雷撃の砦.1
四章のスタートです!
ここより戦闘描写が続きますので、食傷気味にさせたらすみません!
「な、なんだ、照明が――」
砦の一角を警備していた二人の兵士が四方を見渡しているうちに、みるみる辺りは暗くなっていく。
意思を宿したような黒い粒、つまりはサザンカのヤミテントウが部屋の光を飲み込んでしまったのだ。
その光景は外から見れば、さながら、黒い球体が出来上がっていくような感じであった。漆黒に染まる黒い球の外にいる私たちにはなんとなく中の様子が分かるのに、中からはそうではない。たしかに、これは暗殺稼業にはおあつらえ向きの魔導だろう。
次の瞬間には、困惑し、身動きが取れない兵士たちに向かって私とサザンカが躍りかかる。とはいえ、攻撃されていることにも気づかない彼らは、絶命の一撃を受けて容易く骸となってしまった。
「…作戦がはまれば、警備隊も呆気ないものね」
私は、左手に着けた赤いレザーグローブで太刀から血を拭き取りながらそう告げる。
「我ながら、ちょっとずるい気がしますけど」
「ずるい?」
苦笑するサザンカに対し、私は怪訝な顔を向ける。
「戦いにずるいも何もないでしょう。味方には最小限のリスク、それでいて敵には最大限のリスク。綺麗事なんてお呼びじゃないわ」
「あはは…噂に違わぬ冷徹ぶりだね。でも、そうやって生きていたら、肩、凝りませんか?」
「…興味ないわ」
私の覚悟を試しているのか、言葉通りの疑問を持っているのか…やはり、このサザンカという人間は考えていることが読みづらい。だから私は適当に受け流し、兵士たちの死体を物陰に隠す。
ちょうどその頃、外の様子を見に行っていたワダツミが戻ってきた。彼女の報告によれば、すでに何度も先ほどのようにして奇襲を仕掛けていた私たちは、今や砦の正門近くに来ているようであった。
当初の予定通り、門の閂を外しておく。そのためには城壁の人間も始末する必要があったものの、それはワダツミの式神とサザンカのヤミテントウのおかげで難なく終えることができていた。
「これで最低限の条件は整ったわね」と私が独り言のように言えば、ワダツミが頷いて、「うむ。残すは砦の主のみじゃな」と返す。
「なら、早々にお邪魔しましょう。…宿舎の兵士がいつ異常に気付くとも限らないわ。一度に全員の相手をするのが現実的でない以上、ここからはスピード勝負よ」
深夜帯だからこそ兵士の見回りは少ない。だが、砦の敷地内にある宿舎にはまだ多くの兵士が残っているのだ。エレクとの戦闘音に気づかれたり、見回りの交代で出て来た兵士に見つかったりしたら、分の悪い総力戦が始まる。
エレクさえ、彼さえ倒してしまえば活路はある。アマツ女王が出した無理難題も、不可能ではなくなるのだ。
(砦を落とせば、オリエント本国が力を貸してくれる。そうすれば…)
ふと、私の頭に浮かぶのは、美しく華やかな故郷が火の海に包まれる光景。
その異様なリアルさに、ごくりと喉が鳴る。
『エルトランド王国の滅亡――私たちの望みが叶うわね』
私のフリをした誰かの声が聞こえて、びりびりと手足の先が痺れるような感覚がした。
自分でもすぐに分かった。怯えているのだと、迷っているのだと。
(何を今さら…私は選んだのよ…!)
竦む心を蹴りつけ私が向かうのは、砦の中央部。おそらくはエレク・フォンテーニュがいるだろう場所だ。
砦の中庭を抜ける。昼は修練場としても使われているのだろう。打ち込み人形や矢が刺さった藁の的が至る所に見える。
石柱の間から差し込む月光が私たちを捉えるも、もはやそれを見咎める相手はいない。すでに闇の中、骸と化している。
「ここだね」
サザンカが両開きの大きな扉の前でそうぼやいた。
扉の隙間からは光が漏れており、中にいる誰かが起きていることが分かる。就寝中を狙えるかと希望を抱いていたが、そうもいかないらしい。
運命は、私に戦う以外の道を与えてはくれないということだろう。
「手筈通りいくぞ。サザンカ、頼む」
「はい」
扉の隙間からヤミテントウが侵入していく。みるみるうちに光が失われていく気配に、中にいる人物が、「なんだ」と不穏の声を発する。
ここでも狙いは一つ――奇襲からの一撃必殺。不意を打てば、いくら腕のある魔導士であっても少数で素早く討ち取ることができるはず。
少なくとも、私たちはそう考えていた。だからこそ、私は刀の鯉口を親指で切り、中に突入しようと意気込んでいたのだが、数秒後、私たちは派手に出鼻をくじかれることとなった。
バチバチッ…!
