愛は死して尚殉じる覚悟-アイハシシテナオジュンジルカクゴ-
孤児院から繁華街へと場所を移していたクリスは、焼いた肉をパンに挟んだ簡単な料理を頬張りながら歩いていた。
昼時であったため、昼食がてらそこらに立ち並んでいる屋台で買ったものだ。
この通りはいつも騒がしい。
朝は市場が開き、街の住民がその日に必要な物資を買いに来る。
昼は屋台が立ち並び、食べ物や飲み物を売っている。
夜は一日の疲れを癒すために労働者が酒を飲みにやってくる。
「クリス!」
声のした方を向くと、鎧を着た男がこちらに手を振っている。
城門の警備に就いている見知った顔の騎士だ。
「おう、昼飯か?」
「まぁな。それよかエドモンドさんがお前のこと探してたぞ」
「エドが?」
俺なんかやったけな?と過去の行動を思い返すが、心当たりが多すぎた。
まぁいいやと思考を止める。
「わかった。ありがとな」
礼を言うとその騎士はまたなと手を挙げ、人込みの中へ消えていった。
クリスは顔を上げ、セリアの中心に聳える城へと目を向け、歩き出す。
繁華街を抜けると、大きな円形の幅広い街路になる。
セリアで一番大きな広場、と言ってもいいが、ここは屋台や見世物など、緊急時に移動の妨げになるようなものは禁止されている。
その為、人の通りはあれど繁華街のように喧騒はない。
そして大きな円の中心にあるもの。
セリアのどこにいても見える、オーケアス王国の心臓部、王城ソルスボルグ。
王がおわし、国営を担う者が集まり、それを守る騎士が詰めている。
クリスは城門を警備する騎士に軽く挨拶し、城内へと入る。
二階へ続く階段を上っている途中で声を掛けられる。
「クリス!どこに行っていたんだ!探したぞ!」
見上げると、筒状に丸められた大きな羊皮紙を何本も抱えた男がいた。
エドモンド・ミラー。
短い金髪を七三に分け、真面目な顔つきで書類仕事を主に務める彼だが、その実、オーケアス騎士団上級騎士であり総騎士団長付き補佐官。
剣技に関しても他の騎士より遥かに卓越しており、文武両道を体現したエリートである。
「ようエド」
「エドじゃなくて、エドモンド“さん“だ。
せめてエドさんと呼べと言ってるだろう。
私は上官だぞ。敬称を付けろ。
それから制服を着用しろといつも……」
「俺になんか用?」
「ん?おぉ、アナスタシア様がお呼びだ。早く来い」
「俺、この後見習い騎士共連れて合同演習なんだけど」
「既に遅れると連絡はしてある。全く、どこほっつき歩いてたんだ……ほら、行くぞ」
エドモンドの愚痴を聞き流しながら歩いているうちに、目的の部屋に辿り着く。
他の部屋の扉と違い、重厚で一際豪華な造り。
初めてここに来る者が違和感を覚えるとすれば、扉の前の壁についた大量の傷跡と立てかけられた分厚い盾があることだろう。
「クリス、先に入ってくれ」
エドモンドは扉の横の壁に張り付くように立ち、先に入るよう促す。
「あいよ」
クリスは気にせず扉を開ける。
扉を開けた瞬間、クリスはスッと体を右に傾ける。
直後、背後の壁からズダンッと鈍い音がする。
壁には飛んできたナイフが突き刺さり、クリスの髪の毛が数本ハラリと床に落ちた。
「私を待たせるたぁいい度胸じゃねぇか……」
低く唸る様な声を出した女性は投擲後のフォームを崩さず、テーブルの奥から鋭い眼光でクリスを睨みつける。
燃えるように長く紅い髪と同じ色をした瞳。
華やかさと気品を兼ね備えた顔。
街中で見かけたら誰もが振り返り、声を掛ける者がいるだろう。
しかしながらその全てを台無しにする、額に張られた青筋と剥かれた牙、そして狂気を含んだ笑み。
街中で見かけたら誰もが一目散に逃げ去ることだろう。
オーケアス王国騎士団総騎士団長、アナスタシア・ベルベット。
クリスの育ての親であり、複数ある騎士団全てを統べる王国最強の騎士。
オーケアス騎士であれば誰もが敬服するものだが、クリスはといえば。
「飯買いに出てただけだぞ。せっかち過ぎんだろ。」
クリスは慣れた様子で返答する。
「どこまで買いに行ってんだボケ」
「はぁ?」
「昼休憩はとっくに終わってんだよ」
体感以上にクリスは孤児院の前で突っ立っていたらしい。
間抜けだなと反省する。
「ん、おぉ……わりぃ」
急に素直になったクリスの態度を見て、アナスタシアはそれ以上の追求を止める。
「あのぉ、アナスタシア様。“今日“は一本でよろしいですか?」
エドモンドが扉の陰から恐る恐る顔を出す。
「あぁ。さっさと入れ」
クリスは部屋に入る。
エドモンドは壁に刺さったナイフを慣れた様子で抜いてから入室した。
エドモンドが扉を閉め、室内に備え付けられた小ぶりな机に羊皮紙を置くと、アナスタシアにナイフを手渡す。
「んで、なによ?今日キャッスルベルの奴らと合同演習だから遅れるとジェイクの奴が煩いんだけど」
「あぁ、そうだった。エド」
「はい」
「クリスの代わりに行ってきてくれ」
「わかりました。はぇ!?私がですか!?」
「そうだ」
「いや、しかし他にも仕事が沢山……」
「そうか……エドなら、オーケアス騎士とはなんたるかを見習い達に伝えられると思ったんだが……」
声のトーンを落とし、残念そうな表情のアナスタシア。
あぁ、またいいように使われるんだなと思いながら、可哀想な人を見る目でエドモンドを見るクリス。
「じゃあ別の者に……」
「お任せください!!!
