12話 エラ様、介抱いたします
(……そろそろ中へ入っても大丈夫かしら?)
扉の隙間から中の様子を窺っていたマーシアは、頃合いを見て工房内へ侵入した。
不良ゴーレムの視界に入らないよう腰を屈めてこっそりと移動し、近くにあった作業台の陰に隠れる。
(エラ様は、まだ攻撃を受けているようだわ)
「あーー! 痛い、痛いなぁ! すっごい痛すぎる!」
ジニが痛がる演技をしていることは、声の調子でマーシアにもすぐ伝わった。
(この後、エラ様が気絶するフリをしたら、私が飛び出していき、ジニ様を介抱する……そして)
出陣に備え、マーシアが流れをさらっていた、その時。
「わ゛ーーーーんっ!!!!」
「?!」
突然ジニの悲鳴が聞こえ、マーシアは彼の方へ慌てて目線を向けた。
「あぁっ!?」
マーシアは目を大きく見開く。
「いってぇいってぇ!! わ゛ーーん!! バカバカ、やめろっ!!」
ジニは不良ゴーレムの猛攻を受け、手足を闇雲に振り回している。その光景は、とても先程までの演技というわけではなさそうだ。
(どうして攻撃を受けているの……? エラ様、防御の魔法をかけていたはずでは……)
だが、不良ゴーレムの攻撃に本気で抵抗を見せているのは、ジニの表情からも読み取れる。
(……もしかして、防御の魔法が破られて……!? と、とにかくお助けしないと!)
状況を察したマーシアは、何でもいいから不良ゴーレムを止められる魔法をかけようと、彼らに向かって腕を伸ばした。
と、その時。
「み゛んっ!!」
蝉のような声が聞こえたと同時に、工房内が一気に静まり返った。
一体のゴーレムが、ヘラをジニの頭にクリーンヒットさせたのである。
「…………エラ様?」
ジニは目を回して床に倒れた。
「エラ様っ!!」
マーシアは咄嗟にジニの元へと駆け寄る。
驚いた不良ゴーレムが彼女を威嚇をするが、今はそんなこと気にしていられない。
「エッ、エラ様、大丈夫ですか!?」
「………………△◎♨︎☆」
(気絶してる……!!)
何と気絶のフリをするはずが、ジニは本当に気絶してしまった。
「おっ……起きてください、エラ様! 起きてっ、起きてください!」
顔を覗き込み肩を揺すって声かけをしてみるも、ジニが目を覚ます気配はない。
マーシアは内心激しく狼狽する。
(どっ、どうしましょう……。工房の外へ助けを呼びに……? でも、その間にまたこの子達が、エラ様を襲ってしまったら……)
今のところ不良ゴーレムは、ジニの読み通りマーシアには攻撃の意思を見せず、ただヘラを下に降ろし仁王立ちしている。即ち、彼に対する攻撃も止んでいるのだ。
だが、自分がジニの元を離れた場合は、どうなるか分からない。再び攻撃が再開する可能性だってある。
(となると、私はこの場を離れるわけにはいかない。この場を離れずに、今、私に出来ることは……)
マーシアはジニの傍らで考えを巡らす。
硬派な不良ゴーレムは空気を読み、そんな彼女を見つめて律儀にひたすら仁王立つ。
(私に出来ることは、作戦を継続すること……! フリではなく、本当にエラ様を介抱をし、あの子達に人を慈しむ優しさを芽生えさせる……。それしかない!)
それが、マーシアの出した答えだった。
筋書きは変わらない。
ジニの気絶が、フリかフリじゃないかの違いだけだ。
マーシアは深呼吸し、一旦気持ちを整える。
(では早速、エラ様の介抱を始めないと!)
決心し、早速行動に出る──と思ったが、その前に、凄く大事なことに気が付いた。
(でも…………どうやって?!)
