13話 エラ様、膝枕いたします
「では、タオルを水でたっぷり濡らして、ここを冷やしてあげてください」
マーシアはゴーレム達に指示を出す。
ゴーレム達は特にアザの大きな患部を中心に、濡れタオルをあててせっせと冷やしていく。
(そういえば……。頭の下に柔らかいものを敷いてあげようと思っていたのをすっかり忘れていたわ)
ダメージを受けた頭に平坦で硬い工房の床は、中々堪えるだろう。
「でも、柔らかいものといっても……。うーん、何もないわ……」
タオルは濡らしてしまったため、また複写の魔法を使ったところで濡れタオルが増えるだけだ。辺りにも使えそうなものはない。
そうなると。そうなると、なのだ。
『膝枕してくれたり──』
「………………」
かくなる上は、自分の膝枕。
(気恥ずかしいけれど、エラ様は今気絶してらっしゃるのだから、変に意識してしまうことなどないわ……。それより、エラ様の頭に負担がかかってしまうほうが可哀想だもの。エラ様が起きそうになるまで、膝をお貸ししましょう)
マーシアもマーシアで、実直な性格ゆえ、"介抱"という言葉に囚われてちょっと乱心していた。
「エラ様、少し頭を動かします」
ジニの後頭部と床の間に両手を挟み、ゆっくり自分の膝の上へと移動させる。
「あまり塩梅が良くないかもしれませんが、床の上よりは、頭も痛くないかと思います」
ふいにマーシアは、眼下で眠るジニの顔を眺めた。
普段の彼は忙しなくコロコロと表情を変えている印象しかなく、ジッと瞼を閉じている顔を見るのは実に新鮮だった。
(ふふっ。こうして見ると、ジニ様ったら、まるで──)
ジニの寝顔に、思わずクスリと微笑みが溢れる。
そして気が付けば、ジニの頭を徐に撫でていた。 どうにも撫でたくなってしまったのだ。
マーシアは、優しい手つきでジニの明るいテラコッタ色の髪に触れる。
(……まあ! 髪の感触までそっくり……。うふふ)
手先に感じるサラリとした感触に、どこか懐かしさを覚える。
マーシアの口元に、ますます笑みが溢れた。
(少しでも、安らかになってくれたらいいのだけれど)
これも、ジニの意識があっては気恥ずかしくて絶対に出来なかっただろうと思いながら、ゆっくりゆっくり、打撲した箇所には触れないよう、丁寧に頭を撫でていく。
「…………んん」
マーシアがジニの頭を撫でていた時、彼の瞼がピクリと動いた。
徐々に戻りつつある意識の中、手の感触を頭に感じる。
それはまるで、愛しいものに触れるような、優しい手の温もり──
そして。
「…………んあ? あれ? 俺、寝てた…………??」
ジニは案外早く目を覚ました。
ぼんやりとした面持ちで工房の煤けた天井を見つめ、現在の状況を整理する。
確かゴーレムにけちょんけちょんに伸され、その後意識がなくなった。
どうやら今は寝かされ、何やら柔らかいものの上に頭を乗せられている。
柔らかいものの上に頭を乗せられている。
「…………へ?」
ジニは目線を正面からズルズルと上にずらした。移動した目線の先に見えたのは、自分の顔を覗き込み硬直する、逆さ向きのマーシアの姿だった。
「……あ、れ? ウォルジー……」
「………………」
二人はバッチリ目が合い、同時に状況を理解した。
膝枕をしている者、されている者。
「「…………〜〜〜〜ッ!?!?」」
反応はおおよそどちらも似たようなものだった。二人とも、耳まで真っ赤に顔を染め上げ、目を見開く。
「わ゛ーーっ!!? ウォッ、ウォルジー、何やってんの?!」
「いや、あの、これは……!! エ、エラ様を、あの、その…………ッ!!」
慌てて飛び上がったジニは、改めてマーシアに目をやる。
マーシアは硬直したまま体を動かせない。
ただ、わなわなと唇を震わすその表情だけは羞恥に包まれ、表情筋がフル可動していた。
「……あ。もしかして、俺のことマジで介抱してくれてたの?」
マーシアが手に持つ濡れたハンカチを見て、ジニは彼女が自分にしてくれていた行動を察する。
「は、はい……あの」
「そうだったのか、ありがとうな! おかげで身体中の痛み少し取れたかもしんない!」
「あ……ほ、本当ですか? よかった……」
ジニは肩や腰を触ったり押したりして、身体の具合を確認している。
(エ、エラ様……。私が頭を撫でていたことには、気付いていないみたい……)
マーシアはホッと胸を撫で下ろす。
断じてやましい気持ちなどなかったはずだが、それでもバレたら恥ずかしいものは恥ずかしい。
「あっ! そういえばゴーレムは?! アイツらに何もされてないか!?」
「はい、大丈夫でした。それよりエラ様、見てください。ゴーレムちゃん達は、無事に更生を果たしましたよ!」
マーシアはジニが飛び上がった拍子に自分の陰に隠れてしまっていたゴーレム達を呼び寄せた。
「おおっ、すっかりいい子そうな顔になってんじゃん! スッゲェな、どんな方法使ったんだよ?!」
マーシアは、ゴーレムにはジニの介抱を一緒に手伝ってくれないかと話しただけだと伝えた。
