流刑地にて.3
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丘の上から見下ろす村は、阿鼻叫喚の様だった。
柱が焼けて、家屋が倒壊する音があちらこちらから聞こえてくる。かと思えば、それに混じって人の
悲鳴が聞こえる。声のするところを探せば、女性や子どもが逃げ惑う姿が確認できた。無惨に殺された人間の死体も転がっている。
「燃えている…」
ぼそり、と隣でレイブンが呟く。彼女の黒い無感情な瞳は、炎を吸い込んでキラキラと輝いていた。
「きゃぁ!」
ひときわ強い悲鳴が聞こえてきて、ハッと我に返った私は声の在り処を探した。
それはすぐに見つかった。
丘の下、急勾配のふもと、幼い子ども二人が、武器を持った男に壁際に追い詰められていた。
私は、弾かれるようにして駆け出した。
向かう先は子どもたちの元――ではない。
丸腰なのはまずい。リスクに対し、リターンが合わない。
ストレリチアなら迷わず子どもたちのところに行くだろう。仮に魔導が使えなくても。
「お嬢様!」レイブンの声だ。気の利く言い回しをする、と皮肉る余裕もない。
最初に私は落ちている剣を拾った。きっと、果敢に侵略者に立ち向かった者がいたのだろう。近くに賊らしき男の死体が転がっていたし、村人らしい男の死体もあった。
手に取った剣は、自分がいつも使っていたレイピアとはまるで違う形状をしていた。たしか、『刀』といった類のものだ。
慣れない重さにバランスを崩しつつ、揺らめく炎と叫び声の中を駆ける。今度こそ、向かうは子どもたちのところだ。
私がその場に到着したとき、すでに、子どものうちの一人は倒れていた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん…!」
小さい子どものほうが、倒れた兄を揺すり起こそうとしていた。だが、彼らの足元の血溜まりを見るに、兄が目を覚ますことは二度とないだろう。
自分が武器を優先しなければ――という思考は意図して遮断する。してもしょうがない後悔だ。
「こっちに来い!」
ぎらりと光る刀を持っていた賊は、そのままもう一人の子どもの腕を掴んだ。
「やだぁ!」
「うるせぇ、殺されたくなきゃ大人しくしろ!大事な商品に傷をつけさせんな」
大事な商品――奴隷にでもして売り飛ばすのか。
その先が鉱山なのか、娼館なのかは分からない。ただ、レイブンの年端にそぐわぬ無感情さが頭をよぎって、私は素早く踊りかかった。
子どもとの距離が近すぎるから、切っ先を相手の心臓目がけて突き出すのははばかられた。そのため、一先ず安全そうな右足の太ももを刺突する。
「ふっ!」
切っ先は確実に相手の太ももを貫いた。
ぎゃぁ、という悲鳴と共に男がよろける。その隙に子どもは拘束から逃れて後退りした。
「だ、誰だ!」
男が振り向く。ギラギラした瞳は、明らかに奪う者の目をしていた。
私はその問いに答えることなく、今度は相手の心臓を一突きする。
ほんの少し、軌道がずれたが、隙だらけということもあって致命傷には十分だった。
素早く切っ先を引けば、男は口から血の泡を吐いて、がくりと崩れ落ちる。
さっと血ぶるいした私は、葬った男へ手向けのように、「賊に名乗る名などないわ」と告げた。
背後からの一突き、そして、その後の振り返った直後の一突き。
紛うことなき、奇襲である、
騎士道精神、というものからは当然かけはなれていた。
だが、それでも構わないと思った。
可能な限りローリスクで確実に済ませる――それが、アカーシャ・オルトリンデの、つまりはリリー・ブラックの信条だった。
「無事かしら」
呆然と立ち尽くす子ども――女の子に一声かける。
少女は口をパクパクとさせていたが、ふっと、私の後方に視線を向けると、青い顔をして悲鳴と共に蹲った。
振り向けば、返り血に塗れた男が立っていた。手にはいくつかの首。ぞっとしない光景だった。村の子どもに見せるには極めて酷い。
男は手にしていた首を捨てると、腰から刀を抜き放ち、こちらに向かってきた。
――さっきの男より、ずっと強い。
可能なら、こっちの男を奇襲で葬りたかった。
「下がっていなさい」
少女を下がらせ、刀を真っ直ぐ構える。
片手で構えると切っ先が揺れた。レイピアとはだいぶ加減が違うが、今は贅沢を言っていられる状況ではない。
剣術も、魔導ほどではないが人並み以上に努力して習得してきたが…私の戦いは、あくまで魔導ありきだ。
じり、じり、と間合いを図る。相手も同じようにしてタイミングを図っていた。
数秒後、近くの家屋が炎によって崩れる。その拍子に粉塵が巻き上げられ、一瞬だけ視界不良に陥る。
その瞬間、砂煙の向こうから、男が飛びかかってきた。
間合いに入る。
反射的に刺突を放つ。
切っ先が、敵の脇腹を引き裂く。正中線を狙ったつもりだったのに、大きく攻撃の軌道が逸れていた。
(――レイピアとは、勝手が違いすぎる!)
