雛鳥の血統
今回は幕間となっておりまして、レイブンの出生に関わるものとなっています。
次回の更新は明日に行いますので、よろしければそちらもお願いします!
「お婆様、お待たせ致しました」
約束の時間に女王の間を訪れた儂を迎え入れたのは、祖母であるアマツ女王と、その側近であり、お庭番であるサザンカ、オウド、ソウゲツだった。
何やら四人で話していたらしいが、儂が来るなり会話をぴたりと止める。聞かれたくない話もあるだろうが、これだけあからさまだと些か不愉快であった。
「構わん、時間通りじゃ」
儂は祖母の前で一礼すると、「何用ですか?」と丁寧なアクセントで尋ねる。日頃の話し方だと祖母に叱られるためやむを得ないが、レイブンやリリーに見られたことは問題だった。あの後、リリーからしつこくからかわれたのだ。
儂は祖母のことを深く敬愛している。それこそ、国防の方針や王族の在り方については意見を異にすることは多いが、人間として、これほど敬うべき相手はいないと思っていた。
祖母はいつも気高かった。
先王である父が船の水難事故で死んだときも、それがエルトランド人との浮気の最中であったと知ったときも、母と違って気が触れるほど取り乱したりはしなかった。
父のその件で母は心を痛め、体を壊してしまった。段々と現実を妄想に支配され、壊れていく様は見ていて酷く狂おしい思いにさせられたものだが、祖母は最期まで養子である母を世話し、丁寧に看取った。
その後、祖母アマツは、一度退いた王位に父の代わりに入る形で即位。儂ら王女と王子が王になれるほどの経験を積むまでその役を全うすると宣言した。
儂は一刻も早く、祖母の手伝いをしたいと考えていた。その老いても壮健な背中に人の強さを確信したからだ。
呪いの鍛錬に励み、戦術指揮、政について学んだ。正直、政については弟のほうが才能があったようだが、それ以外は儂のほうがぐんぐん上達していった。
王族にしか扱えない式神呪いを最年少で習得した儂と、色呪いで吉凶を視る術に長けた弟。
よい国が作れると思っていた。強く、穏やかで、毅然とした祖母アマツを象ったようなオリエントを。
だが、辺境を巡り始めてから、儂が抱いていた国の未来像が揺らいだ。
末端地域は、貧困や飢え、魔物による死傷者、迫る外敵への不安…数えきれないほどの混沌の中にあった。
儂は祖母に言った。首都はもう十分な防衛設備があるのだから、兵を辺境に回すべきだと。
だが、祖母はそれに対し、戦時中に兵力を分散させるのは危険であること、辺境に勤務したがる兵士も、その生活拠点をあちこちに作る暇も金もないと。
儂はその返答が気に入らなかった。初めて、祖母に反発した。
金も暇もない。そんなわけはないだろう。なぜなら、これだけ首都や城は生活必需品以外のもので満ちていて、食べ物にも困っていないどころか贅沢できるほどだったし、女王はまだしも、儂や儂についている側近の者たちは勉強や起こりもしない襲撃に備えて暇を持て余しているからだ。
儂の日々が、祖母の反対理由の一つを跳ね除けた。祖母も珍しく躍起になって儂の意見を否定したから、儂は暇な王族が自警団を組織すればいいだろう、と突拍子もなく言った。
無理だと一蹴された。儂はまた、それが悔しかった。
だから、儂は側近や考えを同じくする兵士や辺境の生まれにある者に声をかけ、家出同然でニライカナイを立ち上げて城を飛び出した。
その件については、未だお咎めはなかった。小言はあったが、しっかりとしたものはまだだ。
そういう背景があったから、儂は今からすさまじい雷を落とされるものだと覚悟していたのだが、祖母が開口一番に言ったことは意外なことだった。
「外の世界はどうじゃった」
儂は目を丸くしつつも、また会えたら言おうと思っていたことを口にする。
「自分の未熟さを思い知らされる日々でした。辺境は私が想像していた以上に困窮していましたし、そうした場所で人々が生きていくことの難しさも、人を束ね、養うのにどれだけお金がかかるかも痛感しました」
