鳥籠にて.4
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「で、策というのはなんじゃ」
昨日の憤りを引きずっているらしいワダツミが、私やリリーに背を向けたままで不機嫌そうに尋ねた。
「まだ怒っているのね、昨日のこと」
そう答えたのは我が主、リリー・ブラックである。
「当たり前じゃ。儂にもメンツがある。あのように衆目の前で煽られたら躍起にならざるを得んことくらい、お主にも理解できるじゃろう?なぜ、わざわざ嫌われるような真似をする?」
意外にも、ワダツミが頭にきているのはリリーがワダツミを煽ったことというよりも、場所を弁えなかったことについてらしい。たしかに、日頃喧嘩しているのかと思うようなやり取りが絶えない二人だから、気にしない塩梅というのが分かりづらいのだが…。
「いいじゃない。私は嫌われているくらいがちょうどいいわ」
「お主というやつは、どこまでそう――」
「ワダツミ」不意にリリーがワダツミの言葉を遮る。「私が話に来たのは、そんな詮無いことではないわ」
本題へと移らせろと示すリリーに、ワダツミは苦虫を噛み潰したような顔をするも、部屋の窓枠に腰かけて外を眺めていたサザンカが、「姫様、意地を張ったリリーはテコでも動きませんよ」と冗談交じりに言ったことで諦めた様子で片手を出し、話を促した。
リリーは感情の読めない微笑を浮かべてサザンカを見やると、嫌味っぽくドレスの裾を持ち上げて一礼してみせる。
「そういう仕草、似合っていますね」
「あら、ありがとう。心優しき暗殺者様」
どこまで本気か分からないサザンカの言葉にリリーが嫌味を返せば、珍しくサザンカが目を吊り上げて怒りを露わにした。
「放っておけ、サザンカ。そやつは嫌味を口にし続けんと死ぬ病に罹っておる、哀れな女じゃ。それよりも、将を呼んできてくれ」
「…はい」
やがて、ワダツミの言葉に従ったサザンカが他の主要なメンバーを作戦会議室に連れてきた。そのうち三分の一ほどはすでにリリーのことを受け入れているが、他の三分の一は未だに無関心で、残りが未だに敵視しているといったところだった。
そんな状況だから、リリーが呼びつけたとなっては苛立ちを表に出す者もいる。特に、オリエント軍の正規将兵の一人であるスズリという若い男は、ギラギラとした瞳でリリーを睨んでいた。
「リリー・ブラック。あまり我々を私兵のように扱うのはやめて頂きたいな」
同調するように何人かがリリーを睨む。すぐにワダツミは止めようとしたが、リリー本人の間髪入れない反論に遮られた。
「あら、そんなつもりはないわよ?私はただこちらのアイデアをお話しようと思っているだけ。あまり好戦的になられると、私もワダツミも困るのだけれど」
「…ふん」
どの口が、と眉を曲げていたワダツミだったが、そのうち諦めた様子で肩を竦め、リリーに向かって話をするよう片手で促した。
「ふふっ。いいわ、お話しましょう」
それを受けたリリーが艶やかに笑う。
こういう笑い方をするとき、だいたい周囲が眉をひそめるような話が始まる。これは私の勝手な想像だが、ああして笑うことで彼女なりに何かスイッチを切り替えているのだろうと思う。
その後、リリーは十分ほど時間をかけて次なる計画を語り始めた。冒頭ですでに一同は非難の声を上げ、論外だと口々に罵ったが、構わずリリーは話を続けた。ワダツミが止めなかったのだ。
話の全てが終わる頃には、一同、逆に静まり返っていた。リリーが提案した作戦の大胆不敵さによるものだろうが、それだけではない。みんな、きちんと主君であるワダツミの言葉を待っていたのだ。
「…一つ、聞かせてもらってよいか、黒百合」
衆目が集まる中、ワダツミが真面目な顔つきで言った。
「どうぞ。なんなりと」
リリーが銀髪を揺らしながら顎を上げる。挑戦的な態度だ。
ちらり、とワダツミが私のほうを向く。私はそのときの彼女の瞳が…何か、哀れむような、試すような色をしていたのが気にかかった。
「お主まで、レイブンを道具扱いするつもりか」
「そう在りたいと願うのは、私ではなくこの子よ」
反射的な切り返し。リリーは本当に口がよくまわる。
「かつての主人の命令を信じ、私の剣となり盾となり、翼になる。そう、この子が望むのよ」
「まともな教育を受けておらんだけじゃ。それを知る儂らには、人間としての在り方をレイブンに教える義務があるのではないか?」
「ノブレスオブリージュ(高貴なる者の務め)?」
奇しくも、いつか、ワダツミがリリーにした問いと重なっていた。
「ふふっ、あえて言いましょうか?――下らないわ、そんなもの」
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