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鴉の雛鳥.3

早速ご覧になって下さっているみなさま、ありがとうございます!


続きは明日、更新致しますのでよろしくお願いします!

 屋敷にこもりきりだった私でも、彼女は知っている。夫人によく聞かせられた。『馬鹿な女』だと。

 オルトリンデ家の長女にして、第一王子の婚約者、つまり、次期王妃…だった女。


 この国の偉い人でありながら、この国の偉い人を陥れ、殺そうとした罪で極刑に処された悪名高き公爵令嬢。


「まるで死人でも見ているような顔ね」

「貴方は、死んだはずでは…」


 皮肉に応じることもできないままに、私はバカ正直に返した。すると、『罪人』は薄ら寒い微笑みを浮かべたままで言った。


「馬鹿ね、アカーシャ・オルトリンデはもう死んでいるわよ」


 死んでいる…?

 だとしたら、彼女は幽霊?いや、ただ容姿が似ているだけ?


 そんな馬鹿な。この感じは、とてもそうとは思えない。生まれつき、かなり高い身分にあった人間特有のオーラを彼女は放っている。


 彼女は、体の向きを変えると私を指さした。


「そして、貴方も、今日死んだのよ。いえ、もう昨日かしら」

「死んだ…」


 その言葉に、私はまたバックライト夫人を思い出す。もしかすると、彼女の話し方が夫人にそっくりだったからかもしれない。公爵令嬢と元公爵令嬢、当然と言えば当然だが。


「カラス、だったわよね」


 私は返事もできずに、ただ呆然と彼女を見つめた。


「貴方も損な役回りになったものね。彼岸行きの船頭をさせられるなんて…ご苦労さま」


 船頭…あぁ、そうか、私は本当に…。


 私は喉を詰まらせる。そのうち、自我を保つためか、私はぽつぽつと人の言葉を吐いた。保つための雛形といえる自我も持たないくせに。


「アカーシャ様が亡くなられているとしたら、貴方は誰なんですか…」


 女は、それを聞いて愉快そうに冷笑を浮かべる。


 本当に、夫人そっくりな、厭味ったらしくも美しい笑い方だった。


「その言葉、そのままそっくりお返しするわ」

「私は――」

「カラス?」


 彼女は意地悪く口元を曲げて、こてんと小首を傾げる。そして、私が言葉を詰まらせたことを確認してから、浅く笑って続けた。


「残念ね、その鳥は死んだわ」


 私はその言葉を聞いた瞬間、何かが抑えきれなくなって破裂するみたいに泣き出してしまった。


 頭の上で、彼女が何か言っているが、そんなものほとんど聞こえない。


 思い出すのは、あの日のこと。


 バックライト公爵夫人が私を拾ってくれた日のこと。

 床に呼んだ私を、優しく抱きしめてくれた日のこと。

 夫人が私に『カラス』という新しい名前を送ってくれた日のこと。

 わけもなく、ぶたれた日のこと。

 美しい笑みを浮かべて、私の背中にナイフの刃を這わせた日のこと。


 どれも、宝石みたいにキラキラした思い出ばかりだった。


 酷いこともされたのに、私は今、強烈に彼女に――あの美しい人、テレサ・バックライト公爵夫人に会いたいと、抱きしめてほしいと思った。




「起きなさい」


 冷たく鋭い言葉に、私はハッとして目覚めた。


 体を横たえたままで顔を上げれば、すぐそこに不機嫌そうな表情のアカーシャ・オルトリンデ嬢が屹立していた。


 彼女は私が目覚めたことを確認すると、「ご主人よりも遅く起きる奴隷なんて、聞いたことがないわね」と嫌味たっぷりにため息を吐いて、船から離れていった。


(本当にこの人は、奥様みたいだ――あぁ、そうだ。私は、私は…)


 自分の身に起きていたことを今更ながらに思い出した私は、慌てて身を起こし、辺りの様子を窺った。


 いや、窺うまでもない。


 眼前には、砂浜と終わりの見えない松の森が広がっていた。


 当然だが、王国周辺の土地にこうした松林は生息していない。太陽の位置から推測するに、私は数時間ほど眠っていたようだから、随分と遠くまで流されてきたに違いなかった。


 自分が置かれた状況を少しばかり把握した途端、鮮烈な喉の乾きを覚えた。それもそうだ。日陰もない船に長時間乗せられていたのだから、脱水状態にもなろう。


(飲み物を探さないと)


