25話 お荷物お持ちしましょう
といっても普通に就業時間なので、まずは休憩まで、いつも通り操作の魔法の特訓に励む。
今日はマネキンに操作の魔法をかけるより先に「攻撃すんなよ!」と真面目に言い聞かせ、臨んでみた。
ピシピシピシピシッ!!
「エラ君!!」
「わーーん!!」
その決めつけに腹を立てたマネキンは、操作の魔法がかかって早々、ジニを執拗にデコピンで攻撃し始めた。
そして、マネキンを使った特訓をして三時間。ようやく昼休憩の時間になった。
「エラ、一緒に昼飯食いに行こうぜ」
「すんません! また今度!」
昼休憩に行くマーシアをとっ捕まえるため、ジニは仲間の誘いを断り、本館に向かって駆け出す。
「……あぁっ!? ちょっと待てよ?!」
だが彼は、突然足に急ブレーキをかけた。
「ウォルジー、確かいつも魔材調達部の全員と執務室で昼飯食ってるっつってたな! それじゃあ、仕事終わるまでアイツ部屋から出てこねぇじゃん!!」
不覚だった。
本来ならマーシアと一番接触しやすいであろう時間に、彼女に会えない。
ジニは一人ワンワンと喚く。
「んーでも、しゃあねぇか。仕事終わりにまた……。いやでも、終わる時間もバラバラだしなぁ……」
互いが他部署であることはこういう時に響いてくるのかと、ジニはがっくり項垂れた。
そして情けないことに、しょんぼりしてても腹は減る。ジニの腹の虫が大きな音を立てた。
「……とりあえず、食堂行こ……」
ジニはトボトボと歩き出し、本館へ向かっていった。
本館に入って廊下を歩き、依頼板のある壁の角を曲がったジニは、前方にいる人物を見て目を細めた。
「あれ? ウォルジー?」
見間違いかと思い、ジニは目を瞬かせる。
だがそこには、確かにマーシアがいた。
彼女は何やら布の掛かった小さいカゴを持ち、廊下を歩いている。
(何だ? 休憩に入るってよりかは、これからどっかに調達でも行くのか?)
ジニがそう思ったのは、マーシアが魔材調達部用の茶色い革製の仕事バッグを肩から下げていたからである。
「ウォ……」
声をかけようと名前を呼びかけたが、思い止まりジニは口を噤む。
(待て待て! ウォルジーが何か困ってないか、まずは状況を確認しろ! 話しかけるのはそっからだ!)
自分を窘め、後ろからマーシアの動向を観察する。
とはいうものの、マーシアは本当にただ普通に廊下を歩いているだけで、困り事も何もなさそうだった。
(まあ、そんな都合よく困ることなんか、そうそうねぇもんな……)
見守りながら、ジニも少し冷静になる。
だが、そんな視線の先のマーシアは、ふいに廊下に置いてあるキャビネットの上にカゴを乗せた。
(……っ!)
マーシアはカゴを置くとふうっと一息吐き、ハンカチで汗を拭う。
(もしかして、アイツ。あのカゴの中身が重くて一休みしてるんじゃねぇの?)
何というグッドタイミング。
しかも、アデルの言っていた"相手の代わりに重い物を持つ"が実行出来る。
(おい、来たぞ!!!!)
そうなれば、自分の出番である。
ジニはマーシアの後ろから颯爽と声をかけた。
「ウォーールーージーーッ!! こんなとこで偶然だな!!」
「?! エッ、エラ様?!」
マーシアはひどく驚いたようで、目を見開きジニを凝視する。
(!! 理性!!)
