祆
「蜜奈…!」
「怖かった」
「どうした…?」
「本当にめちゃくちゃ、怖かった。何もかも壊してしまうんじゃないかって。人という人を、皆殺しにしてしまうんじゃないかって」
「大丈夫だ。俺がそんな事はさせない」
「…ちょっと、胸貸して」
「…ああ」
「…ううっ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
そして私は泣きまくった。自身の後悔、絶望、嫌悪、愚鈍、軽率、不完、そして己の貧弱さを、呪いながら。
「ごめっ、ごめん、ごめんねみんな…。全部私が、私が悪くて、それで、本当に、本当に、ごめんね…。うっ、うぅぅっ、」
「落ち着け。誰も蜜奈が悪いとは思っていない。そもそも悪いのは魔族の2人だ」
「違うっ…!私が…、私が来なければ…!私がこの学校に入学しなければ!!皆が狙われることは無かった…!最初の獲物として視界に入ることは無かった!!ここには私の判断で来たんだ…。だから…だから…!だから!!私が全部悪いんだよ!!!」
「…」
「…」
「んなもん知らねぇよ」
「…!?」
「確かにお前が自分の意思でここに来たのかもしれない。お前がいなきゃ、奴らはここに来なかったかもしれない」
「そうだよ…!だから私が…」
「でも、お前が人類を救ったんだろ?」
「…?」
「あいつらは完全に世界を潰す存在だ。お前がそれを、自分自身をかけて倒してくれた。それだけでいいだろ?お前は人類を救った。その事実に変わりないんだ。だから、お前は自分を英雄と語って良いんだよ」
「英雄って、そんな…」
「自信持て、蜜奈。お前は誰よりも強い。誰よりも深い優しさを持っている。この俺が保証する」
「…うん」
「だから、一緒に帰ろう。な?」
「…わかったよ」
彼女の目にはまだ、一雫の涙が残っていたが、深矢が蜜奈の腕を引っ張る時、その一雫は彼女の頬を滴るのだった。
◇◇◇
3日後。
ここ数日は忙しいような忙しくないような日々が続いた。大爆発や校長行方不明の件などで学校は大量の記者に詰められていた。
もちろん大量死した9年A組の生き残りの私たち2人に対して、寮にメディア共が群がった。
「あのー!すいませーん!」
「蜜奈さんですよねーー!?」
「お話を聞かせてもらいたいのですがー!」
「あのー!」
「お話よろしいでしょうか!」
「すみませーん!」
「なぜ出てこられないのでしょうか!」
「やましい事がないなら出てきてくださーい!」
「出てこられないというのは、それ相応の理由かあるのでしょーか!」
「早く出てきてくださーい!」
「おーい!」
私は全力でメディアを無視し続けた。何があろうとも、薄汚いメディアにこの情報は吐きたくなかった。
「なぜ出てこないのですか!」
「やはりやましい事があるんですね!」
「つまり元凶はあなた…」
「てめぇらいい加減にしろよ!!」
その中で声を張り上げる者がいた。十六夜 深矢だ。
「てめえらは知らないだろうな!!あいつがどれだけ傷ついているのか!!あいつがどれだけ自分を責めているか!!あいつは、自己犠牲を払ってまで危険を除いたんだよ!!それすらも考えられない無能記者どもに話す情報なんかなんもねえよ!!」
「メディアに喧嘩を売るのですか!?」
「それは我々に対する宣戦布告と見なしてもよろしいのでしょうか!」
「いちいちうるせえ!!いいからすっこんでろ!お前らが嫌で嫌でたまらないんだ、あいつは!!」
こんな感じで深矢が足止めしてくれているので、私はこっそりと出かけることができた。
◇◇◇
ここは学校の裏庭にある寂れた倉庫。
「オリビア、もう起きれるでしょ」
「…まぁ、若干ぼーっと、するけど、うん」
「そっか」
手のひらとちょっとくらいの大きさしかない彼女の名はオリビア。治癒の妖精だ。
「ありがとね、奴らから、救い出して、くれて」
「まだカタコトだね。でも意識ははっきりしてるし、順調にいけば大丈夫そうだ」