そう、マーシアは今まで、失神者の介抱をしたことなぞ一度もないのである。
(と、とりあえず、濡れタオルなどで顔を拭いてあげたらいいのかしら……? 頭の位置も、上にしてあげたほうが少し楽になりそうだけれど……)
狼狽しながら、思いつく限りの処置法を探し出す。
ひとまずマーシアは自身のレースのハンカチを水の魔法で湿らせ、ジニの額にハンカチをあてようとする。
(前髪が額にかかってしまっているわ)
倒れた拍子で、ジニの長めの前髪は散らばり、無造作に乱れてしまっていた。
このままでは髪が邪魔で、ハンカチを当てられない。
「エラ様……すみません。少しだけお顔に触れますね」
本人に聞こえているわけでもないが、一応ポソッと囁き、額を隠している前髪を指でとく。
あまり直に顔に触れてしまうのも悪いかと思い、極力髪だけをなぞるように優しく指を動かす。
「これで、あとは……」
ジニの髪を端に分け、ひんやりと濡れたハンカチを額にあてる。その後は頬に顎に鼻に……顔全体を、力を入れずにポンポンと拭いていく。
「あ、そうだわ」
顔を拭き終わった後、マーシアはジニが不良ゴーレムに身体中あちこちに攻撃を受けていたことを思い出した。
(確か頭だけでなく、胴や肩付近も集中的に叩かれてしまっていたような……。患部こそ早めに冷やさないと)
と、なると。
(……服のボタンを外さないといけないということよね……)
さすがにそれにはマーシアも躊躇いを見せる。歴とした介抱目的ではあるが、知り合って日の浅い男性の服を脱がせるなぞ、おいそれと出来るものではない。
寝そべるジニを見ながら、マーシアは悩む。
ちなみに、この間も不良ゴーレム達は体育座りをして待機してくれている。
『服を胸元まで脱がしたり、膝枕してくれたり、あとはもっと………………をしたり、とか』
(!?)
挙げ句にジニの放った余計な言葉を思い出してしまい、マーシアの頭は再び噴火する。
(で、でも……。そんなことをおっしゃるということは、少なくともエラ様は、他人に脱衣させられることに関して抵抗を感じてはいない……はず)
そういえば、構わないとかなんとか言っていた。
ならば早めに応急処置をしてあげたほうがジニのためではないかと考え、マーシアは悩みに悩んだ結果、いよいよ覚悟を決めジニに囁いた。
「エラ様。患部を冷やすので、服のボタンを外させてくださいね」
マーシアはジニの着ている作業着の第一ボタンに手をかけた。人が着ているボタンというものは、向きが逆ゆえ少々外しづらい。
手こずりながら、ゆっくりと外す。
(…………)
マーシアは何気なくジニの顔を一瞥した。
彼の顔は時折苦痛そうに歪み、「うーん」と唸り声を発している。
(叩かれたところが痛むのかしら……)
そう思うと何だか気の毒になってしまい、早く痛みを和らげてあげようと、ボタンを外す手が自然と早まる。
そしてプチ、プチッと、ようやく全てのボタンを外し終えた。
「では、失礼します……」
袖からジニの腕を出すと、彼の上半身がさらけ出された。
見慣れない男性の身体。薄らと筋肉質で、自分とは正反対の体型。
マーシアは恥ずかしさで直視出来ずに思わず視線を逸らすが、怪我の程度を見ないことには介抱のしようもない。少し目を細めて、ジニの身体を確認する。
やはりと言うべきか、身体の至るところには叩かれたアザが出来ていた。
「まあ、痛々しい……。今すぐにタオルで冷やしますね」
マーシアは水の魔法を使い、バケツに水を溜める。本当は氷があればありがたいところだが、冷蔵庫は工房内には置いていないので冷たい水で代用する。
タオルはジニの首にかかっているものを拝借し、複写の魔法でもう何枚か増やした。
その時ふと、不良ゴーレム達の様子が彼女の目に入る。
不良ゴーレム達は完全に暇をしているようで、寝っ転がったりヘラを磨いたりしている。
ジニを介抱するマーシアを見て何を思っているとも分からないが、相も変わらずとして彼女を襲う気はないようだ。
(もしかしたら、今ならあの子達も……)
マーシアは一か八か、不良ゴーレム達に話しかけてみた。
「あのう……よかったら、一緒にエラ様の介抱を手伝ってくれませんか?」
不良ゴーレムはバッと顔を上げ、マーシアにガンを飛ばすが、怯んではならないと言い聞かせ、気丈に言葉を続ける。
「あなた達、エラ様にお怪我をさせてしまったのよ。人に暴力を振るうのはいけないわ。だって、振るわれた人はあんなに苦しんでしまうんですもの」
マーシアは苦痛に唸るジニのほうに顔を向けた。
「あなた達は女性や小さな子、それにお年寄りの方は襲わないという優しさを持っているのだから、それを男性にも向けてあげなくては、ね? 本当のあなた達は、きっともっと、人を慈しむことが出来るはずですよ」
穏やかに諭すような口調で、マーシアは不良ゴーレム達に教えを説く。
「だから、どうか一緒にエラ様のことを助けてあげてはくれませんか? あなた達が変わるためにも、とても大事なことだと思うの……」
不良ゴーレムはマーシアの説教を受け、微動だにせず考え込んでいるようだったが、やがて一体ずつカランとヘラを床に捨て、サングラスを外した。
「……っ! 手伝ってくれるのですね!」
ゴーレム達は頷き、特攻服を脱ぎ捨てる。
彼らの瞳は、清流のようにキュルンキュルンに澄み切っていた。