アナスタシア様の為ならばこのエドモンド・ミラー!
うら若き見習い騎士達の為!
一肌でも二肌でもなんなら全部脱ぎましょう!」
「そうか!でも全部は脱がなくていい。頼んだぞ」
「ハッ!我が采配でキャッスルベル騎兵隊なんぞ粉々に打ち砕いてくれましょう!」
「味方だし演習だぞ。実戦にしないで仲良くするんだぞ」
「わっかりましたぁ!行ってまいりまぁす!!!」
エドモンドは上機嫌でスキップしながら部屋を出て行った。
幸せそうなエドモンドの後ろ姿を見送ったクリスはその内、過労死するのではないかと、彼を心配し、憐れんだ。
「クリス、お前に頼みたい仕事がある」
その言葉を聞き、アナスタシアに目を向ける。
椅子に座り、机に両肘を突いて顔の前で手を組んだアナスタシアは鋭い目つきでクリスを見ている。
「この間みたいのは勘弁してくれよ?
妙なやつらがいるとか言って、一軒しか酒場がねぇド田舎に潜伏させられた挙句、何もありませんでしたとか笑えなかったからな?」
頭を掻きながら、クリスは前回の仕事内容に対して愚痴を言う。
「その件については、改めて調査するつもりだ。今回はその心配はない」
「あっそ。たまには観光地に潜入してくれとかそういうのがいいなぁ」
それを聞いて、アナスタシアはニヤリと口角を上げる。
「喜べ。お前の希望が叶ったぞ」
「マジか!?」
冗談を言ったつもりのクリスだったが、まさかの返答に喜ぶ。
「オーケアス王国内、各都市町村の査察を命ずる」
「……は?」
「内容は治安状況と維持機能の把握だ。
現状と問題点を手紙で報告してくれればいい。対応はこちらで行う」
「ちょっと待って?査察って、それ俺の仕事じゃなくない?」
「調査部の人員が足りんそうだ」
「なんで調査部の仕事が騎士団に回ってくんだよ?おかしいだろ」
各地方の治安維持はその場を受け持つ騎士団に一任される。
しかし、適切に執り行われているかどうかの最終判断は国王と王国の政務官が裁定する。
総騎士団長も政務官の一人だ。
各地の騎士団から提出される内容に誤りが無いかを判断する為、騎士団とは別の組織として調査部が存在する。
ありとあらゆることを調べ、書類に纏め、上に提出する。
エリート中のエリート公務員の集まりだ。
「本来ならありえない話だがな、総騎士団長の部隊なら大丈夫だと判断したんだろう」
「だからってなんで俺……いや、でもまぁ、いつもよりか楽な仕事か」
「だろう?なんなら、そのついでに観光してきてもいいぞ」
いつもの危険が伴う任務とは違い、各地を巡るだけだ。
旅行だと思えばいい。
「やってくれるか?」
「おう!任せとけ!いやぁ、一度行ってみたいところがあったんだよなぁ……」
休暇気分のクリスは胸を躍らせる。
「ところで最近、地方で亜獣による被害が増えていることは知っているか?」
「え?あぁ、らしいな。討伐に行った奴らが愚痴ってたぞ。
被害地域まで行っても亜獣がいない上、そこの住民にボロクソ言われたって」
「討伐隊が到着する頃には、亜獣の姿は無く、残されたのは傷ついた住民とボロボロの家屋や畑。
死者も出ている。騎士団は職務を果たせていないからな。怒りの矛先が我々に向くのも無理はない」
「あ~、それの対応に追われて調査部の連中もてんてこ舞いって訳か」
「お察しの通りだ」
「なるほどな。にしてもそんな大ごとになってんのか」
クリスは眉をひそめ、腕を組み考え込む。
「報告された被害の大部分がさっき話した通りの状況だ。
亜獣発生の報を受けてから討伐隊をすぐに送っているんだが、問題の亜獣が見つからん」
「消える亜獣ねぇ……妙な話だな」
「変だよな?気になるよな?」
にやついた表情を見せるアナスタシア。
(あ、めんどくさいやつだ)
アナスタシアという人間を知るクリスは、過去の経験から察する。
「査察のついででいいんだ。ちょっと調べてもらいたいことがある」
