獣人の少女-ケモノビトノショウジョ-
大地を駆ける獣の群れ。
大海原を泳ぐ沢山の魚。
大空を舞う鳥。
この世界には様々な命が満ち溢れている。
時には生きるためにその命を奪い。
時には生かすためにその命を捧げる。
生きとし生けるものが生きる意義の為に。
人の足が踏み入れられない山奥。
深緑の葉が生い茂る木々の下。
一匹の兎が、細い草にせっせと口を動かしながら食べている。
いつ外敵に襲われるかもしれない環境では、食事を手早く済ませるに越したことはない。
辺りを意識しながらも、兎は食事を続ける。
そして、獲物を狙う一人の少女。彼女は、兎の遥か頭上の太い木の幹に、鳥が留まっているような佇まいで兎を見下ろしていた。
少女はニヤリと笑みを浮かべ、そのままの態勢から、ゆっくりと身体を前のめりに投げ落とす。
自由落下を始めた身体は速度を上げる。
それに伴って生じた風切り音が、少女の頭上の狼のような両耳に響く。
獲物を見据え、銀色の髪を靡かせながら一直線に降下する。
兎は頭上から迫る脅威に気が付いていない。
(獲った!)
少女は心の中で確信した。
だが、その瞬間、自身の命を脅かす脅威を感じ取った兎は一目散に駆け出した。
「あっ!」
心でも読まれたのかというタイミングに少女は驚きつつも、身を翻し地上に着地する。
「兎の香草焼きぃ!」
夕食のことを考えながら追いかける少女は、そう叫んだ。
人間の足では到底追いつくことができない速さで兎は山中を駆ける。
しかし少女は素早い身のこなしで木々の間を擦り抜け、凄まじい勢いで兎との距離を詰める。
あと三、四歩で並走するという位置まで来ると、少女は地面を強く踏み込んだ。
一気に飛び掛かると、そのままの勢いでゴロゴロと転がり、木に背中を打ち付ける。
「あだぁっ!」
痛みに声を上げ少し呻いた後、人と獣を混ぜ合わせたような見た目の自身の両手の中の感触に目を向ける。
少女の視線の先には両腹を掴まれジタバタと藻掻いている兎がいた。
「やったぁ!」
仰向けになったまま少女は声を弾ませて、手の中の兎を誇らしげに掲げた。
狩りの成果に少女の顔は満足と喜びで輝いていた。