荒魔地帯と羽衣
次の日、私はまずオリビアの元に訪れていた。
「オリビア、今日も来たよ」
「やあ蜜奈。もう身体の硬直も特に無いし、完全回復った感じだよ」
倉庫の中には、元気に飛びまわるオリビアの姿があった。
「ん、よかった。それじゃあ本題に入るんだけどさ」
「うん、神に会う方法でしょ?」
「そう。寒狗の街やミアーレセルンの森も、どちらも荒魔地帯だ。簡単に探索できるような場所じゃないのに、わざわざそこを指定するの?」
荒魔地帯、それは魔力が荒れ狂い、暴走しているかのような地帯。そこに適応して生きている生物などもいるが、人間がまず足を踏み込める場所ではない。
「確かに傍から見れば若干怪しいよね、荒魔地帯に行けだなんて。でも、そもそも荒魔地帯自体神々が起こしてる部分が大きいから。この世界における神は『圧倒的な魔法の強さ』に関与してくる。神が近づけば魔力は荒れるし逆に神がそれを統率することも出来る。要は荒魔地帯見つけたら多分神いるよって話。自然発生の荒魔地帯はごく稀だ」
「…へぇ」
「ここで疑う君は正しい。荒魔地帯に行けだなんて普通の人間に言うやつはほぼいない。そんな行為はそいつを殺そうとしていることと同義だ」
「でも寒狗の街には人が住んでるんでしょ?人が入ったら死ぬような場所なのに、なんで街なんか出来てるの?」
「正確に言うと街自体は荒魔地帯じゃないんだ。書籍では荒魔地帯と言われることが多いんだけど、寒狗の街を渦巻くように魔力が吹き荒れてるんだ」
「でもそれじゃ、そこの住民は外に出れないんじゃないの?」
「詳しいことは知らないけど、その街独自の魔法があって、みたいな話を薄らと聞いた事がある」
へぇ…。荒魔地帯すらものともしない魔法…か。
「神々の魔法陣っていうのは、神々がそれぞれ1つずつ持っている特殊で特別な魔法の事だ。それを易々とは見せてくれるとは思わないから、…まぁ期待しすぎないようにね」
「うん」
こうして私は、ここの倉庫を後にする。
「え?寒狗の街に行きたい?」
「いいね!今度帰省しようと思ってたんだよ!それは急ぎなの?」
1時間後、私は桜楽兄妹の元を訪れていた。
「まぁ、できれば急ぎたいかな」
「うーん、じゃあわかった!今日からもう帰っちゃおう!」
「ちょっ、待てよ…!」
「なにさお兄ちゃん。どうせお兄ちゃんも予定ないでしょ?彼女だって居ないんだから」
「は?うるさいんですけど」
「じゃあ、別に今日出発でもいいよね!」
「ばっか違ぇよ!そうじゃなくて、蜜奈がアレ出来ねえだろって話だ!」
「あー、そっか…」
?アレとは一体なんなんだ?
「ねえ詩春ちゃん、アレって何?」
「えっと、ちょっと待ってね…。今説明するから」
『雪魔法』 神乞いの羽衣
詩春が魔法を唱えた直後、大きな白い翼が彼女の背中から生え、彼女自身を包み込む。
「アレっていうのは、この魔法のこと。この魔法は寒狗の街で産まれたての赤ちゃんの時に儀式をしないと授からない技なの」
「寒狗の街の周りはすげえ寒いんだけど、この魔法はその寒波を身の回りだけ消すことが出来る。これがなきゃどんなに高性能な防寒着を着たって、下手すりゃ死ぬ」
「…それが、街独自の魔法」
「まあ年齢が2日を超えるともう授からないっていう言い伝えだから、実質寒狗の街で産まれないと授かれない力だ。それにただの防寒魔法だから、あまり知名度は高くない魔法だ」
「でも実力お化けの蜜奈ちゃんならなんか習得出来ちゃいそうだけどなぁ…」
「確かに、一理あるな」
「いやいや、そんな人を化け物みたいに…」
と言いつつ、少し試してみる。術式は見よう見まねでなんとなく把握した。あとは発動できるかだが…。
『雪魔法』 神乞いの羽衣
見よう見まねで魔法陣を展開する。…しかし、
「発動しない」
「まぁ私たちの街で儀式しないと身につかない魔法なわけだし、そりゃそうだよね。流石に蜜奈ちゃんでも無理だったか」
「うん…。なんか、魔法陣を展開したはずなのに、チョークで落書きしたかのようにのっぺりとしてる…」
こんな感覚は初めてだ…。
「じゃあどうしよう…。この魔法が無いとほぼ確実に迷っちゃうし、流石の蜜奈ちゃんでも、遭難したらやばいよね…」
「…じゃあ、俺らの魔力を分けてみるってのはどうだ?」
「魔力を分ける?」
「…いいね。それ名案だと思うよ。私に魔力を流して、そこにこの雪魔法を展開する」
「確かに…。2人でやれば自分も蜜奈ちゃんも寒くは無いね。」