いつもと違う彼女の表情に危うく持っていかれそうになるが、今は強い意志がある。
すぐに心を鎮め、ジニはキャビネット上のカゴに視線をやった。
「あれ〜? こんなとこに重い物が入ってそうなカゴがあるな? もしかしてウォルジー、このカゴを運んでたけど、あまりにも重くて一回ここに置いて休んでたんじゃねぇのか?」
「!?」
ジニの白々しい考察に、マーシアは顔を引き攣らせる。
「な、なぜそれがお分かりに……あっ!」
うっかり白状してしまい、マーシアは慌てて手で口を塞いだ。
「あはは、やっぱりな! なあ、これどこに持ってこうとしてたんだ? 俺が運んでやるよ!」
「え゛っ……!?」
ジニは爽やかな笑顔を振り撒くが、マーシアはなぜか余計に顔を引き攣らせる。
「いえ、そんな……! 重たいですし、大丈夫です! 自分で運びます!」
「なーに、遠慮するなって! 俺なら楽々運べるから!」
「あっ……!」
ジニはマーシアの制止を聞かず、ひょいとカゴを手に取った。
「うわっ、これそんな大きくねぇのに、持ったらすげぇ手にズシッとくるな。何入ってんだ?」
「えええ、えーと……ですね」
マーシアはジニから目線を逸らし、何かを誤魔化すように思い切って人差し指を立てる。
「ハ、ハムスターです!」
「ハムスターか!!♡♡」
ハムスターなら仕方がない。
きっと二十匹くらい入っているのだろう。
「あ。で、これどこに持っていきゃいいんだっけ?」
「そ、そうですね。では、あちらの入り口のところへお願いします」
そう言ってマーシアが控えめに指し示す本館の入り口は、二人が今いる位置から五メートルほどしか離れていなかった。
「すぐそこじゃねぇかよ!!」
「で、ですが……。目的地まで運んでいただくとなりますと、せっかくのサプライズが台無しに……」
「サプライズ? え、何の?」
「!!」
マーシアは、一度目の失言の時よりも素早く手で口を覆った。
「どうしたんだよ、さっきから? お前、何か変だぞ」
「……ううぅ……」
口を手で押さえたまま、マーシアはバツの悪そうな顔でジニを見つめる。
「! もしかしてウォルジー、他に困ってることがあんじゃねぇのか?!」
ピンときたジニは、マーシアに問いかけてみた。何てったって、自分の目の前の彼女は、こんなにも目をぐるぐる回しているのだ。
これは重たい物に引き続き、困り事を解決してあげられるチャンスなのでは。
ジニはズイッとマーシアの目を見据える。
「な、ウォルジー。何か困ったことがあるなら言ってみろよ。俺にしてやれることなら、何だってするからさ」
「ほ、本当ですか……?」
真摯なジニの眼差しに、マーシアは幾分か緊張が解けたのか、おずおずと口を開いた。
「でしたら、エラ様。一つお願いを聞いていただいてもよろしいですか?」
「ああ! もっちろんですとも!」
ジニは偽りのない気持ちを表すべく、深く頷いた。
「ありがとうございます。では……後は一人で大丈夫ですので、どうかもう、お戻りください」
「……はい゛っ?!?!」
何か思ってたのと違う返答が聞こえた。
ジニは顎が外れそうなくらい大口を開けて叫ぶ。
「エラ様、お戻りいただいて大丈夫です……」
「んなっ! ちょおぉ! だから、遠慮しなくたっていいんだっての! こっちは全然重くねぇから安心しろ! 最後まで責任持って俺にその重たそうなカゴを運ばせなさい!!」
マーシアにまだカッコいいのカの字も見せられていない。ここで終わってたまるかと、ジニは必死に抵抗の姿勢を見せる。
「え、遠慮などではないんです……。えっと、その……」
「じゃあ、何なんだよ!?」
マーシアは何か言いたそうに、けれど口には出せずに口籠る。
「な、何はともかく、本当にもう平気なんです。これ以上、エラ様のお手を煩わせてしまうわけにはいきませんから。ですのでどうか、どうかお願いします……。エラ様、お戻りになってください……」
「ええええぇ…………」
半ば懇願するように、マーシアは何度もジニに訴えた。
意訳して、「帰れ」と。
彼女の婉曲な言葉の真髄を理解したジニの魂は、スポンと身体を抜け出た。
「……ワカッタ。オレ、コノバ、タチサル。ショクドウ、ムカウ。ウシロ、フリムカナイ」
「本当にすみません……」
プシューと口から煙を吐き出し、ジニはガタつきながら食堂へ向かっていった。
(エラ様……お許しください。でも、あなたにこの先を知られるわけにはいかないのです)
マーシアは彼に対する謝意の言葉を心で呟き、その機械じみた背中を見送った。
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「あ、エラ君!」
ジニが食堂に辿り着くと、アデルがサンドウィッチを頬張りながらにこやかに彼に手を振る。
「どう? 早速マーシアが困ってるところ、助けてあげられた?」
「…………」
アデルはケラケラと笑い、冗談っぽくジニに尋ねる。
「……れた」
「え? 何て?」
ジニの言葉が聞き取れず、アデルは手を耳に当てた。
「……〜〜ッ!! ウォルジーに"戻れ"って言われたあ゛あ゛あ゛!!!!」
「ぐふっ……え、えぇ……っ!?」
ジニの大絶叫に、アデルは慌ててサンドウィッチを飲み込み、むせ返る。
マーシアの困り事は、彼女のカゴを無理矢理引ったくって無理矢理運んでいた、自分自身でした──
ジニは食堂の床に突っ伏し、衆目環視の元、嗚咽を上げて泣き喚く。
その泣きっぷりは、さながらおもちゃを取り上げられた幼子のようであったとか、ないとか。




