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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
二部 五章 未来を知り、未来を語る者

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未来を知り、未来を語る者.3

これにて五章は終了です。

残すところはストレリチア視点のエピローグのみになっていますが、ご興味のある方はそちらまで読んで頂けると嬉しいです。

それでは、お楽しみ下さい!

 ストレリチアとの戦いの数日後、ウォルカローン砦では、静かな時がようやく訪れつつあった。


 負傷者、死傷者が数多く出た戦いだ。死ねば仏ということもあり、敵味方問わず、ワダツミの言葉に従って死者は近くの山に埋葬した。オリエント人の亡骸は祖国に帰すべきだ、という言葉もあったが、海の見える場所なら、そこが祖国だというニライカナイのメンバーの言葉もあって、彼らは海岸線沿いに葬った。


 私とワダツミは軽傷だった。あの地獄のような状況でそれで済んだのは、互いに優秀な従者のおかげだ。



「…儂は時々思うんじゃ」


 戦いのすぐ後、ベッドに寝かされたサザンカとレイブンを見つめて、ワダツミがぼそりと言った。


「王族じゃとか、貴族じゃとか…そういう立場に生かされておる儂らは…何が偉いのじゃろうか?そう生まれついただけじゃぞ?神様の悪戯じゃ。儂らはなんもえろぅない。それなのに…どうしてこやつらは、こうまでして儂らを守る?その価値が、果たして本当に儂らにあるのかのぅ…」


 ワダツミにしては珍しい弱音だった。だけど、それを馬鹿馬鹿しいと切り捨てることはできなかった。なぜなら、私だって同じように思うからだ。


「…分からないわ」


 俯いたままぼやく私の言葉に、ワダツミが肩を落とす。


「じゃよのぅ…」

「でも、その価値を作り出す義務はあるのでしょうね」

「義務、か…」

「ええ。だから貴方は…ワダツミは、王族としてその義務を全うなさい。王族の価値や在り方を悩み続ける貴方には、きっとそれができるわ。私には、もうできないけれど…」


 それを聞くと、ワダツミは少し驚いた顔をしてから、元気を取り戻した様子でシニカルに微笑む。


「ぬふふ…よいのぅ、お主は肩の荷が降りて」


 忌々しい物言い。はだけた着物から見える白い肌も、やたらと魅惑的で目障りだった。


「はっ。貴方もこっちに来るといいわ。新しい名前は私がつけてあげるわよ?そうね、キモノビッチなんかどう?」

「着物ビッチ?なんじゃ、それは。どういう意味じゃ」

「自分で調べなさい。後の王の役割よ」



 そうした件もあってか、今やワダツミは気概を取り戻しているように見えた。実際、オリエント本国にもすぐさま知らせを送り、軍の派遣を承諾させたという。


 とはいえ、油断はできない。全滅させ損ねた以上、いつエルトランドの兵がここに攻めて来るか分からないのだ。


 私はできる限りの情報や資源を手にしようと、砦の各所を周っていた。


 武器は潤沢だったし、幸いフォンテーニュ爵は周辺領民と親交も浅かったようで、そちらから砦陥落の情報が洩れることもなさそうだ。


 本国での出来事が少しでも分かれば…と漁ったエレクのデスクには、様々な益ある情報が眠っていたが、それよりも、机上に置いてある家族写真が私の心をいたぶった。


 写真の右半分には、若かりし頃のエレクとその夫人。緊張した様子で固まっている幼いルピナス。そして、左半分には…。


 私はぱたん、と写真立てを伏せて、強く目をつむった。


(…お父様、お母様…)


 高位の貴族であるオルトリンデ家。その両親と破顔している幼い私。


(今の私のことを…お二人はどう思われますか…――いえ、分かっています。恥辱の娘でしょう。己のエゴでストレリチアを咎め、暗殺までも目論んだ果てに処刑されかけている私を見て…お母様は泣いていましたし、お父様は冷ややかな瞳を向けられておりました)