 むくりと立ち上がり、私も彼女に続いて砂浜に降り立つ。酷く足が取られ、転倒してしまったが、彼女は待ってはくれない。奴隷の身を案じる人間などいるはずもないかとすぐに自分の足で立ち上がる。


 彼女も自分と同じで喉がカラカラのはずだが、それでも姿勢良く歩き、また、表情も落ち着いていた。この人がドンと構えてくれているおかげで、私も取り乱さずにいられた。


 幸いにも、松林を進み始めて十分も経たないうちに、小さな小川を見つけた。覗き込めば、小魚の姿も確認できる。お腹を壊すほど汚い水ではあるまい。


 とはいえ…。


 私はいつもの感覚で言葉を紡いだ。


「お飲みになられても問題がないか、確認致します。しばしお待ちを」


 夫人に連れられて森や山に入ったことは一度や二度ではない。夫人は私を連れ立つとき、決まって後々の都合が良いように二人きりを選んだから、毒見だって自然と私がやった。


 奴隷として、愛玩動物として…身の振り方は心得ていた。


 だが…。


「結構よ」


 ドレスとまではいかないが、松の森に似合わない高級そうな衣装をローブの下に身にまとう彼女は、むっとした顔で膝をつくと、私より先に両手で水をすくい、喉に流し込んだ。


「あ…」


 一瞬だけ強張っていた表情も、すぐにほぐれる。彼女が水を飲む姿に、私も遅れて喉を潤した。


 不足していた水分が全身に戻ってくる。そうすれば、思考は多少なりと巡るようになるし、置かれた状況と対峙する力も宿ってくる。


「あの…」


 このまま無言というわけにはいくまい、と私は声を発する。


「アカーシャ様、私は――」

「その名前」彼女は勢いよく私の言葉を遮った。「二度と口にしないようになさい」


 触れば斬れるような、鋭利な響きだった。


 彼女の逆鱗に触れかけている、と嫌でも察する。


「申し訳ございません」


 私は急いで頭を深く下げて謝罪した。


 彼女は私の平身低頭ぶりを見て、呆れたふうに大きなため息を吐いた。それから、低い声音で頭を上げるよう命じると、私に背を向けこう告げた。


「…言ったでしょう。死んだのよ、アカーシャ・オルトリンデは。それがどこであろうと、生きていてはいけないの」


 そうだ。彼女は本来、『死んでいなければならない人間』だ。


 夫人が言うに、アカーシャ・オルトリンデは国に仇なす逆賊として処刑されたということだった。


 私のように歴史に疎い人間でも、『逆賊』と名付けられた罪人が例外なく処刑されてきたことぐらいは知っている。つまり、彼女の存在は王国の法を揺るがす存在になってしまうのだ。


 私は、そっと彼女の背中を盗み見た。


 何もかも充足する身分でありながら、逆賊と名付けられ、国全体に『死んでしまえ』と言われたうえに、どことも知れない場所に放逐される気分はどんなものなのだろうか。


 その背中からは何も読み取れない。だが、無感情さを装って呟く言葉からは、その悔しさが滲んでいるような気がしていた。


「貴方もよ。貴方も、『カラス』と名乗ることを禁じるわ」

「え…?」


 唐突にそう告げられ、私は戦慄した。


「ですが、私は」

「反論は認めないわ。どんな些細なことから私が生きていることが知られるか、分かったものではないの」


 公爵夫人も、また目立つ名前をつけてくれたものね…と迷惑そうにぼやきながら歩き出した彼女の背中を、今の私は追えなかった。


『カラス』。


 東国オリエント生まれの私のために、その国の言葉でバックライト夫人がつけてくれた名前。


 もはや、これしか残っていない。


 私が奥様に与えられたものは、これしか…。


「この名前は、奥様が私に与えてくださったものです」


 気づけば、言葉が勝手に飛び出していた。


「命より大事なもの、なんです」

「貴方…」


 思わぬ反論を受けて、彼女は目を丸くしていた。


 奴隷風情が、身分を剥奪されたとはいえ公爵令嬢に歯向かったのだ。折檻程度では済むまい。下手をすると海に投げ込まれるか、魔導で焼き払われるかもしれない。


 それでも、自分の言葉に嘘偽りはなかった。死んでもいいから、この名前は守り抜きたかった。


「奴隷のくせに、大層な誇りを持っているのね」


 皮肉だ、と思った。しかし、踵を返してきた彼女が発した言葉は、厳しくも諭すような優しい響きがあった。


「でも、駄目よ。私にとっても不都合だけれど…いいこと?貴方がその名前を使い続けると、バックライト公爵夫人にも迷惑がかかるのよ」

「迷惑?」

「そうよ。考えてもみなさい。私が生きていて、しかも、バックライト家が使っていた奴隷と共にいるとなったら、当然、あの人も私が死んでいないことを知っているはずでしょう」

