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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
三部 一章 鳥籠にて

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鳥籠にて.1

 ウォルカローン砦の一戦から一か月、砦を立ってからは三週間程度過ぎた今、エルトランド王国と東国オリエントの戦争は、加速度的にその苛烈さを増していた。


 首都フルールズを目指すオリエント軍と、そうはさせまいとする首都周辺所領の公爵たちによる防衛。まさかオリエント側から攻めて来るとは思ってもいなかったらしいエルトランド側の対応は遅れ、致命的なまでにオリエント軍を領土の懐に入れてしまっている。


 もちろん、侵攻が電撃的になった理由はそれだけではない。


 まず、オリエント側の士気が侵攻に伴って酷く高まっていったことが挙げられ、その原因としては、エルトランドで同胞たちが奴隷として惨い扱いを受けていることを自分たちの目で見て、聞いて、理解

してしまったからだ。


 他人から聞かされて知っているだけとは話が違う。その影響で、誰もが正義の執行者になっていくし、時には残酷な悪魔にもなっていった。


 それからもう一つ、大きな理由があるのだが…。


「リリー、今回も大手柄だったそうで!」


 首都から数十キロ離れた位置にある、鳥籠(私たちニライカナイが独力でエルトランド軍から奪取した小規模の砦のことだ)に戻った私たちに向かって、医務室から顔を出したフウカが声をかける。


「たいしたことはしてないわ」


「またまたぁ」ぽんぽん、とフウカがリリーの肩を親しげに叩く。「ごーるでぃん?とかいうやつの鼻っ柱、へし折ってあげたんでしょ?」


「ゴルドウィン。目の前の敵の名前くらい、正確に覚えなさい。フウカ」


 フウカはリリーの指摘など馬耳東風で、「そうそう」などと頷いてみせる。


 ゴルドウィン公爵というのは、オリエント軍がエルトランド国首都、フルールズに踏み入るために突破しなければならない平野に陣を敷いている貴族である。


 リリー曰く、奴隷制を強く推し進めた貴族の一人で、彼の領地では人種を問わず数多くの奴隷が鎖に繋がれているらしい。


「えへへ、リリーの評判もうなぎ上り。今じゃリリーのことをエルトランド人っていう理由だけで目の敵にする人もほとんどいないし!私も鼻高々だよ」

「そう。でも残念、興味ないわ」


 リリーはつん、と淡白な口調でそう言い残すと、まだ話し足りなそうにしているフウカを置いて自分の部屋へと戻ってしまった。


「ちぇ、最近のリリーったらノリが悪いなぁ。レイブンもそう思わない?」

「…お嬢様もお疲れなんだと思います」

「ははぁ、さすがはリリーのパートナー。お優しいことで」

「フウカさん、私はパートナーではなくてどれ――従者です」

「はいはい」


 ぽん、と頭を撫でられる。話を聞いている様子はない。


「ま、リリーが頼りになるのは間違いないんだけどね…あ!レイブンも、とっても頑張ってるって聞いたよ?もう衛生兵の私なんか、全く相手にならないくらい強くなったね」

「はぁ」


 頑張っている…というのは少し妙な表現だと私は眉をひそめる。


 強くなったのは自分でも実感があるし、そのための努力だって欠かしていない。リリーの戦いが日に日に苛烈になっていく以上、私には力が必要なのだ。


 つまり、何が言いたいかというと…私は生きるためのたった一つの道標である、『リリーを守る』という命令に従って行動しているだけなのだ。頑張っている、という言葉は違和感がある。


 命令を守るために、私は命を踏み台にしている。


 生きるため、自分が自分であるために行動すれば…とどのつまり、そこに行き着く。


「あの、フウカさん」


 ふと、私は疑問を抱いて口を開いた。


「なぁに?」

「人の怪我を治しながら生きているフウカさんにお聞きしたいのですが、そうしていて、何か疑問を抱くことはありませんか?」

「大げさだなぁ、っていうか、疑問?」

「はい」


 私が間髪入れずに頷けば、フウカは少し不思議そうな表情を浮かべた。しかし、私が真剣な目で自分を見つめていることに気がつくと、ほんのちょっとだけ困った様子ではにかんだ。


「いつまで続くんだろ、っては思うかなぁ」

「それだけですか?」

「え?うぅん…」

「例えば、どうせ壊れるのに、治すことに意味があるのか、とか」


 その言葉を耳にした途端、フウカの顔色が変わる。


「あるよ。絶対にある。あのね、私はみんなが死なないためにやってるんだもん。あと、壊れるとか…物じゃないんだから、言わないの」

「…はぁ」

「レイブン」


 フウカが私の両肩に手を置き、視線の高さを合わせた。こうして同じ目線で見る彼女の顔は、私が知っている以上に大人びて感じられた。


「生きていること以上に、価値のあるものなんてないんだよ。レイブンは自分のことをモノだとか、消耗品だとか言うけど、そうじゃないんだって。――こら、そんな顔しない。リリーから散々言っても納得してくれないことは聞かされるけど、とにかく、人間、生きているほうがいいの」


「ですが…誰しもがいつかは死にます」


 そうだ。あの人が、リリーの仇敵であるストレリチアも言っていた。


 誰しもに生きる権利がある一方、死ぬ運命からも逃げられないと。


「それでもだよ。それでも、少しでも長く…人は生きていかなきゃいけないよ」


 フウカの面持ちには、寂しさや痛みが見える。そういえば、オリエントの辺境に住んでいた彼女も、賊のせいで家族を失っていると聞いたことがある。


 でも、やっぱり私には彼女の言うことがピンとこない。


(これが…お嬢様の言う“生者のエゴ”なんだろうか…?)