何かが爆ぜる音が聞こえ、私は動きをぴたりと止めた。
刹那、轟音と同時に私の体はぐいっと左方向へと引っ張られる。元々自分がいた場所には吹き飛ばされた鉄扉の破片が豪雨のように降り注ぎ、石畳に突き刺さっていた。
「…ふん、どうやら敵もそこまで馬鹿じゃないらしいのぅ」
魔導の気配を感じられない私を慮り、回避の手助けをしてくれたワダツミがぼやく。つぅっと頬をつたう汗は、強敵のオーラを敏感に感じ取ってのものだろう。
「ごめんなさい、ワダツミ」
「よい。それよりも…」
ワダツミの睨む先に立ち込める粉塵。それが段々と薄まりゆく中、低く品のある男性の声が響く。
「この雷撃の砦、ウォルカローン砦に侵入――ましてや、私に対して奇襲を仕掛けてくるとは恐れ入る」
砂煙が晴れれば、現れるのは髭をスマートに剃り、茶色の髪をオールバックに整えた長身の紳士。エレク・フォンテーニュだ。
「んん?…ふむ、どのようなお客人かと思えば…はしたない格好のオリエント人のレディが一人と…何やら面妖なマスクを被ったレディが一人。今日は仮面舞踏会か、仮装大会の日だったかな?」
たいした落ち着きようだ。さすがは名のある魔導士一家の長。これなら彼の娘であるルピナスがここ一番でブレがないのも理解できる。
ふと、彼の言葉に違和感を覚える。そうだ、私とワダツミしか認識していない。サザンカが消えているのだ。
完全に消失した気配に私も瞬時に彼女の狙いを理解する。
サザンカは、暗殺するつもりなのだ。そのための隙を見計らっている。
「ふん、はしたないなどと言って淑女に恥をかかせるものではない。エルトランドの紳士はそれくらいも知らんのか」
皮肉交じりにワダツミが言う。彼女も隙を作ろうというのだろう。
「これは失礼した。私のように男盛りを過ぎると、若い女性と話せるだけで浮足立つのだ。許してくれ」
エレクもまた飄々と応じるが、一切の緩みが見えない。歴戦の魔導士を乱すためには、この程度のやり取りでは通じないということか。
(だったら…)
私だって、覚悟を決めてここまで来ている。
私は、悲願を果たさなければならない。
果たして、何かを変えなければならないのだ。
自らのエゴのために、すでに友を――サリアを討った私だから。
同胞の、情けはなくともかつては愛した男の命を、無駄に殺めたことにしたくはない。
「ご機嫌麗しゅう、エレク・フォンテーニュ様」
悠然とした足取りで私は前に出る。ワダツミはそれを訝しんだ様子で見ていたが、構わずに続けた。
剣撃の間合いには少し遠いが、魔導士の間合いには近すぎる距離感で立ち止まり、私を値踏みするように眺めるエレクへと言葉をぶつける。
エレク・フォンテーニュをかき乱すための言葉を…!
「可愛らしいルピナスお嬢様は元気にしておいででしょうか?」
ぴくり、とエレクの眉が動く。
「ふむ、娘も名が売れてきたか。海の向こうからわざわざファンがご足労とは」
「ええ、私、もうずっと前から大ファンなのです」
意識して、高い声を出す。
演じろ。演じるのだ。
私は狂気と復讐に取りつかれた黒い百合、リリー・ブラック。
「ルピナスお嬢様が八歳の頃、魔導の訓練で大怪我を負ったときなんて夜も眠れないくらい心配しましたし、十五、六の頃に無礼なお見合い相手に雷撃をお見舞いしたときも、なんてかわいそうなのだと案じたぐらいなのです」
流れるように唄われるのは、私とルピナスの思い出。それを利用する薄汚い自分に心が軋むが、それがどうしたと蹴り飛ばす。
「…その件は、限られた者しか知らない…怪我のことなど、その場にいた人間しか…」
エレクの顔がみるみる間に青く染まっていく。
上手くいった、と微笑んでみせる。仮面で表情が隠れていても、なんとなく相手も察するらしかった。
「――君は、誰だ…」
「あら?エレク様、お忘れになるなんて酷いじゃございませんか?」
「…まさか…いや、そんな…」
独り言のようにこぼれる言葉。
待っていた。
その言葉を待っていた。
今しかない、と私はお面を外す。
きっと彼は、真っ赤な瞳と三日月を見て戦慄したことだろう。血の気も失せた顔で口を開けっぱなしにしているのがその証拠だ。
「お久しぶりです、エレク様。私を裏切ったルピナスは元気にしていますか?」
絶句するエレクを眼前にしたまま、私はドレスの裾を広げて優雅にお辞儀してみせる。
あぁ、なんと嫌味な行為だろう。死んだはずの悪役令嬢がすると。
「偽物だ」
エレクが自分を落ち着けるために吐いた言葉はそれだった。
「彼女が生きているはずがないのだ。彼女は――」
「処刑されたはずだから?」
