業ある帰還.3
リリーの取った行動が正しいものだったのか。
みなさんはどう思われますか?
何はともあれ、お楽しみ下さい。
赦しも裁きもしない、どこまでも命令に忠実なだけの鴉。
それがレイブンという人間であることを私は忘れていた。
レイブンは私に決めろと言っている。
きっと彼女は、私がどんな選択をしても咎めないが、その一方で、私が決断に言い訳を添えれば無感情な顔で、『お嬢様が決めたことではないのですか?』と尋ねるだろう。
(レイブン…ええ、そうよね…私が『赦すな』と言ったのよね…)
そのとき、きぃん、と鉄同士を打ち合わせる音が聞こえた。
二人の兵士の頭上で交わった刃。処刑前の伝統的な所作だ。
もはや、一刻の猶予もなかった。
鴉は、私に決めろと告げる。
他の者たちは、沈黙を保っている。
“彼女”も――アカーシャ・オルトリンデもまた、彼岸の向こうで赤い花を撫でるばかり。
(――決めるのは、私)
胸に去来するのは、父と母の思い出。
寡黙だけど、魔導の鍛錬に物心つく前から付き合ってくれて、私に貴族としての誇りや強さを教えてくれた父。
常に優しく慈しみ深く、私に真っ当な愛と光を与え、人間としての在り方を教えてくれた母。
すばらしい両親だ。でも、私はすべての物事には必ず裏面があることを知ってしまった。
貴族としての地位と財力を捨てきれず、保身のためにストレリチアへの反感を示すことをやめ、私を見捨てたエヴァン・オルトリンデ。
人との衝突を恐れ、自分の意見を殺しては常にすすり泣くことでしか自分を慰められず、娘に降りかかる運命を受け入れるだけだったイリア・オルトリンデ。
愛する両親だが、憎しみもある。芽生えてしまった、肉親への恨み。
その頭上に今、鈍い輝きを放つ二本の剣が掲げられた。
それらを見つめながら、私はふと考える。
(人の全部が、善か悪かで二分できればいいのに…)
そうすれば、苦しむことはなくなる。
愛するか、憎むか。
傷つけるか、守るか。
信じるか、信じないか。
たったそれだけで、世界の色を分けられる。
きっとそこは疑いのない、美しい世界になるだろう。
(でも…やっぱり、私は…)
最期の瞬間を悟った両親が顔を上げ、その目で私を捉えた。
『ごめん』『すまない』
血色が悪くなった唇が、響きは違えども似たような言葉を無音のままに紡ぐ。
私の心は…それだけでもう十分だと、思ってしまった。
空気が、肺に流れ込んできた。
澄んだ、酸素だった。
まるで、今まで死んでいたものが蘇ったみたいな…。
「レイブンッ!」
張り裂けんばかりの声で、私の翼の名前を呼ぶ。私一人では届かなくても、彼女がいれば、まだ届くと分かっていたから。
「承知致しました」
そしてレイブンも、その呼び声に対し一瞬の遅れもなく答えた。
まるで、私が出す答えを知っていたかのように。
雷が落ちたみたいな、バリバリッ、という炸裂音。
謁見の間に大きく広がったのは、黒く澱んだ翼。
それは動揺を隠せないエルトランド側の人間の目を引きつけ、確かな猶予を私にもたらした。
私は駆け出す。
合理性だとか打算だとか、リスクリターンだとかを踏み越えて。
ただ、心が望んだままに。
「や、奴は、なんだ!?」
ドイル王や側近の兵士は、もはや異形とも呼べるレイブンの姿に注意を奪われ、居合の構えのまま加速して間合いを詰める私への反応が一歩遅れてしまっていた。
「何!?く、来るか、アカーシャ!」
ドイル王が腰の剣を抜く。派手な装飾の剣だが、その腕は飾りではない。彼もまた息子同様、屈指の剣術家だ。
しかし、私は彼の横を素早くすり抜けると、父と母の脇で呆然とレイブンを見つめている兵士たちに狙いを定めた。
そして、私はそのまま雷光一閃、抜きつけを放って一人を葬り、続く二の太刀でもう一人の喉元を食い破る。
無論、彼らだって王直属の兵隊。本来は決して容易く撃破できる相手ではないのだが…私をどこへでも連れて行くと言い切ってみせたレイブンが注意を引いたおかげで、呆気ない幕切れとなったのだ。
ぴしゃっ、とかかる返り血。それは私の顔やドレスも汚したが、すぐそばにいた父と母の顔も赤く汚した。
「…無事ね」
信じられないものを見る瞳で、父エヴァンがこちらを見上げ、ぼやく。
「あ、かーしゃ…」
背後では意表を突かれたドイル王が、「やはり裏切ったな、アカーシャ!オリエントの雑兵ども!」と叫び、城中から増援を呼んだ。
多勢に無勢の戦いがまた始まる。しかも、今度は救援も見込めず、自分のエゴにレイブンやサザンカたちまで巻き込む形となってしまっている。
アマツ女王やワダツミの信頼を破る行為。この私の行動一つで、戦争が終わらないことが決まってしまったかもしれない。
「助けてくれなかった相手を助けるなんて…馬鹿、みたいよね…」
だけど…私が両親に向けふっと漏らした諦めの微笑みは…どうしてだろう、久しぶりに心の底から生まれた笑みのような気がしていた。
「でも…やっぱり私にはできなかったわ。だってそうでしょう…?ここで貴方たちを見捨てたら、本当に“あの子”が報われないもの」
見捨てられる恐怖と失望、そして最期に檻の中へ訪れる絶望。
それと最後まで戦い、抗った果てに逝ってしまったアカーシャ・オルトリンデ。彼女の苦しみを思えば、同じ悲劇を繰り返すことだけは私が耐えられなかったのだ。
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