26話 加工依頼
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「はいはい。では、そちらの原石をお預かりいたしましょう」
「はい。では、こちらを」
ジニが食堂でギャン泣きしていたのと同じ頃。
マーシアは、工房から徒歩数十分のところにある小ぢんまりとした宝石店を訪れていた。
この店の老店主に、チャーム・ガーネットの原石の加工を依頼するためだ。
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『──なるほど。要するにチャーム・ガーネットを、エラのサポートアイテムとして活用しようってこったな?』
『はい!』
昨日、ジニの操作の魔法の対処についてマーシアが考え込んでいた際、ふとカゴに入ったチャーム・ガーネットの原石が目に入った。
そこで、彼女は閃いたのだ。
(そうよ。このガーネットは、今のエラ様にとってピッタリな効果を持っているわ!)
すぐさまマーシアはアレイシオとパディーに声をかけ、ジニをサポート出来るような道具を作ろうと提案をした。
『うん、とってもいい考え! けど、サポートアイテムって言っても、どんなものにしようかしらね?』
パディーは乗り気らしく、早速ウキウキと考えを巡らす。
『そうですね。父の話ですと、本来の用途としてはやはりチャーム・ジュエリーは宝飾品にするのが一般的だそうですので、これも腕輪やペンダントなど、身に付けやすいものに加工をするのが一番でしょうか?』
『ま、それが無難だろうな』
ひとまず、ジニのサポートアイテムは何らかの装飾具にすることに決定した。
その後三人で意見を出し合い、開発作業中に装着していても支障のない大きさのものがいいだろうということで、やがて一つの装飾具に案がまとまる。
『"指輪"にしようか』
指輪なら、取り外しも楽で使いやすい。
満場一致の賛成であった。
『デザインなどは、いかがいたしましょう?』
ジニが着用する姿を思い浮かべ、マーシアは二人に尋ねる。
『野郎に渡すもんだからな、あんまり凝らんでもいいと思うぞ。それに……』
『それに?』
『……いや、やっぱり何でもない。忘れてくれ』
『?』
『アイツは、お嬢さんが提案したものなら何でも喜ぶだろうしな』。
そう言おうと思ったのだが、アレイシオは口を噤んだ。何となく、彼の恋路ために言ってやるのも癪だと、脳が判断したのである。
『では、私のほうで明日にでも宝石店に加工の依頼をしてきます!』
マーシアは力強く言葉を発する。
これがジニの操作の魔法の特訓に一役買ってくれたら。そう願うと、日頃穏やかな彼女の眼差しにも、不思議と熱がこもる。
『お嬢さんには毎度エラのことで付き合ってもらっちまって悪いな。だが、アイツも特訓を始めたばっかりにも関わらず、物に攻撃を受けまくってしょげて、早々に弱音を吐いたりなんかしてたんだ。だから、今回のお嬢さんの提案はアイツにとって好機の訪れとなるはずだ。きっと喜ぶだろうよ、ありがとうな』
『いいえ、そんな。とんでもありません。それよりも……エラ様、弱音を吐いてらっしゃるんですか?』
『ああ。口を開けば『もうヤダー!!』だの、『帰りたい!!』だの、散々叫んでるんだ』
『まあ、そのようなことを……』
マーシアは眉尻を下げる。
彼女から見たジニは、いつも明るく笑顔を絶やさない、気さくな人物だ。
それはまあ、しょっちゅうトラブルを起こしている印象も拭えなくはないが、だとしても彼が弱音を吐く姿なんて見たことがなかったので、アレイシオの言葉に驚き、口を結ぶ。
(……エラ様も、私の分からないところでたくさん悩んだり、苦労をされているのでしょうね)
確かに、今だってマネキンにやられて伸びているのだ。自分の想像している以上に、彼は常に理不尽な目に遭っているに違いない。
ジニのことが不憫に思えたマーシアは、アレイシオとパディーに、ある追加の提案をした。
『指輪の件は、完成するまでエラ様にはご内密にしておきませんか?』
学生時代、友人達が大学へ通う皆より早く社会へ出る自分への手向けとして、白地の可愛らしいハンドバッグをくれたことがある。
