1話 ジニという少年
ジニ・エラは、昔から調子の良い性格をした、明るくてほんの少しだけ素行不良の少年だった。
首元まで伸びたテラコッタ色の髪に、魔法使いでも中々珍しい紫色の瞳。三白眼のため、その神秘さがやや伝わりづらいのが残念なところか。兎にも角にも、彼は一目見てやんちゃ者だと分かる風貌をしていた。
そんな彼がマーシア・ウォルジーと出会ったのは、十六歳の五月の頃。
十年間の義務教育を終え、新入社員として入社した魔法製品製作会社【ハイネ・カンパニー】での、記念すべき入社初日のことであった。
「よろしくっ!」
就業説明時、隣に座ったマーシアに対して、ジニはいつも女の子に挨拶をするのと同じように彼女の顔を覗き込み、ピラピラ指を踊らせてニッコリと笑顔で手を振った。
「………………よろしくお願いします………………」
だから、こんな眉を顰めていかにも怪しいやつを見るような目つきで返事を返されるなんて、到底思いもしなかった。
(ん? あ、あれ? あれ??)
予想外の反応に、ジニは内心狼狽える。
マーシアは眉を顰めたままジニを一瞥すると、そのまま前を向いてしまった。
(………………あ、ヤバい。コレ)
ジニの顔がサーッと青ざめる。
(…………間違えた…………!!)
この時、彼は何を間違えたのか。
言うまでもない。
初対面の距離感である。
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「──そんで、俺!! 初っ端からあの子にドン引かれちゃったんですよ!!」
ジニは三日前にやらかした己の失態を大声で工房内にぶち撒ける。
「……エラ。その子っていうのは【魔材調達部】に入った、あの大人しそうなお嬢さんのことだろ? そりゃ、そんな反応もされるさ。お前が馴れ馴れしくし過ぎたんだよ」
「な゛ーーっ!! カロンさんまでそんなこと言うんすかっ?!」
ジニの所属する【魔法道具開発部】の部長、アレイシオ・カロンはジニの肩を持つ素振りを一切見せず、そう言ってのけた。
魔法道具開発部とは、実用化基準を満たし、商品として販売出来る魔法道具を日々開発し製作していく、ハイネ・カンパニーの工房一人数の多い部署だ。
ちなみに、商品化した魔法道具を製作する工房は、また別のところにある。
そんな部署をまとめ上げるアレイシオは、体格のいい大柄な男性で、口元から顎にまで蓄えられた立派な髭が特徴の大ベテランである。
「にしても、何だって一体そんな態度を取っちまったんだよ。その子に気でもあんのか?」
「気ぃ? なわけないですよ! 俺、女の子は大好きですけど、一目惚れとかしないタイプなんですから!」
「あ、そう……」
アレイシオはどうでもいいジニの情報に適当に返事を返す。
「お・れ・は! ただ同期としてあの子と仲良くなりたかっただけなんですっ! なのにあんな顔されてさ! これじゃあ、もう一生距離なんて縮まんねーじゃん!! あーーあ!! どうしよ、あーーあっ!!」
「あ〜〜、もう分かった分かった!!」
ギャンギャンとずっとやかましいジニの声に、アレイシオは両耳を塞いで顔を顰める。
「とにかく! 今度会った時に謝れば済むことだろう。な? そうしとけ。さっ、すっかり話し込んじまったが、そろそろ仕事に集中するぞ!」
「ううぅ……はぁーい……」
アレイシオは無理矢理ジニの話を切り上げ、次のステップに取りかかる。
「エラ。お前は確か、操作の魔法が得意とか言ってたな」
「はい、めちゃくちゃ得意ですよ!」
ジニは先程までの嘆きを忘れ、ケロッとした表情で答えた。
操作の魔法というのは、【便利過ぎる魔法ランキング(魔法管理局調べ)】で三年連続一位を記録し、殿堂入りを果たすほどには魔法使いに広く使われる、物を操り操作する魔法のことだ。
本にかければ勝手に本棚へ帰ってくれるし、箒にかければ庭掃除が一人でに終わる。
まさに便利で大変重宝する魔法だ。
年々魔法全体の使用率が低下している中、この魔法だけは日常で使い続けると言う魔法使いも多い。
「マジで俺、一回でたくさんの物に操作の魔法かけられるし、重い物だって楽々に操れますよ!」
ジニは興奮気味にアレイシオにアピールをかける。
「おお、そりゃ大したもんだ。そうしたらな、ちょっとこれに操作の魔法をかけてみてくれるか?」
アレイシオはすぐ近くに置いてある椅子を指差し、ジニにそう伝えた。
「え、これに?」
「ああ、操作の魔法は魔法製品を作る際の基礎として、一番使用する魔法だからな。今のうちにお前の腕を見ておきたい」
「なるほど、お安い御用ですよ!」
そう言うとアレイシオは椅子を運び、ジニの目の前に置いた。
「いつでもいいぞ」
「了解です!」
ジニは指を椅子に向け、ピッと軽く上に弾いた。
ゴトンッ!
