愚直に強さを求める騎士-グチョクニツヨサヲモトメルキシ-
広大な海を背にし、なだらかな平原、自然豊かな山々。
恵まれた地を国土に持ち、農業、漁業が盛んに行われ、自国の生産力だけで余りある程の食糧供給。
他国との貿易、主に輸出によって養われた経済力。
世界に名が轟く強力な騎兵隊。
ヴァルターナ大陸西側を治める大国、オーケアス王国。
その首都、王都セリアの一角。
古びた造りの孤児院の前で一人の男が佇んでいた。
黒髪短髪で鍛えられた筋肉質な体。
町行く人と同じ様な服を着ているものの、腰に差した剣から一般人と違うことが伺える。
左手には小ぶりながらも重量感のある麻袋を持ち、扉をノックしようと胸の前で右手を握っている。
だが男はなかなかノックしようとせず、そのままの態勢で微動だにしない。
鋭い目つきだが困った様な表情のせいで覇気が無い。
扉の向こうからは子供達がはしゃいでいる声が聞こえてくる。
その喧騒の中に、大人の女性の声が交じる。
室内で騒ぐ子供達を注意しているようだ。
その声を聴いて男はノックするのを諦め、麻袋をドアノブに掛けて立ち去った。
「ほら皆!室内で鬼ごっこなんてするんじゃありません!外でやんなさい!」
先程まで男がノックしようとしていた扉が開かれ、中から中年の女性が現れる。
それに続くように数人の子供達が飛び出してくる。
「怪我しないようにしなさいよ!」
「はーい!ミシェル先生行ってきまーす!」
子供達ははしゃぎながら道を駆けて行った。
その元気な姿を見て、ミシェルはやれやれとどことなく嬉しそうに息を付く。
中へ戻ろうとした時、ドアノブに麻袋が掛けられている事に気が付く。
ミシェルは麻袋に手を伸ばし、中を確認する。
袋の中には金貨が詰まっていた。
「またこんなに……」
急いで街路に出て周囲を見渡すが、目当ての人物は見当たらなかった。
「まだ顔を見せてくれないのね……クリス……」
ミシェルは街の中央に聳える城を見つめ、寂しそうに呟いた。
オーケアス王国騎士団。
王国内に存在する、複数在る騎士団の総称。
それぞれの騎士団が各地域を個々に守護し、有事の際には王の号令の元に馳せ参じる。
団長を務める者はその地域を治める貴族から戦いに秀でた戦士、都市の首長と様々。
そしてその全てを統括し、首都セリアを守護する騎士団を指揮する総騎士団長からなる。
クリストファー・ベルベット。
先程まで、孤児院の前で佇んでいたこの男は、オーケアス騎士の一人。
類い稀な剣技の才を見出され、二十代前半でオーケアス王国騎士団上級騎士となり、総騎士団長直属の部隊に配属される。
騎士の多くが憧れ、敬う階級と所属だ。
しかしながら、彼に対する騎士団内での評判は悪いものが目立つ。
原因は彼の普段の立ち振る舞いに起因する。
動きづらいという理由から鎧は装着せず、制服を着用しろと言われれば下だけ履いて、上着は腰に巻くか未着用。
街で起きた喧嘩の仲裁を頼めば、相手の挑発に乗って騒ぎを大きくしてしまうこともある。
目上の者に対する敬意の無さも、多くの批判を浴びる原因となっている。
これだけを聞くと無礼で粗雑なトラブルメーカーだ。
ではなぜ彼が、未だ騎士団に所属できているのか。
それはクリスの任務遂行能力の高さ故。
クリスに与えられる主な任務は、敵国や反乱分子の内部情報を探ること。
いわゆる密偵だ。
敵地に潜入し、情報を収集し持ち帰る。
クリスはこの能力に長けていた。
その粗野な振る舞いが、逆に彼の身分を隠すのに役立っていた。
いざ戦闘になったとしても、持ち前の強さで生き残る。
王国としては手放したくない逸材だった。
しかし、その気質からクリスをやっかむ者が多い。
時折、クリスに挑発的な態度を取る者もいるが、大抵はクリスの鋭い言葉や圧倒的な実力の前に引き下がることになる。
とはいえ敵ばかりではない。
一部はクリスの人柄を受け入れ、好意的に接している。
そういった者は、クリスが人知れず人の何倍も修練に励んでいることを知っている。
荒々しい性格の中に宿す真っ直ぐで優しい心にも気づいている。