14話 噂広まる
(愛おしい……愛おしいって……愛おしいって!!?!)
マーシアが逃げ帰った後、咀嚼に咀嚼を重ね、ようやくジニの脳に彼女の言葉が伝わった。
(おいおいおいおいっ!! それって俺のこと好きってことじゃん!! なーーっ!! あんなに顔赤くして愛の告白なんかしてくれちゃってさぁっ!! 何だよ何だよ、可愛いじゃねーかよ!!)
慈愛に満ちた可憐な乙女。
そんな子に、愛を囁かれてしまった。
ジニの心の爆薬は、ボンボコと狂ったように発破する。
(ウォルジー、マジで俺のことちゃんと見てくれてたんだなぁ……。今までの子は全員、俺からアタックしないと付き合ってくんなかったってのに……)
熱い感情が、ジーンと心に染み渡る。
元来遊び人気質のジニは女の子に声をかけるなど造作もなく、これまでに何人かの女の子と交際をしてきた。
だが、どの子も皆ジニに惹かれて交際を始めたというよりは、彼の軽い調子に乗せられ乗っかり、半ば遊び感覚で付き合っていただけだった。
つまり、悲しいことにジニを心から愛した恋人は今まで一人もいないのだ。
ただそれは、軽い調子で女の子を口説いた彼自身のせいでもあるのかもしれないが。
だが要するに、そんなほろ苦い思い出を経たからこそ、マーシアから自分に伝えられた"愛おしい"という言葉が、ジニの持つ少ない語彙の中でも一際美しく輝きを得る。
これを愛と言わずして何と言うのか。
(いやー。確かに俺ら、最近仲良かったし? 一緒に帰ったりもしたし? アイツの父ちゃんの話とかも聞いたし? 何だそれ!! もう、付き合ってるようなもんじゃん!!)
浮き足だったジニは、所構わず操作の魔法を撒き散らす。操作の魔法が当たった駐車場の大量の車が、今の彼の心情を映すようにしてファンファーレの如くクラクションを鳴らした。
「おいっ、エラ! いつまで外にいるんだ! さっさと中入って顛末書書け! あと、車がうるせぇッ!!」
中々戻ってこないジニに痺れを切らしたアレイシオが、窓から彼を怒鳴りつける。
「はあいっ!! 今すぐ!!」
怒号を浴びるも、今の有頂天なジニにとっては、何の効果もなさない。
「……何でお前、そんなにニヤけてるんだ」
アレイシオは、ジニの顔を見るなり薄気味悪がる。
「え? へっへー! 実はぁ! じ・つ・はぁ──!!!!」
ジニは喋った。
たくさんの開発部員がいる中で、マーシアとのやりとりをもれなく全て、意気揚々と全部喋った。
「──あらぁ! 確かにあの子、エラ君とよく一緒にいたから仲はいいんだろうなって思ったけど、まさか好意があったとはねー!」
「あんなおしとやかなお嬢様に好かれるなんてエラ、お前ついてんなぁ。羨ましいぜ」
ジニは声がデカい。
話は瞬く間に、魔法道具開発部全域に広まっていく。
「でぇっへへぇ!! 次にウォルジーと会ったら、その愛に応えてやらないとですね!」
デレデレと締まりのない顔で、ジニは麗しのお嬢様に想いを馳せた。
****
次の日。
魔材調達部の執務室にて。
「ウォルジーちゃん。悪いんだけど、一階の依頼板見てきてもらってもいいかな?」
「はい、大丈夫です。行ってきますね」
書類作業に追われているイーノックに頼まれ、マーシアは部屋を出た。
「……なあ。そういえば、イーノック。あの噂知ってるか?」
マーシアが部屋を出たのを見計らって、トリスタンがふいにイーノックに尋ねる。
「噂? 何の噂だよ?」
「いや、ね。あのさ、魔法道具開発部にエラ君っていう問題児がいるだろう?」
「あぁ、あのやんちゃそうな奴な。うん、で? ソイツがどうしたんだ?」
イーノックは書類を捌く手を手を止めることなく、トリスタンに相槌を打つ。
「何でもウォルジーさん、昨日の騒動の後、彼に『あなたのことが愛おしい』なんて告白をしたらしいんだよ」
「ブッ?!」
トリスタンの発言に、イーノックは激しく咳込み、むせ返る。
「まあっ、ラスさん! それ本当なの?!」
近くにいたジェローナも、聞こえてきた衝撃発言に、思わずガタリと椅子を立つ。
「俺も人から聞いた話だから詳しくは分かりませんが、エラ君本人があちこちに言いふらしているらしいんで、確かな話なんじゃないですかね」
「まー、そうなの。それにしてもウォルジーさんてば、意外と大胆なのね……」
ジェローナは頬に手を当て、戸惑いを見せる。
「えぇ〜。マーシアちゃんは、ああいうタイプの男っ子が好みだったんですねぇ!」
「互いの性格が正反対のような気もしますが、それもまた惹かれる要因となったのでしょうか」