「ふふ、価値ある時間を過ごしたようじゃな」
「は、はい…」
その言葉は、馬鹿なことを、と一蹴される気でいた儂の胸を軽くした。
「あの、ですが、悪いことばかりではありませんでした。良かったこと、嬉しかったことも…その、お話したいことが他にもたくさん――」
「分かっておる。それは、今宵寝る前にでも聞かせてくれ。今は…他に聞きたいことがある」
「他に、ですか?」
「うむ。ワダツミ、あのレイブンとかいうオリエント人についてじゃが…」
「レイブン?」
あまりに予想していなかった名前が出て、目を丸くしてオウム返しする。
「うむ。レイブンについてお主に聞きたいことがある」
「はぁ…いえ、ですが、それなら私よりもリリーのほうがお詳しいですよ?」
「いや、お主でないと困る。リリー・ブラックは色々と繊細過ぎる。そのくせ、決めたことを貫ける意志と力があるから、際限なく背負い込むじゃろう」
確かに、リリーはそういう人間だと儂も考えている。それにしても少し会っただけでリリーの脆さを見抜くとは、さすがの観察眼である。
そういうことならと続きを促せば、祖母は神妙な面持ちで本題に移った。
「聞きたいことというのは、あやつの使う呪い、“魔力を己の体に付与して強化する”呪いのことじゃ」
「ああ。あのおかしな呪いですね」
「そうじゃ。報告書には目を通したし、この目でもその片鱗を見た。ほぼ間違いなく、儂が思っとる呪いと同じじゃろう」
「と、言いますと?」
祖母アマツはゆっくりと瞬きすると、一言、一言噛みしめるように言った。
「あれは禁呪の一種じゃ」
「禁呪…」
「うむ。禁呪“神降し”。術者に大きな負荷を強いるがゆえ、使用を禁じておる呪いじゃ」
「はぁ…左様でしたか…」
まあ、あれはたしかにそういう扱いもされるだろう、となんとなく話の流れが読めず曖昧な反応をしていると、祖母はまだ続きがある、と目を細めた。
「問題はここからじゃ。“神降し”は、当然ながら誰にでも扱えるものではない。繊細な魔力コントロールや魔力量の多さも要求されるが、上質な魔力であることが一番重要じゃ。魔力の質というのは、経験で変わるものではない。ひとえに、持って生まれたもの、つまり、才能じゃな。それが優れた血統というのが…」
と、祖母が続きを促すようにこちらを見やる。その際に儂は、うんざりするような流れに声を低くした。
「王族、ということですよね。承知しておりますよ」
血統、という自分の意志ではいかんともし難いもの。それが優れているから、王族が偉い?貧困に満ちた国で、贅沢三昧が許される?ため息が出そうだ。
なんで今さらまた儂に王族の在り方を説くのか…と気怠い疑問が浮かんだ刹那、ぞわりと鳥肌が立つような考えに至った。
「儂の言いたいことが分かったようじゃな」
「いや、まさか、そんな…」
“神降し”の禁呪は、精密な魔力コントロール力、魔力量、それから、高い魔力の質が必要不可欠…。
それを、レイブンが使えた。
だったら、レイブンは…。
「無論、王族の血統でなくとも、“神降し”が扱える者がいた記録も残っておる。じゃが、王族でさえ“神降し”が使えない者ばかりなのじゃ、ありえん推論ではない」
「で、ですが、レイブンは『自分をモノ』だと捉えているからあれが扱えると…」
「違う。本人はそのつもりじゃろうし、きっかけとなる出来事はそれじゃろうが、“神降し”は自身の認識一つで扱えるものではない。それなら、暴力で服従させられた人間たちはみなあれが使えるではないか」
「それはそうですが…ならば、レイブンは誰の…」
「よせ。今は無用な詮索じゃ。…とにかく、あやつについてそれとなく探ってくれればよい」
儂には、祖母が何かを恐れているようにも、希望を抱いているようにも見えて…黙って頷くしかできなかった。
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