言葉の先を取り、私は上品な微笑みを作る。それでますますエレクの顔色は悪くなった。
エレクの動揺が見て取れるし、彼が冷静さを取り戻そうとしているのもよく分かる。だからこそ、そうはさせまいと私は連綿と言葉を紡ぐ。
さながら、人の心を縛り付ける鎖の輪のように、あるいは、規則的に並ぶ茨の棘のように。
「おっしゃるとおりでございます、エレク様。『彼女』は死んだ!『貴方たち』が殺した!では、なぜ殺されるようなことになったのか?――その答えを導くのは、絡まり合った運命の糸を解くより簡単です」
手を横に重ね、小首を傾げて笑ってみせる。
「『彼女』は『方法』を間違えた。暗殺も、説得も、自分の我を通して議会で語ることも、間違っていた。だからこそ今、『私』は『方法』を変えた」
口や顔が違う誰かに支配されて動いているような感覚に、道化の才能もあったようだと内心で笑う。
エレクはそんな私をまじまじと青い顔で見ている。死人でも見るような瞳には、すっかりと慣れたものだった。
「滅ぼすべきだったのですよ。綺麗事好きなあの女を崇め奉る全てを。彼女が吐く甘い毒に馬鹿みたいに吸い寄せられながらも、足元では奴隷制なんてものを看過しているこの国を」
エレク・フォンテーニュも、ストレリチアを推す人間の一人だった。彼はオルトリンデ家と深い親交がありながら、分水嶺に差し掛かったとき、そちらを切り捨てた。
そうなれば、当然ながらルピナスもストレリチア側についた。だが、しょうがなかったなんて言わせない。彼女もまた自分の意志で選んでいる。それができないほど弱い人間ではない。
どんどん孤立していく私の王城での暮らしは、思い出すほど惨めな気持ちにさせられるものであった。
仲間も、戦友も、師も、民も、婚約者も、兵士たちも、魔物から救ってみせた村人も、最終的には両親すらも!私を見捨てた。
本来、自分の手元にあったはずのものが指の隙間から滑り落ちていき、最終的にはストレリチアの掌の上に落ちた。それを見続けなければならなかった私の歯がゆさは、誰だろうと理解できまい。
罪悪感に押し潰されかけていた私の復讐の炎が、憎悪が、今…再び身をもたげる。
「そう思いませんか?…いらないでしょう?こんな国」
「かわいそうに、狂ったか、アカーシャ…」
苦虫を噛み潰したような顔でエレクが言うから、私はそれを鼻で笑ってやった。それから、私から目を離せずにいるエレクの前で鞘を真横に構え、ゆっくりと白刃を覗かせる。
「エルトランド王国滅亡…その礎となりなさい。エレク・フォンテーニュ」
閃く刃にエレクが身構えたその次の瞬間、彼を害する一撃は思わぬところから放たれた。
空を、闇を切り裂く短刀が彼の背後から躍りかかる。それは音もなくエレクに迫っていたのだが、どうやってか彼はそれを感じ取り、背後から心臓を一突きされる直前で身をよじった。
「なっ、にっ!?」
刃は心臓こそ捉え損ねたが、しっかりとその右肺を貫いている。
石柱の影から飛び出していたのは、サザンカだ。彼女はどこまでも暗殺者として事態を観察していたのだろう。
能面みたいな顔で、そのままもう一本小太刀を構えて躍りかかる。エレクは弾かれたようにサザンカを振り返るが、それもまた悪手だった。
私から見れば、エレクの背中はがら空きだ。
私はすぐさま駆け出し間合いを詰めると、彼のすさまじい雷撃が唸るより先に深く、袈裟斬りにしてその高価なローブを斜めに切り裂く。
「ぐっ…!」
迸る鮮血、苦悶の声、肉を断つ決して忘れられない感触。
『本当に、いいのね』
罪業が私の肩を叩き引き止めぬようとする。私はそれを振り切り、サザンカと挟み撃ちして命を刈り取ろうと動く。
だが――…。
二人の剣撃が届くより先に、エレクの周囲に稲妻が走った。
その衝撃はすさまじく、とっさに太刀の腹で身を守った二人の体を容易く吹き飛ばすほどのものだった。
「ちっ」
受け身を取り、エレクを捉え直す。そうしている間にもワダツミが生み出した白蛇が彼に牙を剥いていたが、エレクの手から発せられた雷の槍に貫かれ、瞬時に消滅する。
「…み、見くびらないでくれたまえ、淑女諸君…この程度のことでは、私の命には届きはせんぞ…っ…!」
エレク・フォンテーニュ。臓腑に達するほどの斬撃を二度受けてなお、堂々と屹立し、殺気を放つ歴戦の魔導士。
分かっていた。一筋縄ではいかない…あのルピナスに魔導の技術を授けた男でもあるのだ。
(だけど、それでも…!)
太刀を振り払い、血ぶるいしてから霞に構える。
「…貴方の命に見合う代価は、すでに払ったのよ」
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