死告鳥のさえずり.2
続きは夕方に更新致します!
奴隷博物館への正面攻撃は、何の狂いもなく、苛烈な衝突、という予定調和のまま始まった。
博物館への正門へと至る道中には、蜘蛛の巣みたいな塹壕が張り巡らされており、その中には警備兵が何人も駐在していた。
初めのうちは奇襲気味の攻撃だった。だからこそ、私たちオリエント側の攻撃にまともな対応もできないまま倒れていったのだが、数十分もすれば、敵の動きが変わってきた。
まず、陣を組んで防御に徹するようになった。おそらくは、そうすることで博物館から増援が来るのを待っているのだろう。攻めて崩すにはリスクが付きまとう状況になったが、沈黙や躊躇は死の道標となることが分かっていたため、私たちはがむしゃらに攻撃を続けた。
「止まらないで!死ぬ気で行くわよっ!」
もういくつ超えたかも分からない防衛地点の一つに突入すれば、また四、五人の傭兵が陣を組んで現れる。
戦力の分散はあまりに危険だと判断したため、私が先頭を、ワダツミが殿を務めて百人単位の軍勢を動かす。数だけ見れば終始有利と思われるかもしれないが、実態はそうではない。
塹壕は狭く、先頭に配置できる味方の数は同じく四、五人程度。縦に長く伸びた形になっているから、塹壕の上や後ろから追撃、挟撃を受け、私たちは火の手から逃れるネズミの如く慌ただしく、そして、死の恐怖に支配されていた。
「リリー!」少し後ろから、フウカの声がする。「と、止まって!仲間の治療が追い付かな――」
「絶対に駄目ッ!」
一番槍を務め、荒々しくも研磨された傭兵の袈裟斬りをかわしながら、私は太刀を横一文字に払う。その刃が敵の腸を引きずり出したのを確認することもせず、続いて後ろの相手に二連片手突きを放ち、その命の盃をひっくり返す。
「今止まれば、みんな死ぬわ!戦えない者は置いてゆきなさい!」
「でもっ!」
「フウカっ!これは戦争なのよ、うだうだ言わず、私の言うことを聞きなさい!」
踏み越えなければならないのは、敵の骸だけではない。方々から繰り出される攻撃によって息も絶え絶えな、半死半生の味方の体もそうだった。
「…っ!」
フウカが何も言わなくなった。納得したのではない、飲み込んだのだ。
また一つの防衛地点を越えた。私も、私の味方の誰もが血まみれだ。
だが、それでも終わりは見えない。まるで私の歩んでいる道のようだ。
どれだけの骸を踏み越えても、どれだけ自分を殺しても、先が見えない。青い暗闇は濃ゆく、苦しみは永劫に渡る。
「まだ塹壕から出られないのか…!」とそばから声がした。横目で見やれば、スズリがいた。
この激戦の最中、彼もまた初めから最後まで私と共に先頭付近にいる。傷だらけだが、致命傷は負っていない。彼のおかげで私も比較的ローリスクで立ち回れているというわけか。
「泣き言はいらないわ、スズリ」
名前を呼ばれて驚いたのだろう。彼は目を丸くしたまま、駆ける私を見返す。
「貴方の信じる“道徳”と“誇り”とやらで同胞を檻から出すまでは踏ん張りなさい。死ぬのはその後よ」
「お、お前は、どこまでも嫌味なやつだな」
「ふん――次、来るわよ!」
一つ、また一つと防衛拠点を越え続ける。その数が三十を越えた辺りで、ようやく博物館前へとたどり着いた。
正面には大きな鉄製の門。まだ開かれておらず、その右脇から敵がひっきりなしにあふれ出てきている。
「邪魔よっ!」
私はその先頭目がけて、納刀していた太刀を一閃、抜刀した。
不可視の一撃を浴びて絶命する敵の後続に狙いを定め…地を、蹴り上げる。
袈裟斬り、次の標的に移り、今度は逆袈裟、そしてまた一人と間合いを詰め、刺突。
「どうしたのかしら、さあ、かかって来なさい!」
タイミングは完璧だ。まだ、気力もある。ここで一つ、敵の気勢を削ぐべきである。
「私はアカーシャ・オルトリンデの亡霊、リリー・ブラック!同胞たちの血で華を咲かせるためにここへ舞い戻った私を、止められるものなら止めてみなさい――花の養分にしてあげるわっ!」
声も高らかに宣言すれば、敵はおろか、味方も一瞬、動きを止めた。だが、ややあって近くにいたスズリが咆哮を上げると敵数人へと目がけ突貫し、男にしては長い髪を揺らしながら、苛烈な勢いで打ち倒した。
「リリーに続くぞ!オリエントの勇敢なる兵士たちよっ!」
彼の一声で、味方の士気が跳ね上がる。私にはできない真似だ。
私もその勢いに乗じ、敵を絶え間なく薙ぎ倒す。時折、石畳をえぐる衝撃波や肉を焦がす火焔、肌を裂く突風が起こったが、魔力が織り込まれたこのドレスが致命傷は防いだ。
敵に囲まれないよう、オリエントの兵と背中合わせに陣を組む。それがたまたまスズリだった。
「まだ、死んではいないようね…!」
「無論だ!後続のワダツミ様があと少しで追いつかれる。そうしたら、中へと突入だ!」
なるほど、作戦はきちんと聞いていたらしい。
「ええ、そうしましょう。それまでは、せいぜいお互い死なないことを祈るだけね」
「ふん、そうだな!」
私たちは、ばっ、と弾かれたように背中を離し、再び敵へと向かった。
奴隷博物館に攻撃を開始して、すでに一時間ほどが過ぎていたのだが…私たちは誰一人、塹壕を越えた遠くの地平線に、ゴルドウィンの旗を掲げた一団が近づいていることに気づいていないのだった。