椅子は操作の魔法がかかると、四本の脚を器用に動かしトコトコと歩き出した。
それを見たアレイシオは、日頃から重たげな瞼を大きく開け、その光景に目を見張る。
「あんっ? お前の操作の魔法、【自立型】なのか?」
「はっ、自立型? 何ですか、それ?」
初めて聞く単語に、ジニはポカンと口を開ける。
「椅子が生き物みたいに意思があるように動いているだろう? こうやって、物体や無機物に擬似的な意思を持たせるタイプの魔法を、自立型と呼ぶんだ」
「へぇ〜、知らなかった。確かに俺が操作の魔法使うと、どんな物もめっちゃ元気に動くとなーは思ってたけど」
ジニはチラッと椅子に目を戻す。
椅子はだんだん行動に激しさが増し、パカラパカラと走りながらジニの元へと駆け寄ってきた。
ガンッ!!
椅子は突如、ジニの脛に強烈なキックをお見舞いした。
「い゛っだーーーっ!!?! ちょっ、バカッ!! 何すんだよ!?」
椅子は執拗に脛を攻撃する。
脚を自由に使える素晴らしさに気付いたようだ。
「テメェ!! いたっ……ちょっ、いたっ、本当に…………」
「………………」
傍観していたアレイシオは、椅子に負けかけている彼に見かねて声をかけた。
「エラ、大丈夫か?」
「逆に大丈夫だと思いますっ?!?!」
「だよな」
アレイシオは作業机に操作の魔法をかけると椅子を囲い込めるように机を横向きにし、床を走らせる。
机は椅子を巻き込むようにして捕え、そのまま壁にしっかりと四本の脚をつけた。机に囲われ、逃げられなくなった椅子は机の脚をガンガン蹴って抵抗している。
「あ、ありがとうございます……」
「礼はいいから、早くあの暴れ椅子を何とかしてくれ」
「はいぃ……」
ジニは片手で脛を撫でながら、空いてるもう片方の手で椅子にかかった操作の魔法を解除した。すると、途端に椅子は普通の椅子に戻っていった。
「いて〜……。アザになったかな……?」
騒動が落ち着き、アレイシオは徐にジニを見据える。
「うん。見てて思ったんだが、その……何というか、その……」
非常に言いづらそうにアレイシオは口をゴニョゴニョこもらせるが、後に続く言葉は非常にハッキリしていた。
「お前の操作の魔法、使いづらいな」
「はっ!!!?」
「使いづらい」
二度目もハッキリ。
「操作の魔法をかけて椅子があんだけ元気に動き回っちまうとなると、これから先、魔法道具を作ってくのは中々厳しいと思う」
「え、は?! ちょっと!! 俺、操作の魔法が得意で仕事で無双出来そうだったから、この会社選んだのに!?」
「お前が本当に操作の魔法が得意なのかどうかも、あの椅子の動きじゃ分かりづらい。あと、普通に無双は無理かも」
「な゛ーーーーっ!!!! たった三日で見限んないでくださいよっ!!!!」
──ジニ・エラ、十七歳。
同期の女子には訝しげに睨まれ、椅子に負け、自分が得意(自称)な魔法は、性質が仕事に向いていないらしい。
彼は最悪の入社スタートを切った。