 フウカの考えていることと私の考えていることが違う以上、話はいつまでも平行線をたどるだろう。別に考えの違いをぶつけ合いたいわけではなかったから、私はとりあえず頷いてから、ふと思い出したことを口にし、話を変えることにした。


「そういえば、ストレリチアさんもそんなことを言っていました」

「ストレリチアが?」

「はい。砦で戦ったとき、『もう二度と会えなくなること以上に、怖いことなんてない』、そう言っていました」


 フウカは、「へぇ」と少し感心したふうに声を上げた後、一転、暗い顔になって、「それが分かってても、やめられないもんかなぁ」と人の業を嘆いてみせるのだった。



 怪我人の治療に戻ったフウカと離れた私は、リリーがいるだろう作戦会議室に移動した。


 会議室は鳥籠と呼ばれる砦の中心部一階にあって、その真上には居住地区が広がっていた。


「ゴルドウィンはクズの筆頭。そんなことをすれば、間違いなく捕虜やそのへんの奴隷に対して見せしめ行為に出るけれど、いいのかしら?」


 触れれば切れそうな冷たい声音を発するのは、私の主であるリリーだ。戦いの疲労を感じさせない平常通りの立ち振る舞いには、彼女の性格が投影されているような気がする。


 対して、その言葉の先にいるのはニライカナイリーダーであり、オリエント国王女のワダツミと、そのお付となったサザンカ、他主要メンバーたちだった。


「ぐぬぅ…それはよくないのぅ。兵士たちの統率が乱れる可能性があるし、なにより、同胞たちの血を流さんにこしたことはない。んん…娯楽施設ばかりの奴の本拠地を叩き潰す、悪くない作戦と思ったのじゃが」


 大きな執務机に向かって座るワダツミが頭をガシガシとかいてそう言うと、リリーは鼻を鳴らして立ったまま机に両肘をついた。


「あら、いいじゃない。オリエント側の士気は上がるわよ?もしかすると、そのままゴルドウィンの屋敷まで叩き潰せるかもしれないわ」

「このたわけ。冗談でもよさんか」


 間を置かずして、不謹慎なことを口にしたリリーをワダツミが責める。ここ最近、よく目にするようになった光景だ。


「最小限のリスクで、最大の損害を。戦術の鉄則でしょうに」

「よせと言ったんじゃ。全く…」


 ふふ、と不敵に笑うリリーを眉をひそめて睨んでいたワダツミが、そのうち、入口に私が立っていることに気がついた。


「おぉ、レイブン。お主もよく戻った。なかなかの活躍だったようじゃのう」


 ぺこり、と頭を下げてリリーのそばに近寄る。リリーはそんな私を見て、軽く指先だけで頭を撫でてくれた。


「ワダツミ、貴方にはレイブンのことでも感謝しているのよ」

「なんじゃ、藪から棒に。皮肉なら聞かんぞ」

「やだわ、もう。貴方がレイブンの才能を見抜き、教育を施すことを決めてくれたから、こうしてこの子は優秀な殺戮者に育ったんじゃない?」


 たおやかな指が私の輪郭を撫でる、その心地よさに目を細める。


 私のかつての主人、テレサ・バックライト夫人もこうして私のことを撫でてくれていた。ただ、夫人は私の物覚えの良さを誉めてくれることはあったが、その努力の結果を誉めてはくれなかった。


 リリーのほうが夫人と比べ、私の研鑽を認めてくれる。それは事実だった。まあ、だからといってその大事さに優劣がつけられるわけではないが。


「ありがとうございます。お嬢様」

「貴方自身の努力の賜物よ」


 一方、リリーに褒められて嬉しくなっている私と違って、ワダツミは何か酷く苛立った表情でこちらを睨んだ。


「出て行け、黒百合。皮肉は聞かんと言ったぞ」

「まぁ、怖い。事実だからお礼を言っただけなのに」


「黒百合」じろり、とワダツミの黒い瞳がリリーを貫く。「二度は言わん。ここにおるオリエントの戦士たちがお主を引き裂く前に、さっさと消えんか」


 なにやら、酷く不穏な空気だ。


 ワダツミが誰のために、そして、何のために憤っているのかは分からないが、サザンカを除いたその場にいる全員が目くじらを立てているようだったから、きっとリリーと私がずれているのだろう。


「はいはい、そうするわ」


 肩を竦めたリリーはくるりと美しくドレスの裾を翻すと、会議室の敷居をまたいだ。だが、完全に出て行く直前で肩越しに一同を振り返ると、艶やかな唇をゆっくりと動かしてこう言った。


「お互い、業が深いわね。強がる心を慰めてほしいときは言いなさい。抱きしめてあげるわ」


 ぐわっ、とワダツミの顔が赤く染まる。怒りか恥辱かは分からないが、リリーはそれが自分にぶつけられるよりも先に部屋を出てしまった。

次回の更新は明日になります。

よろしくお願いします!

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