彼女は魔族、香田羽と茲愛に取り込まれていた。私が奴らを殺した事によりなんとか抜け出すことに成功したようだ。私がなぜそんな彼女の元を訪れたかと言うと、
「死者蘇生の魔法、知ってるでしょ?オリビア」
そう、死者蘇生に関する魔法だ。彼女は永年生きている精霊だ。もしかしたら過去にも死者蘇生の例を目の当たりにした事があるかもしれない。
「…まあ、知らないと言えば、嘘に、なるけど」
「やっぱりそうだよね」
精霊というのは基本的に人前に姿を現さない。だからこそ今ここで聞けることはできるだけ聞いておきたい。
「具体的に、できるだけ教えて欲しいんだけど」
「…わかった、ちょっと、待ってて」
瞬間、オリビアから緑色の魔法陣が広がった。
「これでちょっとはカタコト、治るかな」
「わざわざそんな事しなくても良かったのに。こんな大規模な魔法陣、無駄な魔力消費じゃない?」
「まあまあ、蘇生の魔法の説明するのに、これがあると説明しやすいってだけ」
「へぇ、なるほど」
「そもそも貴方は、まだ魔法を突き詰められていない」
「…それはなんとなく、思ってたよ」
「そうだよね。まず、この世界の魔法に上限は存在しない。だから、ある一定の線を超えた魔法を『祆』と呼ぶ。この祆は、獄、絶など、魔法名そのものが変わる。威力や性能が増大した「獄」、繊細で圧倒的にレベルの高い「絶」、特殊性の高い「泠」、特に珍しいもので、古代の失われた技術を再生したものなんかを「魂」と呼んだりしてる。私のこの治癒魔法も、呪いの障壁を無理やりこじ開ける「絶」の魔法だよ」
「…へぇ」
「まあここは、正直どうでもいい。重要なのは、魔法のレベルを一定の線を越えさせること。蘇生の魔法は、明らかにレベルが高い。何らかの祆であることは、確実だ」
「…10人。10人さえ生き返らせることができれば、私はそれでいい。その為なら、どんな難しい技術であろうとも身につけてみせる」
蜜奈の全てには、生半可な気持ちではない覚悟があらわれていた。震える拳、ギチギチと鳴る掌、開く瞳孔、食いしばる歯牙、声色に発言。自身の後悔を自負した、揺るぎない信念がそこにはあった。
「でもね、多分蘇生に関しては、人間にはできないはずだよ」
「え?…なにそれ?」
「まあまあ焦らないで。蘇生魔法の祆はおそらく、『神々』の魔法陣だ」
「…神々?」
「そう。神というのはこの世にある概念を超越した存在を指す。概念的に超越してるからこそ、この世を正し、調整することができる」
「…で?その神々とやらに会うには、どこに行けばいいの?」
「話が早いなぁ。そうだね。私の知ってる限りでは「寒狗の街」という所に「雪の神」がいるとか聞いたことはあるね」
「寒狗の街…?」
僅かにどこかで聞いたことがあるような気が…?
「それから、「ミアーレセルンの森」の中心部に私の上位存在である「治癒の神」様がいるはずだよ」
「ミアーレセルンの森、聞いたこと無いな」
「まあ秘境も秘境だからね。油断してたら蜜奈でもやられちゃうかもしれないほど危険な地域だよ」
「…こわ」
「とにかく、今日はこの程度かな。私流石に疲れちゃった」
「そうだよね。ごめん。それから情報、ありがとね」
「いやいや、蜜奈は命の恩人なんだから。この程度の情報ならいくらでも出すよ」
「…そっか。命の恩人か」
今まで、罪滅ぼしの為と思ってしてきた暗殺。それを誰かに褒められ、お礼されるなんて事は、今まで意外と無かったな。
…ちょっとうれしい。
「今日はありがと。いい日になったよ」
「まだ午前だけどね。それはなによりだ」
そんな感じで私は倉庫を後にする。
「ふぅ、気配を隠すのは慣れたもんだよ」
私は寮の自室に戻った。途中に大量のメディアがいたが、見つかることなく戻ることができた。まぁこのくらいは余裕だけどね。
「それにしても寒狗の街って聞き覚えが……あ、桜楽の兄妹がたしかそこ出身だって聞いんだっけ」
そうだ、思い出した。
それじゃあ明日はオリビアと桜楽兄妹の元に訪れよう。そうして私は眠りにつくのだった。