「うん。早速試してみよっか」
『雪魔法』 神乞いの羽衣
「…!」
「うっ、これ結構魔力多く削られるな…。まぁ大丈夫な範疇だけど…」
「仕方ない。魔法は単に足し算引き算で計算できる代物じゃないしな」
「それもそうだね…。蜜奈ちゃん、どう?魔法は完成してるかな?」
「…凄い。なんだか自分を守ってくれる膜みたいなのを感じるよ…。これが、寒狗の街の魔法か…!」
「成功したみたいだね、良かった!」
「ああ。それじゃ、いつ出発するんだ?今日って言っても流石に厳しいだろ?鉄道使っても半日はかかるんだ。準備くらいしないと…」
「いや?今日行けるよ?余裕で」
「ん??えっと…?」
「準備は出来た?」
「待って待って、流石についていけないって」
「まあ杖があるから一応何とかなるけど…ってそうじゃなくて」
「おっけい!じゃあ行こっか!」
「「えっ」」
『空間魔法』 想像空間閉鎖
「ちゃんと寒狗の街意識してね、2人とも!」
「えっちょ、え?」
「これどうなって…」
魔法陣が展開されるや否や、ブラックホールのようなものが現れ、私たちを包み込んだ。
「うわっ!」
「なになに!?これ何!?蜜奈ちゃん!?」
「…よし、成功かな」
見回す限り黒の世界。《《空間を閉じる》》事に成功した。これでいけるはずだ。
「蜜奈ちゃん何これ!?」
「これは空間の狭間って言えば分かりやすいのかなぁ。平面で考えると分かりやすいんだけど、まあ空間という名の紙を折りたたんで、その隙間に今私たちはいる…って感じかな?」
「…そすか」
「私たちには到底理解し難い領域だった…」
「そして、このままだとここから出られないから、」
「ここ出られないの!?」
「何それヤバすぎるだろって!!」
「だから、この魔法を使うの」
『空間魔法』 貫空破間の槍
「よっと」
バリィン!!
「黒の壁が壊れた…!」
「えっ…、?向こうに見えるのって、まさか…」
そのまさかさ。外には一面の吹雪の雪原、銀色の世界が広がっていた。
「よし、到着だよ。寒狗の街を囲む、荒魔地帯「アリアスハレンの雪原」の目の前にね」
「「…」」
2人とも呆気に取られている。だがこれはギリギリ祆では無いわけだし、一応2人も使えるはずなんだけどなぁ。
私たちは黒の空間から、雪原の地に足をつける。空間の割れ目はそのまま、何事も無かったかのように消えていった。
「うーん、それにしてもこの魔法は誤差が大きいなぁ。街の中、悪くとも街の目の前には行けると思ったんだけどな。ギリギリ雪原にすら入ってないなんて」
「…こんな…簡単に帰ってきちゃった…」
「早く、父さんと母さんにも会いたいな。もうそこそこ会ってない」
「そうだね。よし、お兄ちゃん、蜜奈ちゃん、行こっか!」
「うん!」
そして私たちは雪原にいざ、突入するのだっ…
「…寒いな」
「そうだった。忘れてた」
「私も流石に肌が冷えるな…」
「よし、それじゃあお兄ちゃん。いくよー」
「ああ」
『雪魔法』 神乞いの羽衣
秋兎の右翼、春風ちゃんの左翼が私たちを優しく包み込む。
「ふぅ、やっぱりこの魔法は暖かいな」
「故郷を思い出すなぁ…」
周りは雪原だと言うのに、妙に暖かい。気持ち悪い訳では無いが、周りの景観とミスマッチして頭がバグりそうだ。
そうして私たちは雪原の吹雪へと身を投げ出すのだった。
道中、ふと気になった事があったので2人に聞いてみる。
「そういえば、ここの雪原って魔物は出るの?」
「いや?この数百年は魔物を観測していないはずだ」
「流石の魔物もこの寒さに魔法無しは耐えられないんじゃなーい?」
「…まぁ、そうだろうね」
魔力の濃いこの空間で、魔力のバグと言っていい魔物が全く見受けられず、少し疑問に感じた。
「(蜜奈)」
「(ん?どうしたの万妖麗寿?)」
「(ここに魔物が出ない理由、それは恐らくだが神が関与してると思う。この魔力の密度、質、間違いない。私の記憶にある)」
「(そっか。万妖麗寿は神代に打たれた秘剣だったもんね)」
「(ああ。ここの主は雪の神。雪の神『エバースノー』の魔力で間違いないだろう)」
「(へぇ、エバースノー…ねぇ)」
「(確かそこまで悪い神ではないはずだ。最近の蜜奈は張り詰めすぎだ。この神から話を聞くまでは、そこまでピリピリしなくても、大丈夫なんじゃないか?)」
「(…そっか。そうだね。ありがとね、万妖麗寿)」
そして私たちは雪原をただひたすらに歩き続けるのであった。