だが、それだけでこんなにもすぐに純真っ子に生まれ変われるだろうか。きっとそれ以外にも、マーシアが彼らに更生のきっかけを与えていたのだろうと、ジニは少ない情報の中でそう解釈した。
(見立て通りとはいえ、本当に作戦が上手くいくなんてなぁ……)
内心、粗の目立つ作戦だとは思っていたため、ジニはマーシア生粋の篤実さに只々恐れ入ることとなった。
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「にしても、コイツらどうすっかね」
ジニはゴーレムを一瞥し、首を捻った。
優等生となった彼らは、ピシッと背筋を伸ばし、生みの親であるジニを純真な眼差しで見つめている。
「そうですね。ちなみにゴーレムちゃん達は、何かやりたいことなどありますか?」
マーシアがゴーレム達に問うと、彼らは手足をチャカチャカと動かしてみせる。
どうやら何らかのジェスチャーで、自分達のやりたいことを二人に訴えているようだ。
「うーんと……これは、雑巾掛けか? このサッサッてした動きは……? あっ、分かった! 箒掃いてんのか!」
「まあ。もしかして、お掃除をしたいの?」
意図が通じたゴーレム達は、何度も何度も首を縦に振る。
「はーん、そっか。確かに、工房ん中結構汚れてるもんなぁ。掃除してくれるってんなら、ありがたい話だ」
「では、ゴーレムちゃん達。お掃除をお願いしてもいいですか?」
ゴーレム達はやる気に満ち溢れた佇まいで頷き、雑巾やら小さい箒やらを手に取ると、掃除をすべく散り散りに飛んでいった。
「あははっ、本当に真面目になってやんの! アイツら、このまま工房の掃除係に任命してもよさそうだな!」
「うふふ、いい考えだと思います。そうすれば、ゴーレムちゃん達も居場所が出来ますもんね!」
「な! 外出たらカロンさんに言ってみよっか」
二人は掃除に勤しむゴーレム達をにこやかに見つめ、工房の外へと向かう。
外に出た二人は、まずその場の製作部員らにゴーレム騒動が終結したことを伝え、アレイシオには件の件を話した。
「おお、そりゃいいじゃねぇか。ぜひやってもらおう」
アレイシオは自分らの掃除の手間が省けると嬉しそうに哄笑し、二つ返事で承諾してくれた。
そんなわけで、ゴーレム達は晴れて魔法道具開発部工房掃除係に任命される。
彼らは後に各部署、果ては社屋全体を回ってはピカピカに磨き上げる、掃除のプロフェッショナルとして会社中を沸かせたのであった。
「ふー。これでやっと仕事が再開出来るわね」
「何にせよ、解決してよかったです」
パディーやフェリクス、その他開発部員達は皆思い思いに安堵の息を吐くと、ゾロゾロと工房へ戻っていった。
「お嬢さん、本当に助かったよ、ありがとうな。そしてエラ、お前はあとで顛末書を書けよ」
「ううぅ……はーい」
苦い顔をするジニをジッと見つめ、アレイシオも工房へ戻っていく。
「うふふ、頑張ってくださいね。それでは、私もそろそろ執務室へ戻ろうかと思います」
「ああ、本当ありがとう。……あっ、そうだウォルジー。そういえばなんだけどさぁ」
「? はい? どうなさいましたか?」
何かを思い出したジニはマーシアの灰白色の瞳を見据え、くしゃりと髪をいじる。
「あのさ、ウォルジー。俺が気絶してる時、俺の頭撫でてくれてた?」
「え゛っ…………?!」
突然掘り起こされた羞恥の話題に、マーシアは石のように固まった。
「いやー、目ぇ覚ます直前にさ、なーんかあったかくて優しーい手の温もりを感じたわけよ。だから、ウォルジーが俺の頭をいい感じに撫で撫でしてくれてたのかなーって思ってさ!」
ジニは頭を撫でるジェスチャーをしながら、ニッカリと笑っている。その様子に少しホッとしたマーシアは、おずおずと口を開いた。
「はい……すみません。な、撫でていました……」
「あははっ、やっぱり! なんだよなんだよ、俺のこと触りたくなっちゃったのかー?!」
「……?! え、ええっと……それ、は……」
白状しながら顔を赤らめるマーシアが可愛らしく、介抱の一環だったんだろうと理解しつつも、ジニは彼女にイタズラな質問をぶつける。
マーシアはそんな答えづらい質問に困惑しながらも下を向き、今にも消え入りそうな声を喉から搾り出した。
「…………は、はい。そうです…………」
「だよなー! そんなわけ………………えっ?」
何やら予想外の返答が聞こえた気がした。
ジニは目を見張ってマーシアを凝視する。
「さ、先程、気絶をして眠っているエラ様のお顔を見ていたら、その……可愛らしく思えてしまって……。それでつい、愛おしさが溢れてしまったと言いますか…………」
ポッポッと顔から湯気を放ち、マーシアは俯き目を伏せる。
「で、でも、こんなことを急に言われても、エラ様困ってしまいますよね……。どうか、このことは忘れてくださって結構です……。で、では私、これで失礼します……っ!」
言いたいことを言うだけ言うと、マーシアは呆然とするジニを置いたまま、本館に向かってそそくさと去っていってしまった。