「あ…」


 私はそこでようやく、相手が言いたいことに気づいた。


 バックライト家が大罪人であるアカーシャ・オルトリンデの命を非合法的に救った(正確にはその片棒を担いだわけだが)となっては、彼女の立場はとんでもないことになる。


「私と別行動すれば問題はないでしょうけれど…それはそれであの人の命令に背くことになるわ。――さて、今の時点でどれが一番に大事かしら?」




 私は、大人しく彼女の言葉に従った。


 名前を捨てたのだ。


 奪われたなどとは口が裂けても言いたくない。ちゃんと、彼女は私に選択の余地を与えた。


 俯いていた顔を上げた先にあった顔は、とても無感情だったが、やはりそれは何かを抑え込んでいるように私には思えた。


『全てを選ぶことはできないわ。大事なものを決めて、そのどれかを選ぶしかないのよ』


 彼女はそう言った。


 彼女も、何かを選んだのかもしれない。

 きっと、命だ。尊厳よりも命を選んだのだ。


 そうでなければ、超上流階級であるこの人が、こんな場所で奴隷と森など歩くはずもない。


(奥様…申し訳ございません、私は…)


 どうしたらいいか、分からなかった。


 だが、今更変えられない。一度頷いた以上、言葉を反故にするわけにはいかない。それは、夫人が何よりも嫌うことだった。


 それにしても…と私は顔を上げる。


 行けども、行けども、松の森。右も左も、ずっと、ずっと同じ風景だ。それだけでも気が滅入るのに、この松脂の独特な香りときたら…神経がおかしくなりそうだった。


 さすがに、というかなんというか、彼女のほうも涼しい顔に疲れが滲んでいた。空腹なのかもしれない。だって、昨日の夜から何も食べていないはずなのだ。


 私はこの先どうなるのだろう、と考えかけてすぐに思考を止めた。自分などが考えても仕方がないことだったからだ。


(私はバックライト夫人の最後の言いつけどおり、この方の付き人としてこれからを過ごす…。それしか、ないんだ)


 何かが塗り潰されていくようで、酷く胸がざわついた。だが、その憂いの理由を見極める暇もなく、次の試練が私の前に現れる。


「ん…?」


 肌がぴりつく感覚がした。本能の警鐘を鳴らす、いわゆる敵意、殺気のようなものを感じたのだ。


「どうしたの」


 立ち止まる私を訝しんで、彼女が声をかける。


「あ、いえ…その」おそるおそる、私は問いかける。「何か、感じませんか?その、魔物の気配のような…」


 元来、魔物とは――魔力を帯びる性質を持つ、動物の総称である。


 そのため、ほとんどの場合、襲われる前には何らかの気配を感じ取れる。捕食のためなら魔力を抑えることもあるが、縄張り意識から敵と認識したものを追い払う、倒そうというときはそんなことはしない。そして、多くの場合、人間と魔物の関係は後者だ。捕食対象ではない。


 だが、私はそんな質問をしておきながら、すぐに後悔した。


 前述したように、魔力とは誰でも持っているものだ。その総量や性質には違いがあるが、持っていない人間というのは聞いたことがない。


 つまり、私が感じ取れるくらいだから、魔導と剣の才で有名な彼女が感じ取っていないはずがないのだ。


『当たり前のことを聞かないでちょうだい』。


 私は、そんな言葉を身構えた。しかし…。


「魔物――…っ」


 彼女は、慌てて辺りを見回した。


 明らかに何も感じ取っていなかった人間の態度だった。


「確かなのね」

「え、あ、はい」

「どこかしら」

「え?」

「え、ではなくて…いいから、どっちから気配がするのか言いなさい!」

「あ、はい!えっと――」


 私は命令を受けて、その方角を指で示そうとした。だが、それよりも先に『相手』のほうからその身をさらした。


 ガサツ、と松の枝を折りながら、大きな毛むくじゃらの影が上から降ってくる。


「きゃっ!」


 思わず、悲鳴を上げてしまった。


 想像していたよりも、ずっと大きい。


 それは、イタチに似た姿の魔物だった。


 イタチの何十倍も大きくて、両腕に鋭い鎌のようなものがついていることを除けば。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


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