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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
二部 三章 蒼海を越えて

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蒼海を越えて.2

次回の更新は土日に行います!

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おかげさまで安定した更新ができています!

 航海は不穏なまでに順調だった。張った帆には風と魔力が宿り、船は穏やかな波間を切り裂いていった。


 時間にして一日と少し。商船の皮を被った船は滞りなく人気のない港に入港する。その頃には空は暗くなり、鉛色のペンキをぶちまけたみたいになっていた。


 エルトランド人として酷く目立つ私は、フードを被って積み荷の間に隠れて検閲の様子を窺っていたのだが、それはあまりに杜撰なものだった。


 ろくに荷物を調べるでもなく、適当な書類のチェックと目視だけで検閲は終わった。後々耳にしたことだが、こうした抜け荷のような違法貿易は地方ではよくあることらしかった。


 辺境の役人たちは賄賂で懐を温め、オリエント人の商人は貴重なエルトランドとの貿易ルートで利益を稼ぐ。双利共生、賢いやり方だ。


(…人種だけで、敵だなんだと騒ぎ立てているのは…中央で大きな利権を貪る連中だけなのかもしれないわね)


 オリエント人の商人と談笑するエルトランド人の小役人を見て、私はいかに辺境と本国とでは考え方に違いがあるのかを思い知らされ、ため息を吐いた。


 かつての私であれば、賄賂などで私腹を肥やす役人など唾棄すべきものだと断言しただろう。しかし、弧月の入り江でオリエント人を口汚く罵っていたジャンと、ああして薄汚れた服に身を包みながらオリエント人と笑い合う小役人とを見比べると、どちらに善良さが宿るのか…分からなくなった。


 もしも、この復讐が成ったなら…エルトランドの現体制や価値観が、灰燼と帰したのなら…その後の政治を担うのは、彼らのようなものであるべきかもしれない。


 無論、そのとき、その場所に私の居場所はない、あってはならない。


 罪業に塗れた私が、そのような光の道を歩くことは…もう、あってはいけないのだから。


 やがて積み荷は、港にある非公式の倉庫へと運び込まれた。


 薄暗く、ネズミも駆けまわる不衛生な場所だったが、広さだけはなかなかある。次々と資材を運び入れても半分以上スペースが余っていた。


「お嬢様」


 役人の目が離れたところで、すぐにレイブンが安全を知らせにきた。薄闇を照らす魔導ランタンを手にした姿は、初めて地下通路で出会ったときを私に思い出させる。


「このような狭い場所に押し込んで、申し訳ありませんでした」

「いいのよ、別に。何も問題はないかしら?」

「はい。女王が遣わした商人は、それはもう手慣れたものでした。役人たちのほうも一度や二度ではありませんね」

「そうでしょうね。なんだか、政治家や軍人たちが目くじらを立ててオリエント人を罵っているのが馬鹿らしく見えてくるわ」

「馬鹿なのでしょう」


 珍しい切り返しに私は目を丸くする。そうすれば、レイブンは頭を下げて、「失言でした。申し訳ございません」と謝ったので、面白いから続けろと命じた。


「上手に互いを利用することは…その、魔物や動植物だってやってみせます。私は…オリエント人だ、エルトランド人だ、と騒ぎ立てて争うことに意味があるとは到底思えないんです」


 最近、レイブンは自分の意見を口にすることが増えた。とても喜ばしい変化である。奴隷制度によって抑え込まれていた彼女の人格が、ようやく表に出てきているということなのだから。


 …まぁ、とはいえ、例の自分を『モノ』と認識して使う呪いに関しては、まだ陰で密かに鍛錬しているらしいが。


「ふぅん?じゃあ、お国で騒ぎ立てていたかつての私は『馬鹿』だってことかしら?」


 ちょっとからかってやると、レイブンはすぐに顔色を変えた。


「い、いえ、そういうわけではありません。お嬢様はとても頭の良い方です」

「ふふ、まだまだね、レイブン。冗談に決まっているじゃない」

「冗談、ですか…」


 いつか、こういうやり取りも気楽にできるようになるといい。そんなふうに微笑んで言ってあげれば、不思議なことにレイブンは俯いてしまった。


「どうしたのかしら、浮かない顔になって」

「…はぁ」


 何か思うところがあるのだろう、と先を促してやれば、ほんのちょっとだけ逡巡してから彼女は問いを投げた。


「お嬢様は、オリエント人の私がお嫌いですか?」

「はぁ?どうしてそうなるのよ」

「…かつてはそうだった、と口にされましたので」


 なるほど。まだ冗談を冗談と分かっていないようだ。まあ、彼女の育ちを考えれば、無理もないのかもしれない。


「レイブン。かつての私は死んだのよ。そして今、生まれ変わって貴方たちオリエント人と一緒にいる。――いえ、人種なんて関係ないわね。貴方がさっき言ったように、互いの利益のために協力し合うことこそ重要なのよ」


