えてやろう!! アイツはなぁ、【オルテリアン・ムーンライト】っていう竜大国オルテリア原産の夜行性のドラゴンなんだ!! 名前はランバート!! アイツは昼飯ん時以外は日中の殆どを寝て過ごす。そんで夜になると途端に活発になり、星の瞬く空を舞うんだ!! 月の光を浴びて夜空を飛ぶその姿は絵画のモチーフにもなり、今や世界一美しいドラゴンの異名を持つはちゃめちゃに素晴らしい種類であり更に勇猛なその顔付きはさすが夜間に狼をも仕留めるだけある圧巻の出立ちでその鋭い牙はかの伝説の金属オリハルコンを粉砕するとも言われている何ともパーフェクトなドラゴンであってしかもそれだけではなくその逞しく屈強な筋肉を有する両翼は夜闇に月と重なれば翼を月光が透かし艶と煌めきがより一層──」
「フィドルス兄ちゃん、みーんな引いてるよぉ」
シェミーは、彼を呆れた声で制止する。
「おお、悪い悪い! つい、ドラゴンのことになると熱くなっちまってな!」
「相変わらず、兄ちゃんのそれは悪癖だなぁ」
「…………」
この世に生を受け、もうじき十七年。
まだまだ世の中には色んな人がいるのだと、マーシアは改めて胸に刻んだ。
その後、フィドルスのドラゴン狂愛に度々調達の進行を阻まれながらも、何とか今回の主要目的、情熱の国カブーン原産の【カブーニアン・ロックヘッド】というドラゴンの鱗のゲットに成功した。
「おいっ、お前らッ!! 今、向こうの砂場から出てきた図体のデカいヤツを見たか!? アイツは砂漠の国ルパタ原産、【ルパタン・サンドローズ】のヒュドルだ!! ルパタン・サンドローズは砂の中で生活するドラゴンで、獲物を狩る際は今みたいに砂から上半身を出し、砂の中に獲物を引き摺り込むんだ!! え? なんでコイツに"サンドローズ"って名前が付いてんのか気になるって?! がーはっは!! そうか、そうか!! よし、教えてやろう!! それはな、コイツの持つ背鰭が由来で──」
「兄ちゃん」
牧場を後にした調達組の三人はすっかり気疲れを起こし、宿に着くなり各部屋のベッドにバタンと倒れ込んだ。
これが、六月の魔材調達最初の出来事である。
通常、魔材調達は二、三人ずつで行い、かつ前回の調達に携わった者は大体のルーティンから会社で留守番をすることが多い。
だが、マーシアはまだ新人。早く仕事に慣れてしまおうということで、本人の意志を尊重の元、出来る限り調達に駆り出されることになっていた。
尚、当人の意志は「行きます!」とのことだった。新人ゆえに、逸る気持ちもあったのかもしれない。
兎にも角にもそういうことで、マーシアはドラゴン牧場での調達が終わり、ようやく旅の疲れが癒えた三日後に、今度はロドエ西部オクタ州にすっ飛んでいった。
そこでラカス州に生息するものとは別種の、岩肌ひしめく峡谷生まれ獰猛育ちなサンダー・バードを現地の凄腕鳥使いに手懐けてもらい、換羽した金色に輝く雨覆羽を頂戴するなどしたのだ。
「ハイ!! こちら、渓谷で獲れたオオトカゲの丸焼きダヨ!!」
その夜は、鳥使いが獲ってきてくれた二メートルはあろうデカいトカゲが夕食だった。
「……い、いただきます!」
以前ワニを食べたのだ。
なら、トカゲだって食べられるはず。
マーシアは意を決してトカゲを口に運んだ。
「おい、しい……!」
これもまた、鶏肉のような風味がする。
爬虫類は皆、そういうものなのだろうか。
「色んなとこで調達してると、色んなものに耐性付くよな」
「ほんとほんと」
今回一緒に調達に向かったトリスタンとイーノックも、珍妙な食材に抵抗のなくなった自分達に、思わず乾いた笑いを出す。
これが六月の魔材調達、二回目の出来事であった。
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三回目の魔材調達は、つい昨日終わったばかり。残りあと一回だ。調達に追われ、気が付けば季節は完全に夏と化していた。