自分に内緒でこっそりと秘密裏で用意をしてくれていたらしく、「ようやく渡せた」と、弾ける笑顔でバッグの入った箱を差し出してくれた。
あの時、驚いたのは勿論のことだが、それよりも自分のためにプレゼントを用意してくれた友人達の想いが嬉しく、心が温かさに包まれたことをよく覚えている。
せめて、ジニにそんな嬉しい気分を味わってもらえたら、彼の気持ちも少しは晴れるのではないかと、マーシアはそう考えたのだ。
『つまり、サプライズプレゼントってことね。分かったわ。では、エラ君には言わないようにしましょう!』
『ありがとうございます!』
かくして、ジニには内緒のチャーム・ガーネット使用、指輪大作戦が始まったのであった。
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「時に、お作りする指輪はどのような装飾がよろしいですかな? ご要望があれば、どうぞ申し付けてくだされ」
「そうですね……。指輪を差し上げる方は男性ですので、シンプルで使いやすいデザインでお願い出来たらと思います」
ジニ本人に希望を聞くことが出来ないため、マーシアは自分なりに考えた無難な答えを店主に伝える。
「ふうむ。となると、こんな感じで?」
店主は紙にサラサラと製作図案を描き、マーシアに見せてくれた。
そこには石座に横広の四角いガーネットがはめられ、肩の部分に唐草模様が施された太めの指輪が描かれていた。
ガーネットの大きさもそれほど大ぶりではなさそうで、かつ、デザインも要望通りシンプル。
「とても素敵です! ぜひ、そのようにお願いします!」
これならジニも使いやすそうだと、マーシアは即座に返事をした。
「腕の素材はいかがしましょう? ここの、指のはまる部分になりますが」
店主は、図に描かれた指輪の輪の部分を指し示す。
アレイシオからは、仕事用という歴とした名目により指輪の製作料金は経費で賄えるため、貴金属は多用していいと言われている。
多少値が張る素材でも、いくつか候補に出せるのがありがたい。
だがこれに関しては、マーシアの中ですでに決めている素材があった。
「はい。こちらは、"金"でお願いします」
金色の指輪に赤色のガーネット。
この色の組み合わせがどことなくマーシアに太陽の輝きを連想させ、更にそれが、常に活気に満ちているジニの印象と見事に重なったのだ。
「はい、承知いたしました。では、これらの要望を元に、製作に入らせていただきます。製作期間は二週間から三週間ほどですかな。終わりましたらこちらから連絡を差し上げますゆえ、しばしお待ちください」
「ありがとうございます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
これで、無事に加工依頼が完了した。
マーシアは店を後にすると、会社に戻るべく石畳の道を歩き出した。
(よかった。後は、出来上がってすぐお店へ受け取りに伺い、エラ様にお渡しをすれば……)
二、三週間ほどで完成なら、来月の魔材調達に出立する前にジニに渡せる。申し分のないタイミングだ。
(エラ様、きっと凄く驚いてくれるに違いないわ)
ジニの驚く姿を想像し、マーシアはクスクスと笑う。
それにしても、最近の彼は自分を見てニコニコ笑っていたと思ったら突如歯を食いしばるような表情をしたり、大げさに心臓を抑えるフリをしたり大声を出したりと、何かと挙動が大きい。
ひょっとしたら自分を楽しませようとしてくれているのだろうかと、マーシアは推測してみる。
でなければ、彼があんなにエンターテイメントに特化した動きをしている理由がつかない。
(だとしたら、いつも以上に大きな反応を見せてくれるかもしれないのね。うふふ、楽しみにしていましょう!)
マーシアは、やがて訪れるジニへのサプライズに胸を弾ませながら、ルンルンと会社の帰路につく。
ちなみにこれは余談にすぎないが、マーシアは先程の自分のお願いによりジニが大ダメージを喰らったことなど、当然知る由もないのであった。




