人の形、親殺し
「しつじー。きょうはなんのくんれん?」
「蜜奈様。本日から貴方には、武器を使った本格的な訓練を開始してもらいます」
「ぶきかぁ…。あぶなくなぁい?」
「それはとても危険でございます。扱いを間違えれば即死なんて事もちらほら」
「ふぇぇ、こわいねぇ」
「ですが大丈夫です。この執事蟻塚 瓏蓮、命に変えても貴方様をお守りいたしますので」
「ふーん。で、きょうはなにするの?」
「決めゼリフを流されてしまった。…まぁいいです。本日は武器を扱います。と言っても蜜奈様はまだ5歳になられたばかり。という事なので今日はカッターナイフで、素振り、ステップ、その後筋トレとストレッチを行い、そして私の刀剣術との模擬戦を行いましょう」
「うん。わかったー」
「それでは刃はまだしまって、素振り100000回始め!」
「あいかわらずのきちくっぷりー」
フュフュフュフュフュフュフュフュフュフュ
「…それをものの3時間程度で終わらせてしまう実力なのですから、恐ろしい子だ。蜜奈は」
◇◇◇
「ふぃー、おわったー。さすがにちょっといきぎれしちゃったよ」
「まあまあ及第点ってところですね。次は…」
そして蜜奈は模擬戦を残した全ての訓練を終了した。
「それでは、一戦交えましょうか」
「うん」
大剣を携えた執事に、私はカッターナイフ1本で挑む。
「まずは正面から斬り合いを…
スンッ
ガキィン!!
「こらこら、ちゃんと話は最後まで…」
…!!この私が、押し返せない…!?
「くっ…」
ギロン
「なっ…!」
足がくすんで動けない…!蛇睨み…?いや違う…。
殺気だ。あまりにも強烈な。
クルンッ
シュバッ
「…」
「…」
首元にカッターの刃をあてられる。驚くほど正確に首元を狙ったその動きは、人間ではない、獣のそれであった。
そして蜜奈は右手を振り上げる。私はもう戦う意思がないと判断したのだろう。正解だ。もう私は戦えな…
「…あはっ」
いや違う!!これは首から刃を離したんじゃない!!私を仕留めるため、襟首に刃を突き刺すためだ!!
フッ、シュバッバッ
「んあつ」
グルンッ、ズバァン!!
「うわっ!!」
「ふぅっ、ふぅっ…はっ!?大丈夫ですか、蜜奈様!!」
反射的に全力で腕を振り払い、つい回し蹴りを食らわせてしまった。10メートル近く飛んだ蜜奈様に、素早く駆け寄る。
「すみません、蜜奈様。つい本気の防衛反応が出てしまって…」
「いてて、やっぱりつよいね、しつじって」
…この時からだろう。私はもう、彼女の事を人間として捉えることができていなかった。
◆◆◆
「あははっ!!誰でもいい!!殺してやる!!」
「蜜奈…!?」
蜜奈、瞳孔が開いて…。あの姿ではまるで、ただの獣…いや、バーサーカーだ…!武器である私ですら身震いするほどの、恐ろしい殺気…!
「ふん、カッターナイフに武器を変えたからって何?それで強くなりましたよって言うんじゃないでしょうね、みつ
ザクッ
…な?」
蜜奈が茲愛の心臓を一突きする。
「うっ…」
「あはははは!!」
バチィン!!
強烈な蹴りを頬に入れ込まれ、茲愛は床にひれ伏してしまう。
「魔法を展開する暇すら…」
そして仰向けの茲愛に馬乗りになる蜜奈。
「あはぁ…!」
ザクッ
身体を一突きする。
「ぐぅっ!」
ザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッ
「あっ、がっ、だ、がっいや、いやだっ、痛いっやめ、いやっ」
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク
「あ、あ、」
「蜜奈…いや貴様、意図的に頭だけを残して全身を滅多刺しなど、人間がやることか…?」
「それだけじゃない。痛みがさらに大きくなるようにいちいち刃をねじっている…。蜜奈、まさか…」
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクシャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ
「もう、やめ…」
「…あははっ!」
脳天を一刺し。
「…て」
茲愛はぐったりとし、動かなくなってしまった。頭に突き刺さったカッターナイフ、ほとんどの原型を留めていない身体。
「…わぁ。…あは、あはははは!!やっぱり面白いね!!生命活動の停止って言うのは!!あははははははは!!!」
…蜜奈。やはり「殺し」を楽しんでいる。
「ほう、それが貴様の本性か。いいだろう。私も受けて立とう」
…香田羽は強気だが、恐らく今の彼女は止められない。殺しに対する躊躇が一切として無くなった今、蜜奈は全てを蹂躙する、ただそれだけの存在となっているのだ。瞬間移動すら疑う速度で茲愛に近づき殺したのだ。香田羽ではどうすることも出来ないだろう。
「喰らえ」
『火炎魔法・獄』 極龍炎薇
「巨大な炎の龍の突撃…!」
流石の蜜奈でも流石にこれは避けられないのでは…
「…」
ガッ
「なっ!?」
左手で火竜の頭を掴んだ!?
「…」
ギュゥゥッ
グッ
「…あは」
バシュゥゥゥゥン!!
「…私の魔法が…私の最高火力が…」
蜜奈は火竜を握り潰した左手を前にしたまま高速で前に詰める。そして…
「グフッ」
香田羽の胸を、その左手が貫いていた。
「サヨウナラ、香田羽」
そして、右手のカッターナイフで目玉を突き刺し、脳を通るような弧を描き、切り裂いた。
「…あは。あははっ。あははははっ!!」
実の親を手にかけた蜜奈の顔は、快楽に溺れるかのように、満面の笑みで心の底から笑っていた。
「あははははははは!!あーーーーははははははははは!!!」
私は震えるしか無かった。
「…はぁ、はぁ、ふぅ。で、お次はだぁれだ?」
…震え、怯え、祈る。…情けない。私はなんて情けないのだろう、そう自分を呪うしかなかった。
「…ん?」
教室内には、蜜奈のクラスメイトがいた。まだ僅かに、息のある者が。まだ助かる者が。
「…あははぁ…」
待つんだ待つんだ!?本当にか!?本気か、?本気か…!?今の蜜奈には、殺害したいという欲求しかないとでも言うのか!?
「…あは」
「待て、蜜奈!」
「…誰だお前?剣?…ああ。万妖麗寿か。引っ込んでろ」
「そういう訳にはいかない。私にはお前を止める義務が…」
「私はお前に興味が無いと言っているんだよ!!このダボが!!」
「…くそ」
私には止められない。私の名前を覚えている、その僅かな希望すら打ち砕かれるほど、今の生物における我々全ては、蜜奈に抵抗すらできない。
そんな絶望的状況。誰も立ち上がれる筈のないこの状況の中、立ち上がったクラスメイトがいた。
「…へぇ…なかなか…面白いことになってんじゃん?」
「…誰だったっけ、お前は」
「おいおい、そりゃないって…蜜奈。俺だぞ?十六夜 深矢だぞ?」
「…いたっけな、そんなやつも」
「へっ、それだけじゃないぜ」
蜜奈の背後に立つ、黒い何者かの影があった。
=枢焔= 審判の躯炎
ガキィン!!
「…へえ」
「私の事も覚えてくれてると嬉しいな、蜜奈」
「貴方は教室内…いやこの地域一帯で1番強かった。もちろん覚えているよ、鯣 劣酒」
「今の蜜奈はあるべき姿じゃない。審判の刻だ」