鳥籠にて.3
1500文字程度の短い文章になっていますが、のんびりとお楽しみ頂けると幸いです。
祖国の肌寒さを覚えた私、リリー・ブラックは、夜更けに目を覚ましてむくりとベッドから身を起こした。
隣では、翼の生やし方を練習し始めたレイブンがスヤスヤと眠っている。大人になりかけている雛鳥の安らかな寝顔に、私はすっと目を細め、その柔らかな髪を撫でた。
「…ん」
身じろぎされる。起こしたかと不安に思ったが、すぐに彼女は規則的な寝息を立て始めた。
そのままレイブンを起こさないよう寝台から降りる。そして、ランタンのスイッチを入れ、太刀を腰に佩くと仄かな明かりを頼りにして自室から外に出た。
砦の中は場所によっては篝火などのおかげで明るいが、だいたいは薄暗い。そのせいで、夜闇を亡霊みたいにして歩く私の姿を見た見張りの兵からぎょっとされることもあった。ただ、赤黒いドレスを見て私であることに気がつくと、深く頭を下げてくれる者もいた。すっかりオリエント人の中に溶け込んでしまったものである。
私は独り鳥籠の中庭に至ると、手ごろなベンチを見つけて腰を落ち着ける。つい先週、血の代償を払って手に入れた場所とは思えないほどの静寂がそこには満ちていた。
天を仰ぎ、見つめるのは月。
眠れぬ夜に月明の美しさを讃えようと思ったわけではなかった。
満天の星と共に昇っている月は、半月前ほどから薄紫色に染まっていた。
いつもは黄金の輝きを落とす月がこんな不気味な色に染まるなど、異常なことである。それにも関わらず、私は不思議と『やっぱりそうなのね』と抵抗なく受け入れてしまっていた。
理由は簡単だ。ストレリチアが、神託の巫女が予言していたから。
「…あの子の言ったことが、現実になった」
私は頭の整理をするべく、独り言を口にする。
「ストレリチアは、嘘を吐かない。あの子の予言はやっぱり外れない…」
天変地異を予言し、自身に降りかかる剣や魔導、蹴り技の連撃すらもかわしきってみせるストレリチア。
「だとしたら…」
一か月前、ウォルカローン砦でストレリチアは言った。
『未来ですよ。アカーシャ様。世界が、国が、息づく命が、そして――貴方が、死ぬ未来です』
それが視えているのだと。予言的中率百%をほこる神託の巫女が、そう言ったのだ。
「…私が死ぬ未来…」
気づけばそんな呟きを漏らしていた。
途端に、ぞわりとした悪寒が背筋をつたう。
そうして確かに感じた死の予言への怯えに、私は歯噛みするほどの情けなさと悔しさを覚えて拳を握りしめた。
「…死ぬことなんて…今さら、怖いものですか」
ストレリチアは言った。
もう二度と会えなくなること以上に怖いものなんてない、と。
私はそうは思わない。
「一番恐ろしいことは、流れ出た血が無駄になってしまうことよ」
震える拳を無理やりこじ開けた私は、長い吐息と共に立ち上がり、腰に佩いた太刀の柄に手をかける。
刹那、きぃん、と鞘滑りの音がして、白銀の光を残した三日月が私の目の前に現れる。その誇り高い輝きに、心が静まっていく。
エルトランドの同胞が、心優しき友が、一度は愛した者が、そして、同胞や故郷のために戦うオリエントの戦士たちの命が失われた。これはもう、何も為さずに済ませられる犠牲ではない。
「死の未来も、罪悪感も、誰かの悲鳴も灰燼も屍も孤独もすべて…私を立ち止まらせる理由には値しない…!」
冷たい風に揺られ、銀髪がふわりと舞い上がる。その拍子に見えたのは、罪で染まった赤い瞳。
「貴方の思惑がなんだろうと、何を知っていようと関係ない…この争いの幕切れは、貴方を崇拝し、奴隷制を良しとするエルトランド政府の滅亡でしか起こりえないわ」
だから、待っていなさい。ストレリチア。
そして、数多の思い出ある故郷、同胞たち。
「たとえ…受けるべき報いがあって、私の向かう先が地獄だったとしても…」
私の呟きは、不気味な夜の静謐と、誇り高い孤独な刃に吸い込まれていく。
頭の中で響いていた声は、もう聞こえなかった。
次回の更新は明日になります。
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