【恋愛ショートショート】星屑の約束
真夏の夕暮れ、古びた神社の鳥居の前に、浴衣姿の少年が佇んでいた。星野 輝、17歳。彼の瞳には、期待と不安が交錯している。
「来てくれるかな……ひなた」
輝は小さくつぶやくと、懐から一通の手紙を取り出した。それは3年前、親友の月島 陽が亡くなる直前に書いたものだ。
『3年後の七夕祭り、きっと会いに行くから』
幼い頃から毎年一緒に七夕祭りに来ていた二人。しかし、中学2年の夏、陽は難病で亡くなった。最期の願いは「もう一度、輝と祭りに行きたい」。そして今日は、約束の3年後の七夕祭り。
輝は深呼吸をして、参道を歩き始めた。祭りの喧噪が徐々に大きくなる。提灯の明かりが揺れる中、懐かしい風景が広がる。
(ひなたと一緒に金魚すくいをした屋台。かき氷を分け合って食べた場所。)
思い出が次々と蘇る。ふと、輝は人混みの中に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「ひなた……?」
思わず声をかけそうになったが、輝は首を横に振った。
(違う、ひなたはもういない。僕の思い込みだ。)
輝は小高い丘へと足を向けた。二人の秘密の場所だ。ここで星に願いをかけた日々が、走馬灯のように蘇る。
丘に着くと、輝は息を呑んだ。
「ひ、ひなた……?」
そこには、3年前と変わらぬ姿の陽がいた。月明かりに照らされた彼女の姿は、まるで幻のようだ。
「やっと来たね、ひかる」
陽の声は、風のようにかすかだった。
「夢……? それとも、僕の幻覚?」
輝は目を擦った。しかし、陽の姿は消えない。
「違うよ。約束したでしょ? 3年後の七夕祭り、きっと会いに行くって」
陽はそう言って、優しく微笑んだ。
「ひなた!」
輝は泣きながら陽に駆け寄った。しかし、抱きしめようとした腕は、陽の体をすり抜けてしまう。
「ごめんね。触れ合うことはできないの」
陽の瞳に、悲しみが浮かぶ。
二人は並んで座り、夜空を見上げた。瞬く星々が、まるで二人を祝福するかのように輝いている。
「ねえ、ひかる。覚えてる? 昔、ここで星に願い事したこと」
「うん……覚えてる。僕の願いは、ずっとひなたと一緒にいること。だけど……」
輝の声が震える。
「私の願いは叶ったよ」
陽の言葉に、輝は驚いて振り返る。
「今、ここにいるでしょ? ひかると一緒に」
陽は優しく微笑んだ。
「ひかる、ごめんね。もう行かないと」
「え? もう? でも、まだ……」
「時間が来たの。でも、言えて良かった。ひかる、大好き」
陽の告白に、輝の頬が熱くなる。
「僕も! ずっと好きだった。だから、もう少しだけ……」
輝が陽の手を掴もうとした瞬間、彼女の姿が霞むように消えていく。
「ひなた!」
叫ぶ輝。しかし、目の前には誰もいない。
突然、輝の記憶が一気に蘇る。
(そうか。これは……夢?)
輝は、自分が丘で眠っていたことに気づいた。しかし、手の中には確かに、陽からの手紙が握られていた。
輝は涙を拭いながら、もう一度空を見上げた。
「ひなた……ありがとう。約束する。僕、幸せに生きる。そして、いつかまた会おう」
夜空に、七夕の天の川が美しく輝いていた。