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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
三部 最終章 ”ストレリチア”

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”ストレリチア”.3

ストレリチアとの戦いが始まりました。


物語全体を通しても終盤に差し掛かっておりますので、

ゆっくりとでもお付き合い頂けると嬉しいです。

 衝突は一瞬だった。


 剣と剣がぶつかり、雷鳴のような音が紫の月が照らす聖殿に轟き、オレンジ色の火花が散る。


 私が袈裟に振り下ろせば、ストレリチアが持つ真紅の長剣が逆袈裟に振り下ろす。


 質量の違いのせいで押し込まれそうになるが、そこは気迫で押し返す。


 拮抗する力と力、刃と刃、混ざり合う赤の瞳と青の瞳。長い鍔迫り合いが続いていた。


「何を隠しているの、ストレリチア。いい加減、話したらどうかしら…!?」

「私だって、そうしたいのはやまやまです!」

「だったら!」

「でも、貴方がやっぱり、アカーシャ・オルトリンデだったから!」


 ストレリチアの腕に力がこもり、強く押し返される。


 煌めく青い瞳に滲む、筆舌尽くし難い感情の嵐に怯んだ私は、太刀を弾き飛ばされぬうちに素早くバックステップして彼女の攻撃を不発に終わらせる。


「何を言っているのか、私にはさっぱり分からないわ…でも!」


 宿敵と思っていた相手との体全体がじんと痺れる命のやり取りに、アドレナリンがすさまじい勢いで分泌されるのが分かった。


「私はもう、リリー・ブラックよ!」


 太刀を霞に構え、床を蹴り上げる。


 目指すは青と白を翻し、赤と黒の剣を携えた渦。その中心に何かを届けるべく、私は加速する。


「違うっ!」


 ストレリチアが叫ぶ。あの激情とは無縁そうな彼女からは想像もできない、獣のような叫びだったが、躊躇せずに加速を続ける。


「名前なんて飾りなんだ!人の本質は、そんな記号みたいなものには宿らない!」


 ぶんっ、と突進する私の頭上目がけて長剣が振り下ろされる。


 脳天から両断されそうな一撃。その軌道を霞に構えていた太刀でかろうじて逸らす。


 あと少しで肩口が斬られそうな勢いだったが、どうにかさばく。


「それでも!」


 そのまま、無防備になったストレリチアに肉薄する。リーチの長い武器は、懐に飛び込まれれば脆い。


「名前が人を変えてしまうことだってあるわ!」


 彼女の胸元を撫で斬りにするべく、太刀を払う。遠慮して勝てる相手ではないことぐらい、重々承知だったから、殺すつもりでやった。


「うっ…!」


 ぴっ、とドレスの一部が切れ、薄っすらとストレリチアの胸元、白い肌に赤い線が入る。驚くべきことに、浅いとはいえ私の攻撃が通ったのだ。


(砦では、総がかりでやってもかすり傷一つしかつけられなかったのに…この子、本気で魔導を使わないつもりなのね…!)


 直後、私が覚えたのは、手加減されている屈辱――ではなかった。


 何事においても全力を出さないことほど相手を愚弄するものはない。常々そう考えている私がこの一撃から感じたのは、ストレリチアという少女のアンバランスさであった。


「貴方だって…!生きることよりも生き方にこだわっているじゃないの!」


 一番悲しいのは、もう会えなくなること。死ぬこと。そんなことを口にするわりに、彼女はこの戦いにおいてフェアであることにこだわっている。一撃もらうと分かっていても、それを譲らなかった。


「私がこだわっているのは、そんな目に見えないものじゃない!」


 受ける一太刀を浅く済ませるために上体を逸らしていたストレリチアは、それを戻す勢いで剣の腹ごと私にぶつかってくる。


 とっさに飛び退くが、かわしきれず、私の体は衝撃と共に転がる。でも、砦のときのような理不尽な衝撃じゃない。これはただの、少女の体当たりだ。


「だったら、何にこだわっているの」


 素早く身を起こしながら、私は問う。


「何にこだわっていたら、誰からの理解も得られないまま、行動を起こし続けられるの?その孤独の海は、居心地なんてよくないはずだわ」


 ぐらり、とストレリチアの瞳が揺れる。言の葉が効いているのだ。


 だが、ストレリチアは何も答えようとしなかった。


 ある種の狂気を感じさせる使命感と、抑えきれなくなった苛立ちを瞳にたぎらせた彼女は、真紅の長剣を肩に担ぐと叫び声を上げながら真っすぐ私に向かって来た。


「聞き分けの悪い子…!私が“こう”だったのかしらね…?」


 相手の話を聴こうとせず、ぶつかり続ける。


 全く、私は何をやっていたのだろう。こんなにも建設的ではない行動を目の前の少女に、国に、周囲の人間に繰り返していたのか。


 足を止め、腰を落としながら太刀を鞘に納める。


「でもね、融通の利かなさであれば、私だって一家言あるのよ」


 正面からぶつかってくるというのなら、私だってそうしてやる。そうするべきだ、彼女には。


 不思議とそんなことを考えていた私は、深く息を吸うと、互いの間合いを測りながらそのときを待った。


 目に見えない神経の糸がどこからか垂れ下がり、ぴんと張る。ゴルドウィンとの戦いのときと同じ感覚が私の中で鎌首をもたげた。


 そして、その糸の先端にストレリチアが触れたとき、私は息を吐き出しながら抜きつけを放った。


 すさまじい衝撃と火花。


 私の目に、抜刀を受けて大きく体をのけぞらせたストレリチアの姿が映った。


 質量と重量というこの二点で大きく劣る私の太刀が、彼女の長剣を押しのけたのだ。


(努力、無駄じゃなかったわね!)


 本を読み、実際の動作を繰り返し、実践で試して、改善点を見直して再び最初から繰り返す。


 学びと努力の基本だ。これがこうして結果を連れてきたときほど感動するものはない。


 そして、学びの成果はそのまま次の動きへと私を自然と結び付ける。


『抜きつけ』の後の一撃、『二の太刀』である。


 ストレリチアは、あのとんでもない回避力を誇る魔導を使っていない。そして今、大きく体勢を崩している。


 この刺突は絶対に直撃する。


 ストレリチアの左肩に狙いを定める。深く突き立てれば、もう彼女は剣を持っていられなくなるだろう。


「私の勝ちよ、ストレリチアっ!」


 叫びと共に空を貫く刺突を放つ。


 勝利の確信を持ってしまっていた。


 それが戦う者の感覚をどれだけ鈍らせるのかを、知らないわけでもないのに。


 刹那、ストレリチアが起こした行動に私は目を見張った。


 彼女は迫る切っ先を避けるでもなく、防御しようとするでもなく、ただ前進することで受け止めた。


「なっ…!?」


 迸る鮮血が双方の顔にかかる。痛みに顔を歪めたストレリチアだったが、その勢いは弱まるばかりか加速した。


 そして――…。


 赤い刃が美しい弧を描き、下から這い上がってくる。


 “かわせない”のは、今度はこちらの番だった。

次回の更新は明日になります。


寒い日が続いておりますので、お体にお気をつけて!

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