マーシアは昨日の夕方、調達終わりの足でそのまま家に帰宅した。
休日を挟まない調達だったため、今回は代休の発生がなく、少々体に疲れが残る。
「ウォルジーさん、大丈夫?」
マーシアが無意識に発した溜め息に反応し、ジェローナがふいに彼女の顔を覗き込んだ。
「何だか、とても疲れた顔をしているわ。やっぱり、連続の調達が響いてしまったかしらね」
「い、いえ、そんなことはないです……! 昨日も、食事と睡眠をたくさんとってきましたので!」
マーシアは、ジェローナに心配をかけてはいけないと空元気に振る舞う。
実際のところ、平常時より食欲は落ち、寝ようと思えばすぐ寝てしまえる程度には疲れている。だが、これは自分で行くと判断した調達でついた疲労なのだ。弱音なんて吐くわけにはいかない。
「そう? でも、無理は禁物よ。あなたすでに充分頑張ったのだから、休みを取りたい時は遠慮せずに言ってね」
「はい、ありがとうございます」
ジェローナの心遣いに、マーシアは頭を下げた。
(けれど、これくらいの疲労なら、今月最後の調達までには回復するはず)
だから、きっと大丈夫。
そう思い、現時点では何も言い出さなかった。
その日は一日中、身体にポヤポヤした感覚を抱え、マーシアはその日の業務を終えた。
ゆっくりと階段を下り一階へ降りると、廊下を歩いていたアレイシオと鉢合わせになった。
「おっ、お嬢さんいいところに。ちょうど話があったんだ」
「カロン部長。一体どうされましたか?」
アレイシオは辺りを見回し、こっそりと小声でマーシアに囁く。
「あのな、今日の昼に宝石店のほうから連絡があったんだが、何でもエラの指輪が出来上がったそうだ」
「まあ! 本当ですか!?」
思わず大きな声が出てしまい、マーシアは慌てて口を閉じる。
「ああ。すぐにでも受け取りが可能だそうなんだが、今日はもうこの時間だしな。明日、俺が取りに行ってこようと思う」
「そんな、私が行って参りますよ。元より、そのつもりでしたので」
マーシアの返答を聞き、アレイシオはお言葉に甘えることにした。
「では、よろしくな」
「はい!」
この時ばかりはマーシアも疲労を忘れ、相好を崩す。
(うふふ、思っていたより早く出来上がってよかった……)
明日が楽しみだ。
アレイシオが去ったあとも、マーシアはしばしにんまりと顔を綻ばせる。
だが、突然──
「……っ、こほっ、こほ……!」
マーシアの喉から、乾いた咳が出た。
咳はすぐに止まったが、何やら喉の奥からイガイガした違和感を感じる。
(うぅ……。もしかしたら、風邪を引いてしまったのかしら……)
そういえば、外気の暑さもあって、昨夜は布団から上半身を出して寝てしまった。身体の疲労と合わせて、夏風邪の要因となったのかもしれない。
『休みを取りたい時は遠慮せずに言ってね』
ふと、ジェローナに言われた言葉が頭に響く。
確かに調達がない日の魔材調達部は、基本的に次の調達先の検討をつけたり、魔材の効果を勉強したり、あとは掃除や雑務をこなしたりと、最悪自分一人休んでもさほど支障が出ない業務が多い。
だが、明日に限ってはそうはいかない。
(お休みするだなんて絶対にイヤ……。明日はエラ様に、指輪をお渡ししてあげたいの……)
彼に、何か少しでもいい思いがあるよう。
そう願って製作してもらった指輪なのだ。
どうしても、すぐに明日渡してあげたい。
マーシアも、この時ばかりは己の頑固な気持ちが強く出た。
明日は、絶対に出勤するのだ、と。
(帰ったら、常備しているお薬を飲みましょう……。そして、早めに寝れば、きっと体調もよくなるはずだわ……)
半ば自分に無理矢理言い聞かせるように、マーシアは何度も「大丈夫」と唱えた。
そして、帰宅を果たしたマーシアは、茶色い薬瓶から錠剤を取り出し、すぐに布団へ潜る。
疲労もあったからなのか、気が付けばあっという間に夢の中に入れたのは幸いだったかもしれない。




