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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
三部 四章 業ある帰還

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業ある帰還.8

四章はこれで終了です!


ご覧頂いている方、ブックマークや評価をして頂いている方、

いつもありがとうございます!

 その夜、私たちは王城に留まり、朝を迎えることに決めた。


 オリエントとの戦争を強行的に推し進めていたドイル王一派は身をくらまし、城には穏健派か、疲弊する地方貴族を想う者か、成り行きをただ見守ることしか能のない人間だけが残っていた。


 サザンカや他のオリエント兵も今夜までは城に残っている。そうすることにたいした危険はない、とサザンカが断言してくれたのが決め手になった。彼女は私が見えている以上に物事が見えているようだし、色んなものが聞こえているようだった。まさに壁に耳あり、障子に目あり、だ。


 紫の月が昇り、今日と明日の境界を月光が塗り潰してしまう時刻になっても、レイブンは未だに深い眠りの中をさまよっていた。


 時々起きて短い会話を行うことはあったが、すぐにまた眠っていた。ゴルドウィンとの戦いの後は床にふせなかったことからも今回はかなりの無理をさせてしまっていたのは間違いない。


 ひとえに、私の責任だ。私の甘さと、センチメンタルの。


(リリー・ブラックという人間が私の舵を取るようになってからは、私なりに随分と非情になったつもりだったけれど…上手くはいかないわね)


 だからこそ、せめてレイブンの安らかな眠りのためにできることをしよう、と彼女の寝台に腰かけて一時間以上が過ぎていた。


 そんなときだった。運命の長針が一つの時を刻んだのは。


 ぼうっ、と青い蝶のような光が窓の外をちらついていた。


 私は最初、外の見張りが何かの魔導か、マジックアイテムでも使っているのだろうと思ってその光を何気なし眺めていたのだが、それが私たちのいる部屋に近づき、やがて実体を持たないふうにガラスをすり抜けてきたとき、驚きで立ち上がった。


「…何?」


 素早く寝台に立てかけていた太刀を手に取り、親指でその鯉口を切る。


 光は、瞬く間に人の形を成した。そのときにはもう、それが運命の知らせであることを私は直感していた。


『ごきげんよう、アカーシャ様』


 金の髪に白と青の鎧。そして、儚く、今にも消えそうな微笑み。


 神託の巫女、ストレリチアだ。


「ストレリチア…!」


 本能的に声を潜め、幻影魔導で私の前に姿を現した彼女の名前を呼ぶ。それだけで、『ふふっ』と幸せそうに笑うストレリチアに胸が疼く。


『あ、お静かにお願いしますね。他の人にバレると何かと面倒なので』

「…さあ、どうしようかしら」


 言われ通りにするのも癪だったため、そんなことを言ってみる。しかしながら、ストレリチアは子どもにするみたいな困り顔で、『もう、意地悪言わないで下さい』と呟くばかりだ。


 ストレリチアは私が話を聴く姿勢にあることを察すると、レイブンのほうを一度だけ見た。そして、彼女が深い眠りに就いていることを確認してから、真面目な顔つきでこう言った。


『こんな言い方をすると、アカーシャ様はお嫌いでしょうけど…もう、あまり時間がないんです。一刻も早く、オーム聖殿に来てほしいんです。そこで、全てを話しますから』


 真剣な顔をしたストレリチアからの懇願。


 少し前の自分だったなら、鼻で笑って拒絶し、幻影だと分かっていても太刀を抜き放って霧散する彼女の姿を多少の慰めとしただろう。


 しかし、今はそうではない。


 一部分だけを切り取り、自分の主観だけを頼りに物事を判断し、そうして悪戯にストレリチアを拒むのはもうやめると決めたのだ。


「――…ええ、いいわ。今からそちらに向かう。それで構わないのでしょう?」

『えっ…?』


 手のひらを返したような返事に、ストレリチアは面食らっていた。


『い、いいんですか?あの、私が言うのもなんですけど…』

「いいと言ったのよ。吐いた唾を飲むような真似、私がするはずもないでしょう」

『それは、知ってます…でも、どうして?』


 私は腕を組み、ストレリチアを真っすぐ睨みつける。決して、彼女の意図不明の言葉に従っているだけではないと伝えたかった。これは、私なりに考えたことなのだと。


「貴方の真意を推し量るためよ。貴方が私にこんなものを与えてまで私にさせたかったことを、今度こそきっちりはっきり口にしてもらう」


 そう言いながら示してみせるのは、薬指にはめられた魔喰らいの指輪。もうすっかり馴染んでしまって、違和感を覚えなくなったことにムカムカする。


「そうしてから、私が本当にするべきことを考えさせてもらうわ。――もしも、貴方の思惑が下らないものだったり、理解不能だったりした場合は、今度こそ殺してやるわ。あの日誓ったように、私が、この手でね」


 多少なりと凄んでみせたつもりだったが、ストレリチアは不思議そうな顔から一転、どこか多幸感に満ちただらしない顔になった。なかなか見られない、油断しきった表情だった。


「ちょっと、聞いているの?」

『あ?えっと…はい、もちろんです』

「じゃあ、どうしてそんなニヤニヤしているのかしら」


『それは…』とストレリチアが頬を染めて私を見つめる。『アカーシャ様は、やっぱりアカーシャ様なんだって、思っただけです』


 よく分からない物言いを受けて、私は眉間に皺を作る。名前を変えた私への皮肉かとも考えたが、面持ちを見るにそうではなさそうだ。


『名前を変えても、人の本質は変わりませんね。アカーシャ様』

「その名前で呼ぶのは――…」


 すると、ほんのり薄く明滅を始めたストレリチアが自分の唇に人差し指を当てて、私に黙るよう言外に示してきた。


『人間は、記号や名前、数字なんかで世の中の全部を管理できると思ってしまいます。そうすることが便利だから、自然だから、分別しておかないと不安だから…人の性です。そして、やがて人は利便性と引き換えに本質を見る力を失ってしまいます』


 明滅の頻度が速くなる。時間がないのだろうに、彼女はゆったりと哲学的なことばかりを口にした。


『…誰もが自分の、あるいは他人の本質を見ようとしなくなったとき。きっと、それが世界の終わりが始まるときだったんでしょうね…』


「終わりが始まるとき…?ストレリチア、貴方…」

『時間です』


 彼女の幻影は私にしゃべる暇も与えず、強く光を放つと、元の青い蝶のような燐光に戻った。


 そして、最後にまた、虚空からストレリチアの呟きが聞こえた。


『聖殿で待っています、お一人で来られてください、アカーシャ様。貴方に本当の意味で出会えるそのときを、私が貴方と別れたあの場所で…』

続きは夕方頃に更新致します!

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