身を戻しつつ、再び刺突を放とうとするが、いかんせん、剣が重い。
東国オリエントでは、刀による、『突くこと』ではなく『斬ること』に重点を置いた戦闘スタイルが好まれている。
だから、この武器はそういう構造なのだ。突きを設計の中心に据えて作られていない。
懐に飛び込まれる。首が狙われていると直感した私は、とっさに身を屈めた。
予感は的中し、頭上を斬撃が過ぎる。
生き死にの狭間が光って見える。
そのぞっとする輝きを追い抜くみたいに上体を上げつつ、距離を取る。だが、今度はそれが読まれていた。
半歩踏み込んでからの袈裟斬りが、この身に迫っていた。
無意識のうちに私は刀を横にして身を守った。
「ぐっ…!」
赤い火花が散る。手が痺れる。
レイピアだったら、確実に折れている一撃だ。
体ごと後ろに弾かれていたから、慌てて体勢を立て直し、追撃の手を休めない男の心臓目がけ、渾身の刺突を繰り出す。
カウンター気味の一突きが直撃する。今度は手応えがあった。心臓からは逸れていたが、肺を貫いたはずだ。
素早く剣先を戻し、大きく腕を引く。
絶命の刺突を放つ姿勢に入ったのだ。
大丈夫だ。
『悪人』を殺すのは慣れている。
今までだって、王国内の賊や間者、罪人を葬ってきた。
それが、魔導か剣術かの違いにすぎない。
私は、躊躇なく男の喉元を――いや、わずかにずれたが、首筋を突き破った。
生暖かい鮮血が私の顔にかかる。どろりとした鉄臭さが胃を刺激したが、気にしないことにする。
なぜなら、村を襲い、子どもを殺したり、奴隷にしようとしたりする『悪人』の血だからだ。つまり、家畜の血同様ということである。
私は刀を男の体から引き抜くと、すぐさま振り返り、先ほどの子どもの安否を気遣った。
…大丈夫だ。少女は腰こそ抜かしているが、そこに座り込んでいて動かない。
「動けるなら、どこか安全なところに隠れていなさい。まだ他に賊がいないか確認してくるから――」
突如、少女が私の後ろを指さした。
「ああっ!」
ハッとして、振り返る。
眼前には、最初に殺したと思っていた賊の姿。
しまった。殺し損ねていた。
武器のせい、いや、違う、油断した。甘かったんだ。
距離を取ろうと足を引くが、間に合わない。
斬撃を受けて、握っていた刀が明後日の方向に飛んでいく。
ゆっくりとした時間が流れた。
頭上に掲げられた刀に宿る刃紋が、炎に照らされて面妖に踊る。
「さ、『逆巻く紅蓮よ…』、っ」
とっさに、魔導を使おうと左手を伸ばす。だが、もちろん何の反応もない。光の一片すら瞬かなくなった。
刃が今、我が身に振り下ろされんという瞬間、一つの影が私の前に飛び出てきた。
私は刃がその影を斬りつけ、横倒しにしたときも、何が起こったのか分かっていなかった。
パッ、と血が舞う。
ようやく、誰かが自分を庇った、と理解した直後、私はまた予想だにしないものを目の当たりにする。
白く細長い、蛇みたいなものが、死に損ないの男の前で鎌首をもたげる。
それはよく見ると、白い紙が束ねられてできている物体だった。
紙の蛇は素早く男の体に噛みつくと、勢いよくねじり倒し、そのまま息の根を止めてしまった。
見たことのない魔物だった。いや、魔物なのか、これは。
「これは驚いたのぅ」
ふと、背後からのったりとした声が響いた。
振り返って見てみると、オリエント人らしい着物を着た女が立っており、片手を伸ばしたままじっとこちらを観察していた。
「銀の髪に、うむぅ、赤い瞳…」
桜色の口紅が塗られた唇が、スローで動いて言葉を生み出す。
「間違いなく、同胞ではないのぉ。お主、エルトランド人か」
奇妙な口調と格好をした女が、私に近づいてくる。
逃げるべきかと逡巡するも、もうその暇はないことに気づく。
四方を、武器を持ったオリエント人に囲まれていた。
彼らの中には、被害に遭った村人を支えて歩く者だったり、亡骸を抱えて涙したりしている者もいた。
誰も彼もが怒りと悲壮にみなぎっている。そして、それは私にも向けられている。
理由など考えるまでもない。
私がエルトランド人だからだ。
「これ、やめんか」
妙な口調の女が呆れたふうに言った。
「お前たち、その目は節穴か?どこをどう見てもこの村を襲ったのはそやつではなく、そこらに転がっている我らが同胞じゃ」
女の言葉で、怒りをみなぎらせていた人々の私への視線が弱まる。年若く見えるが、どうやら彼らの中では権力者らしい。
「詮無い憎しみを燃やすより」と女が顎で私のほうを差す。「はよう、その子の手当をしてやらんか」
その子の手当――私は、ハッとして自分の盾になった人間を凝視した。
「ど、どうして」
ぐったりして横たわっているのは、黒い瞳と髪を持つ少女。
「私のことを…」
庇ってもらった感謝の気持ちなど微塵もなかった。私はそれより、まだ会って間もない自分のために命を擲つ彼女のことが心底不思議でならなかった。
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