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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
終部 プロローグ 飛び去る鴉

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飛び去る鴉

リリーの物語も最後の部に入りました。

少しでも続きが気になっていた方は、ご覧頂けると幸いです。

「この世界で最も素晴らしいお方!慈愛に満ちた、絶佳で聡明で、完璧なお方――テレサ・バックライト様のことです」


 私――レイブンは、目の前で耽溺した表情を浮かべた、セキレイと名乗った女のうち、白いローブに身を包んだほうが放った言葉を耳にして、途端に足元が崩れ去ったような感覚を覚えた。


「どうして…」


 私の口が勝手に音をつむぐ。酷く動揺している自分に気づかずに佇んでいる私を、二人のセキレイたちが一転、怪訝そうな顔で見つめていた。


 テレサ・バックライト。


 かつて水難事故で家族を失い、奴隷に成り下がるほかなかった私を救い、教育を施してくれた恩人の名前だ。


 痛みと愛情、それから知識を与えてくれた奥様の顔が脳裏に浮かぶ。心がくらむアメジストの瞳を、今はとても鮮明に思い出せた。リリーに会って以降、あの真紅眼にあてられて思い出せないことが増えていたのに…。


「どうして、こんなところで奥様の名前が…」


 敵と認定した相手の前だというのに、私は悠長に立ち尽くしたままだったのだが、セキレイたちのほうも私の呟きを耳にして、「奥様?」と不思議そうに小首を傾げた。


 彼女たちは、奥様が今どうしているのか知っている。この混沌とした状況の中、それは私にとって藁にも縋るような糸口であった。


 そのため、私は今の状況も忘れて必死の思いで自分と奥様の関係について説明し、彼女を探していることを伝えた。


 すると…意外なことにセキレイたちは、今までの態度が嘘だったみたいに臨戦態勢を解除し、まるで既知の友人であるかのように私に微笑みかけてきた。


「なんだ、あんたが奥様の話してたカラスか」


 カラス!


 私はずっと昔に忘却の舌がなぞった名前で呼ばれ、胸が激しく昂るのを感じて息が詰まった。


 アカーシャ・オルトリンデという死人と歩むために、捨て去った名前。


 本当に大事だったものだ。大事だったのに、手放さなくてはならなくなってしまったもの。


 過ぎ去った冬がどこかに隠していた雪のような一滴が、今、突拍子もなく自分の手のひらのうえに落ちてきて、私は――あぁ、そうだ、私は、歓喜していた。


(奥様は、私を覚えてくれていた…)


 私は喜びのあまり言葉も紡げず、うっすらと目尻に涙を浮かべまでして、ひたすらに頷きを繰り返す。


 そんな私の姿を目の当たりにしたセキレイたちはまたも互いを見つめ合った。やがて、シロセキレイのほうが慈しむような瞳で私を見て口を開く。


「一年ほど前に、鳥籠から放ってしまった雛鳥がいると、時折奥様が話して下さいました。そのときの奥様が浮かべる…少しだけ寂しそうな顔に嫉妬したことも、一度や二度じゃない」

「奥様が、私の話を…」


 すでに見捨てられたと思っていた。


 だって、奥様は盛りの華にしか興味がないから。


 でも、そんなことはなかった。奥様は、まだ私を必要としてくれているのかもしれない。


 つうっ、と涙の筋が頬をつたう。クロセキレイはぎょっとした様子で目を丸くしていたが、シロセキレイのほうは穏やかに指先で涙を拭い、再び微笑みかけてくれる。


「一緒に、帰りますか?」


 それは、エデンへの帰還状だった。


「一緒に…帰る…」


 問いの意味を正しく理解した途端、全身が総毛立つ。


 また、“あの温み”のもとに戻れるというのか。


 美しい、アメジストの瞳。


 くすみが色っぽいブロンド。


 上品ながらも寂しげで世を儚むような言葉の数々…。


「それいいじゃん」と笑うクロセキレイ。


 気がつけば、私の周りには例の白い、ぬめぬめとした体を持つ怪物がたくさんいた。


 それらはまるで、セキレイたちに――いや、セキレイと私に付き従うみたいに私たちの周りで大人しく蹲っている。


 セキレイたちの影響で、怪物が私を仲間だと、あるいは従うべき相手だと思っていると…なんとなく理解することができた。


 紫の光が満ちる柱のそばで、怪物たちと、それを従える少女たちに慰められる私。


(私は…消耗品…それとも、別の…?)


 何かを思い出すみたいに考える。でも、怪物の甘えるみたいに高い声のせいで、思考がまとまらない。


 そのときだった。


「レイブン!」


 今やもうすっかり聞き慣れたはずの――でも、この瞬間には遠く過ぎ去ってしまいそうになっていた私の“名前”が呼ばれ、弾かれるように振り返った。


 アメジストの残像が揺らぐ。それを上から塗り潰すのは、宝石すらも追いつけない真紅眼と、艶やかな銀の糸。


 後にして思えば、そうして振り返ったときに彼女が私の前に現れて、その強く気高い瞳と声で私の影を縫う針を取り除いてくれればよかったのだろう。


 しかし、現実は御伽噺のように都合よくできてはいない。


 振り向いた私の瞳に映ったのはあの真紅と黒のドレスではなく、翠色のドレスを身にまとう女と無骨な軽鎧を身に着けた女だった。


「何をやっているのですか!?早く、こちらに!」


 翠の服の女が叫ぶのに続いて、女騎士が言う。


「待て、ルピナス!様子がおかしい、あいつ、報告にあった魔物と一緒にいるぞ」

「え…あ…」


 声を疑念が染める。何か薄暗い感じがした。


「…あいつら、誰。っていうか、レイブンって、なに」


 途端に冷たくなるのは、クロセキレイの声。その変わり身の早さは、酷く私を不安にさせた。


「カラス」比べて、シロセキレイは穏やかなままだ。「どうするの?奥様のところに、戻らないの?」


 そこに疑念はない。あるのは、同じ巣で温もりを求める者同士のシンパシー。


 未だに、離れたところで女たちが叫んでいたのだが、そのときにはすでに、私にとって意味のある音に聞こえなくなっていた。


「知らない」


 気がつけば、私はクロセキレイのほうを一瞥して、そう返していた。


「私は、カラス…」


 奥様の元に、あのランプの光が作り出す温かい場所に戻りたい。


 私を呼ぶ、私の知らない誰かたち。


 あそこは、私の帰るべき場所じゃない。


「奥様に…会いたい…」


 それを聞いて、二羽の鳥が微笑み、肩に、手のひらに触れる。


 ほんの一瞬だけ脳裏をよぎりかけた血のような『赤』は、目の前で太陽みたいに輝く紫の光にかき消されて、私の胸の奥のどこかへと消えてしまった。

続きはすぐに更新致します!

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