ほらきた、とアナスタシアの後ろにある窓から見える街並みに癒しを求める。
が、至近距離から飛んできたナイフがそれを許さない。
ギリギリでかわすと、ナイフは扉に突き刺さった。
「お願いだクリス」
アナスタシアは片手でナイフを回しながらニコニコしている。
「強要の間違いでは?」
クリスは諦め、ため息をつく。
真面目な表情に戻ったアナスタシアはナイフを机に置くと話を続ける。
「この件で探りを入れてもらいたい。誰にも悟られぬよう。特に、“騎士団の人間“にはな」
「騎士団内の誰かしらがこの件に関与していて、なんか企んでる?」
「おそらくな」
「と言うと?」
「亜獣発生の報告を故意に遅らせ、被害を大きくしている節がある」
「なら、調べる所は決まってるじゃねぇか。パパッとやっちまえばいい話だろ?」
問題が起きれば、問題の場所を調べればいい。
報告を遅らせているのは、その管轄の騎士団だ。
子供でもわかる内容にクリスは疑問符をつける。
「貴族が絡んでいる」
「あ~……」
貴族という単語に状況の複雑さを悟る。
「現状、状況証拠に基づく憶測でしかない。
追求したところで、言い逃れされればそれ以上つつけない。
下手に大きく動けば、こちらの隙を突かれる。
本格的に動くのは有利な状況を作ってからだ」
王国の財政に貢献し、相応の権力を持つ貴族を敵にまわすのは総騎士団長といえどまずい。
だからといって見過ごす気は無いので、地盤を固めた後、相手方を徹底的に叩き潰す。
ということらしい。
「つまり、その貴族のところに潜入して証拠掴んでこいと」
「そういうことだ」
「嫌です」
クリスは笑顔で拒否する。
それを聞くと、アナスタシアはスッと立ち上がり、後ろで手を組みながらゆっくりと歩き、クリスの隣に立つ。
「お前この間、酒場で喧嘩して店ぶっ壊しただろ。そこの修理費と慰謝料、誰が立て替えたんだ?」
「あっ……」
「その前もあったな。バルダーとニコラスの三人でいた時だったか」
獲物を狙う猛禽類のように、アナスタシアはクリスの周りをゆっくりグルグル回る。
クリスは冷や汗を流し、小さくなる。
アナスタシアは遠い目で続ける。
「綺麗なお姉さんがいる店は楽しかったか?
改装工事が最近終わったらしいぞ。
あそこの修理費は高くついた。なにせ高級品ばかりだったからな」
「うっ……」
さらに小さくなるクリス。
過去の失態が自身を追い詰める。
「そういえば、お前がチンピラから助けた行商が手紙を寄こしたぞ。
お前に荷馬車を壊された時はどうしようかと思ったが、前よりいいものに買い替えたそうだ。
ありがとうだとさ」
「ました……」
「ん?」
「わかりました……やります……」
それを聞くとアナスタシアはクリスの前でピタリと止まり、クリスの両肩を掴む。
「そうか!やってくれるか!私はいい息子を持ったなぁ!」
笑顔でクリスの両肩をバンバンと叩き、アナスタシアは席に戻る。
このクソババァと悪態をつきそうになるが、自分の立場が更に悪くなることを恐れ、喉元まで出かかった言葉を無理やり飲み込む。
アナスタシアは真面目な表情に戻り、話を続ける。
「その貴族が治める地域での亜獣発生件数がここ二、三日で増加した。
被害を抑える為に対抗策は打ってあるが、いつまで持つかわからん。
こちら側に引っ張れる内容ならなんでもいい。早めに頼むぞ」
「査察のついででいいって言ったじゃん……」
ぼそりと文句を言うクリス。
「何か言ったか?」
「なんでもありません……」
旅行を楽しめると思っていたクリスは肩を落とした。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
プロローグは以上となり、次回からようやく一章に入ります。
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