 ストレリチアの舵取りを受け入れる道はなかったのだろうかと、今さらながらに考えてしまうことがある。意地だったのでは、と。子どもだったのでは、と。


(確かに、それも事実かもしれない。だけど…)


 父が毎日のように言っていた、オルトリンデ家の者として最も大事なこと。それは…。


「オルトリンデの名に泥を塗る者に容赦はするな――でしたね」


 やっぱり、あのときはそれしかなかったのだ。


「お父様…私はあのとき守ろうと思ったのです。オルトリンデの誇りを…貴方がストレリチアの求心力の前に手放したそれを…」


 運命の激流に押し流され、私は今、人と怪物の淵に立っている。


「…ふふっ…ご安心を…もう、オルトリンデの娘は本当の意味で死にましたから…」


 そうだ。私が私を強くするために、殺したのだ。



 一通りのところを巡った後、私はレイブンが養生している医務室へと向かった。


 以前のように意識が混濁することのなかったレイブンは、全身痛むようだったが、ベッドに横になっての会話ぐらいはできていた。だから、ここのところ毎日レイブンとチェスで遊んでやっていたのだが、今日はいつものベッドに彼女の姿がなかった。


「あら…?フウカ、レイブンは?」

「あ、リリー。レイブンなら『もう歩けそうです』って言って、見張り台で風を受けてくるって行っちゃった」

「風を受けてくる?」


 なんだそれは、と顔をしかめる。


「全く…動けそうなら私を呼びなさいと何度も言ったのに…。大人しく言うことを聞きそうで、まるで聞こうとしないのだからあの子は…」

「そういうところが好きなんでしょ?」


 唐突にフウカがそんな意味の分からないことを言ったから、私は口を『へ』の字に曲げて彼女を睨んでやった。


「あのね、フウカ。この際だから言っておくけれど、貴方何かおかしな勘違いしているわよ」

「大丈夫。大丈夫だって、リリー。エルトランドじゃどうかしらないけど、オリエントじゃ女同士なんて当たり前だから」

「いや、だから――」

「でもでも、元奴隷とその主人って、なんだか禁断の関係って感じ?うぅん、そのほうがロマンがあっていい気が…」


 駄目だ。まるで話を聞く気がない。


 私はこのニライカナイでも屈指のお喋り好きに呆れかえると、「勝手にしなさい」とだけ言い残して医務室を後にする。


 衛生兵でもあり、ニライカナイの良心でもあるフウカだ。いつも世話になっているぶん、多少のことは目をつむろう。


 砦の四方それぞれに設置された見張り台には梯子で上がる。さて、どこの見張り台にいるのだろうか、と勘で昇った先に彼女はいた。


 外は、思ったよりも風が強く吹いていた。風切りの音は激しいが、それでいて、優しい感じがする風だ。


 レイブンは、そんな風に吹かれる黒髪を片手で押さえ、空を舞う鳥を眺めていた。


(なんだか、話しかけるのがはばかられる雰囲気ね…)