 そんなふうに説明することで、少しはレイブンも納得したらしく、浅い頷きを返した。だが、それでもまだ心配そうにこちらを上目遣いに見上げるので、私はどうにも言葉にし難い感情に襲われる。


 不安に揺れる黒曜の瞳…あぁ、私はレイブンを安心させてあげたい、と思っているのかもしれない。


 私は何気ない感じを装って周囲を見渡した。そうして誰もこちらに注目していないことを確認したうえで、レイブンの頭を撫でてみせる。


「…そんな顔をしないの。ちゃんと、か、可愛がってあげているでしょう」

「お嬢様…」


 自分でも気恥ずかしいやり取りをしたうえに、レイブンが熱っぽい眼差しを向けてくるものだから、私は顔が熱くなるのを感じた。


「ありがとう、ございます。リリーお嬢様」


 レイブンは自分の髪を撫でていた私の手を取り、頬にすり寄せる。儚げな、深窓の令嬢のような仕草にぐっと私は胸が苦しくなった。


「い、いいのよ、別に…貴方は、私のものなのだから…」


 そうだ、レイブンは私のものである。


 彼女は私の剣であり、盾であり、翼であり…付き人なのだ。


 決して…決して、テレサ・バックライト夫人のモノなどではない。あいつは、レイブンを放逐した。それが事実だ。


 別にこの考えに変な意味なんてない。そもそも、レイブンは女なのだ。変な意味など、ありようもあるわけがなくて…。


「リリー!お待たせしてごめんね――…」


 ぐるぐるとよく分からない考えが頭を巡っているうちに、ニライカナイのメンバーの一人であるフウカが私の様子を見にやって来た。だが、タイミングがあまりに悪く、彼女は顔を赤くして見つめ合っている私たちを目の当たりにすると、「あっ」と妙な声を漏らし、すうっと視線を逸らして立ち去ろうとした。


「ま、待ちなさい、フウカ!」

「あ、え?あ、あはは」


 生返事と共に後ろ歩きで距離を離すフウカは、私に弁明の機会など与えぬまま最後にこう告げる。


「だ、誰にも言わないから、安心して!じゃ、じゃあ!ごゆっくり!」




 再びエルトランドの地を踏んだという実感もないまま、私たちはその夜に倉庫の地下で作戦会議を開いた。指揮を執るのはワダツミだ。


「――では、以上の作戦でウォルカローン砦に攻め入るとする。よいな、皆の者」


 散々話し合った結果だ。リスクが大きいと思った点については私からも意見を述べたものの、その半分以上が却下された。曰く、『サザンカがなんとかする』だとか『尻込みしていても始まらんぞ』…とのことだ。


 前者については詳しい話はされなかったし、後者に関してはストレリチアの意見を優先されていた頃を思い出して嫌な気持ちになった。


 港から砦までは歩いて2時間ほどだから、たいした距離ではない。作戦の決行は明後日の未明だったから、時間的猶予は丸一日ほどだった。


(それまでどうやって過ごそうかしら…)