シェミーとアシュリーも、マーシアのまさかのお相手に驚きを隠せないようだった。
「でも、あの二人、どうにも釣り合っていないような……。他人の思い人に文句を言うのも悪いけれど」
ジェローナは眉根を寄せる。
同部署の可愛い後輩が変な男に引っかかっているのではないかと、心配なようだ。
「ははっ、何せお嬢様と問題児ですからね。ま、俺らにはどうしようも出来ませんし、陰から見守るしかないですよ」
「まあ、それもそうね……。せめて、ウォルジーさんが可哀想なことにならないようにだけ祈っておきましょう」
魔材調達部の皆はジェローナに同調し、頷く。
「それより、そろそろウォルジーちゃんも戻ってきそうだ。もうこの話は終わりにしよう!」
イーノックはパンッと手を叩き、いつの間にか止めていた手を動かし、書類作業を再開した。
三分後、執務室に戻ったマーシアは皆にそんな噂をされていたことなど露知らず、依頼板に書かれていた魔材をリストアップしていくのであった。
****
更に、次の日。
「アデル様、おはようございます」
「マーシア?! お、おはようっ!」
いつもと同じ朝、アデルの背中を見かけたマーシアは彼女に声をかけた。
だが今日は、アデルの反応が少しおかしい。
彼女はマーシアの顔を見るなり、動揺したような驚愕したような、言い表し難い表情を示したのだ。
「? どうかなさいました?」
「え゛っ?! う、ううん! 何でもないよ!」
「そ、そうですか……」
マーシアは、自分を見てキョドキョドと目を泳がせるアデルを不思議に思い、首を傾げる。
「ねぇ、マーシア……」
「はい?」
「あのさ、私に何か相談事とかなぁい?」
アデルはマーシアから何かを聞き出したそうに、こっそりと彼女に耳打ちする。
だが、マーシアにアデルの意図は読み取れなかった。
「ご相談ですか? いえ、今は特に何も……。どうかなさいました?」
「そっ、そっかぁ……! ううん、じゃあ大丈夫! でも、何か話したいことがあったら、いつでも私に言ってね! 恋とか愛とか恋愛とか!」
「? は、はい……? あ、ありがとうございます」
本館に入りアデルと別れた後、マーシアは
執務室に向かいながら考え込んだ。
(そういえば……。アデル様に限らず、ここ数日、他の皆様も私を見て不思議な挙動をされている気が……)
この二日間、すれ違う各工房の開発部員は、マーシアを見ると軒並み目を丸くしたり、一緒にいる相手とヒソヒソ何かを囁き合ったりしている。
(……ゴーレムちゃん達を更生させたことで話題に上がっているのかしら? でも、それにしては皆様の視線がそれとは違う好奇に満ちているような……)
だが正直、今のマーシアにとって原因に結び付けられるものは、ゴーレム騒動しかなかった。
『つい、愛おしさが溢れてしまったと言いますか…………』
(………………)
正確にはもう一つあるにはあるが、それを言った時、周りにはもう誰も残っていなかったはず。聞かれてしまった線は薄いだろう。
(……あ。そういえば、エラ様にきちんと気持ちをお伝えしていなかったわ)
あの時、思わず溢れた思い。
決してジニのからかいにつられてしまったわけではない、歴とした自分の感情。
全てではないが、一部でもそれを伝えた恥ずかしさから、ジニの顔を見られず早足で去ってしまった。
(今日の帰りに、工房へ寄ってみましょう)
****
そんでもって、仕事終わり。
「よしっ、今日の作業はここまでだ!」
アレイシオの掛け声で、本日の魔法道具開発部の仕事は終了した。
「エラ君、件のお嬢様が君を呼んでるよ」
「何ぃっ?! すぐ行きます!!」
フェリクスにそう言われジニが入口に目を向けると、彼が今最も会いたい人物、マーシア・ウォルジーが開いた扉の前にちょこんと立っていた。
「ウォルジー!! どうした? 俺に何か用か?」
口元を緩ませ、ジニはマーシアにあえて分かりきった問いかけをする。
「はい。エラ様に、先日のことでお話がありまして……」
(キャーーッ!!)
「来た来た!!」と言いそうになる口を、必死で抑える。
「じゃあ、いつもの椅子んとこ行くか?」
「あ、えっと。あちらですと、他の方にもお話が聞こえてしまうかもしれないので……。そのぅ……会社を出て、どこかお店に入りませんか?」
「いいですとも!!」
遠慮がちな声で提案するマーシアに、ジニは即答した。
(デートだ、デートだ!!)
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