 翼があっても、鳥籠の蓋が開いていても、空を飛べない鴉は、よくああして飛ぶ鳥を眺めている。


 羨ましいのか、それとも、哀れんでいるのか、尋ねる勇気は私にはない。彼女を鳥籠に戻してしまった私には。


「レイブン」


 どうにか声をかければ、レイブンがゆっくりとこちらを振り返る。


「お嬢様。チェスのお時間には少し早いと思いますが?」

「お馬鹿ね。そんなことよりも大事な報告があるでしょうが」

「大事な報告…?」


 こてん、と小首を傾げるレイブン。何か悔しいが、胸がきゅんとする愛らしい仕草だ。


「ええ、そうよ。体、だいぶ良くなったのでしょう?」


「あぁ」とどうでもよさそうに彼女は反応する。「一人で歩けるくらいには回復しました。ご指導の賜物でしょうが、以前よりもアレの負担が軽かったように思えます」


「アレ…ね。いい加減、名前をつけたらどう?」

「はぁ、名前ですか」

「いつまでもアレ、とか、例の…とかじゃ面倒だわ」


 レイブン本人は極めて億劫そうだったが、私の命令もあって渋々考え込む素振りをみせ始める。そして、たっぷり一分ほどして、レイブンが眉をひそめて私を見上げた。


「あの、リリーお嬢様。私の意見を言ってもいいでしょうか?」


 珍しい物言いに私は目を丸くする。自分の意見など、引っ張り出さないと口にはしないのがレイブンだからだ。


「まぁ、珍しいこともあるものね…いいわ。言ってごらんなさい」

「ありがとうございます」


 レイブンが律儀に頭を下げる。


「名前をつけてしまうと、私のモノになってしまいます」

「…私のモノ?どういう意味かしら。あの力は貴方のモノでしょうに」

「えっと…切り離せなくなる、というか…。そもそも、私は奴隷です、お嬢様。消耗品なんですよ。モノがモノに対する所有権を持つって、変だと思うんです」


 また始まった、と一転、私は不機嫌な顔をして自分の従者を睨みつける。


「はぁ…。レイブン相手に奴隷云々を指摘するのは無駄骨だと分かっているから、そこは無視して話をするわ。――あのね、それを言い出すと貴方が着ている服とか、食べる物とか、どう説明するのよ」


 私なりに論破するつもりで口火を切ったのだが、なかなかどうして、レイブンは手強かった。


「これらは与えられたものです。ですから、お嬢様から頂いたものは、正確には私のモノではありません。ですが、私が名前をつけてしまうと、それは私のモノだと思うのです」

「…よく分からない理屈だけれど、貴方が納得していないことは分かったわ」

「す、すみません。名前をつけろと命じて頂ければそうしますが…」

「いいえ。そんな命令は出さないわ。勝手に与えたつもりになるのは、私、もうやめたのよ」


 いつぞやにレイブンが言っていたことを反芻してみせれば、不思議と彼女は嬉しそうに頷き、私のそばに近寄ってきた。


 美しいオニキスの瞳が私を見上げる。その際、妙に緊張した心地になってしまったのは…きっと、フウカが余計なことを言ったからだ。


「お嬢様、ここからも海が見えます」


 そう言って彼女が指差すのは、オリエントとエルトランドを隔てる蒼海。


「空と海の色が混じって…とても綺麗ですね」


 面白味のない、人並みの感想だ。でも、それを口にできることが、レイブンという人間にとっては何よりもの幸福のように思える。


「ええ、そうね。どこまでも青くて、雲や波が彩る白も綺麗で…」


 私はそこまで考えて、ふと、その色からストレリチアのことを連想してしまった。


 ストレリチア。

 青い目をした悪魔のような女。神託の巫女。


 彼女は、私を通して何を見ているのだろう?


 私が死ぬ未来、と口にしていたが…もしや、その未来を変えるために…?


 いや、そんなはずがない。それなら、私をこんな苦悶の道へと投げ入れる必要はなかったはずだ。


 ストレリチアのやっていることは、やはり正しいようでいて、何かがおかしい。裏の意図があるのは間違いないし、それは人には言えないようなことなのだ。


 だが…。


(『世界を救わない結論』に至った…。あの子が?あの、救世主と讃えられている女が…?)


 考えれば考えるほど、分からなくなっていく。


 それでも、今はストレリチアの言う通り侵攻を続けるほかない。すでに賽は投げられている。


 それに…そうでなければ、アカーシャ・オルトリンデが死んだ意味もなくなってしまう。


「不思議な方でしたね」


 不意にレイブンが言った。誰のことかなんて、尋ねずとも分かる。


「…イカれた女よ」

「本当に思っていますか?」


 こちらの迷いを言い当てるような物言いに、私はムッとする。


「思っているわよ。だから、殺してやると言っているのでしょうが」


 すると、レイブンは私の苛立ちなど気にも留めないといった様子で返事をした。


「お嬢様があの方を殺そうとしたのは、国を傾けると思ったからだと聞きましたが」

「…そうよ。それで今は私が明確な意思をもってエルトランドを滅ぼそうとしている。皮肉な話よね。馬鹿らしいと思う?レイブン」


 本末転倒というか、結局、私という人間はエゴイストに過ぎなかったのだという真実を突き付けられて私は顔をしかめたのだが、彼女は相変らず青い海を見つめながら淡白な声を出した。