 しっかりと体を休める必要はあるが、それは明日の夕方からやればいい。何もせずに過ごすことに慣れていない私は、下手に体を休めすぎると調子を乱す可能性すらある。


 やはり、ショウヨウのときのように剣術書を読んで過ごそう。


 私がそんなふうに考えていた矢先、珍しくレイブンがふらりと消えていった。明らかに怪しい素振りに私は片眉をひそめる。


「あの子ったら、また…!」


 こういうときは決まって例の呪いの鍛錬を始めている。私はすぐさまレイブンの背中を追いかけたのだが、驚いたことに、そこにはワダツミとサザンカの姿もあった。


 彼女らは倉庫の地下を抜け出すと、寂れた港のはずれへと歩いて行った。私もドレスの上からぼろいフード付きのローブをまとい、後をつける。


 三人が足を止めたのは砂浜に辿り着いたときだった。どうやら、ここが目的地で修練所らしい。


 私は人目がないことを確かめてからフードを脱ぎ、彼女らに近づいた。すると、私が話しかけるより先にサザンカがこちらを振り返り、邪気のない笑顔で手を振ってきた。


「やあ、潮風が気持ちいいですね、リリー」


 サザンカの挨拶を無視して、私はしかめ面のままワダツミとレイブンを睨む。彼女らは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「げ、黒百合…後をつけておったのか」

「ええ。私の優秀な従者が主に行先を告げなかったように、貴方の優秀な配下も私の尾行について教えてくれなかったようね。ワダツミ」

「はぁ、お主は嫌味無しではコミュニケーションも取れんのか」

「それはお互い様よ。――で、レイブン。貴方…こんなところで何をしようというのかしら」


 じろりと怒りの矛先を変えれば、レイブンは左手につけた鉄の鉤爪を指みたいに動かして頬をかいた。


 バツの悪そうな顔に対し私が、「誤魔化さずに伝えなさい」と念を押せば、レイブンは反省した犬みたいな瞳で予想通りの返答を発する。


「あの…呪いの訓練をお二人につけてもらおうと思いまして…」

「ほら、やっぱり。そんなことだと思ったわよ」


 盛大なため息と共に目くじらを立てた私は、事情を知りながらも話を承諾したらしいワダツミへと矛先を戻す。


「貴方も貴方よ、ワダツミ。レイブンのあの呪いがどれだけの負荷を肉体にかけているのか分かっているくせに…どうして今になって手のひらを返して教えてやっているの」

「分からんか、黒百合」


 腕組みしたワダツミはそう言うと、私を少し離れた場所へと連れて行った。それから、波の音にかき消されてしまいそうな声量で私に説明を続ける。


「どうせあやつは、『ダメ』と言っても陰でこそこそ鍛錬を続けるし、ここぞという場面ではお主の制止も振り切り、あの呪いを使うじゃろう。言うて聞かせられない以上、適切な無理の仕方を教えてやるほうがよほどあやつのためになるとは思わんか?」


「適切な無理の仕方ね…」


 なるほど。たしかにワダツミの言い分は一理ある。女王との謁見の際に見せたレイブンの行動を鑑みるに、彼女は今後も確実にああいう動きをする。それならば、あの呪いを使ったときに大きな反動を受けない程度に力を制御できるようにしておいたほうがいいのかもしれない。


 ちらり、とレイブンのほうを一瞥する。彼女は何かにすがるような面持ちでこちらの様子を見守っていた。


 随分と人間らしい表情をするようになったものだ。これも、夫人が与えた“命令”の賜物だろうか。


「…分かったわ。ただし、私に黙って訓練させることはやめなさい。必ずこの目の届く場所で教える。約束よ」


「おお。構わんぞ」と大きく頷いたワダツミは、はて、と頬に指を添えると、「それにしても、お主…本格的に保護者のようじゃな。いや、むしろ恋人の浮気を案ずる女のようじゃ」


「黙りなさい。馬鹿馬鹿しい」


 にやりと笑うワダツミを力いっぱい睨みつけた私は、鼻を鳴らして反転し、レイブンとサザンカのほうを見やった。


「そうと決まれば、私も鍛錬に参加させてもらうわ」

「それは構わんが…お主、今は魔力を感じられんのじゃろ?基礎部分ならまだしも、ここから先は――」

「何を勘違いしているの。太刀の訓練よ、私の」


 あれだけ長い時間、オリエントの剣術書を読み漁ったのだ。そこから学び、具体的なイメージにまで落とし込んだ知識、試す場を求めていたのも事実。


 私も、レイブンも同じタイプ。すなわち、吸収した知識は試さずにはいられないということである。


「ということで…剣術書で学んだ太刀の新しい使い方を落とし込むために、胸を借りるわよ?サザンカ」

みなさん、お疲れさまです。


みなさんのちょっとした楽しみになれればと、執筆しておりますが、


一ミリくらいはそうなれているでしょうか?


何はともあれ、ご覧になって頂きありがとうございました!

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