「いいえ。それだけ多くのものに触れて、見て、知ったのではないですか?さすがの私だって、奥様のところにいたときと比べれば考え方も大きく変わったものですよ」


 たしかに、奴隷だ命令だ、とずっと初志貫徹しているように見えるレイブンだが、実際は多くのところが変わった。


 他人と絡む時間も増えたし、学ぶ意志はますます強くなって、自ら教えを乞うといった行動も散見されるようになった。


 だが、私はそれを真っすぐに受け止められるほど純粋な人間ではなかった。


「そんな綺麗な理由じゃないわ。私は…ただ…」


 私はあらゆる人の血で濡れた手のひらをじっと見つめる。


 ジャンに始まり、サリア、フォンテーニュ爵とその夫人。そして、数多くの同胞たち。果てには、あんなことになっても私を案じてくれていたルピナスでさえ、殺そうとした。


「ただ…選んだだけよ。レイブン」

「それは、変わることと何が違うのでしょう?」

「お馬鹿ね、全く違うわよ」


 私はそう言うと、不思議そうな顔でこちらを振り向いたレイブンの頭を撫でていた。


 無意識ながらに出た行動。甘やかしているのか、甘やかされているのか、自分でも分からない。


 選択には、必ず後悔がつきまとう。


 これからも私は、リリー・ブラックという二度と剥がれない仮面を着けたまま、選ばなかったほうに思いを馳せては、際限ない『もしも』を繰り返すのだろう。


「…貴方は…私のようになってはダメよ、レイブン」


 私は物語の中に出てくる英雄たちのように、自分の信じた道を突き進んでいるわけではない。戻れない道を、落ちるように進んでいるのだ。


「反面教師にして育つのよ。そうすれば、きっと幸せになれるわ」


 私は、殺してしまった『アカーシャ・オルトリンデ』の供養のために、また誰かを救おうとしているのに気づいていながら、ひたすらにレイブンの頭を撫でていた。


「お嬢様は今、不幸なのですか?」

「…」


 私は何も答えられない。


 すると、不意にレイブンが私の手を取り、その頬に寄せた。


「やっぱり、お嬢様はいつも苦しそうです…」

「自分でそういう道を、選んだのよ。冷酷非道な悪の華になることを」

「…っ」


 レイブンが、物悲しそうに目を逸らす。本当に感情らしきものが分かりやすくなってきた。


「私がモノじゃなくて、お嬢様の苦悶を…上手に分かち合える『人間』だったらよかったのに」


 それを聞いたとき、どうしてだろうか、私は酷く切なくなって、とっさにレイブンの華奢な体を抱きしめていた。


「ありがとう、レイブン。その気持ちだけで、私は十分に救われるわ」

「…いえ、そんな」

「行くしかないのよね。レイブン。分かっているわ――分かっているのに、貴方の前でだけはどうにも情けない私を、どうか赦さないで頂戴…」


 赦すな、と命じられたレイブンはほんの少し躊躇を感じさせる動きで私を抱きしめ返すと、いつもより優しい声音で告げた。


「…はい。貴方だけを救ってなんてあげませんよ。…ずっと、見ています。お嬢様が選んだ道の果てを、そこに蔓延る苦しみを、痛みを…すべて。これまでしてきたように、これからも…私が…」


 脳裏に浮かんだのは、黒い鴉の目。


 勝手に終わりにすることを許さない、レイブンの目だった。

みなさん、お疲れさまです。


みなさんのちょっとした楽しみになれればと、執筆しておりますが、


一ミリくらいはそうなれているでしょうか?


何はともあれ、ご覧になって頂きありがとうございました!

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