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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
二部 二章 女王との謁見

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女王との謁見.3

次回の更新は日曜日になります。

よろしくお願い致します!

 アマツ女王との謁見を終えた私とリリーは、一先ずは客間に通された。なんとか、正式な客人として迎え入れてもらうことはできたらしい。


 リリーの提言を受けたアマツ女王は、とても真剣な面持ちのまま数分ほど黙り込んだ後、『今ここで答えられるようなことではない。次の議会まで待て』と口にした。


 十分すぎる解答だと感じたのだろう、私の主人は新調したドレスの裾を掴み、恭しくお辞儀をしながら、『御意のままに』と囁いてみせた。


 難しい話は分からなかったが、次の瞬間、顔を上げたリリーが浮かべていた表情には、実に彼女らしい自信がみなぎっていた。だから、私もそれでいいのだろうと頭を下げた。


 客間に移動する前に、ワダツミが私たち二人を大量の皮肉で労った。嫌味っぽかったが、リリーから口調のことを揶揄されて、すっかり大人しくなってしまったので、むしろ哀れに思えた。


 客間はそう広くはなかったが、上等なベッドが二つ並んでいた。道中、安宿に泊まったときのことを思えば天国みたいなマットと枕だった。


 しかし、それで私が喜ぶわけではない。それどころか、困惑するばかりであった。


(同じ高さのベッド…使えないな、これは)


 主人と奴隷――付き人が同じ高さのベッドで眠るのは不自然だ。ニライカナイの拠点では、私が無理を言って敷布団で眠りに就いているが、それだってかなり譲歩したつもりである。本来は、別の部屋で硬い寝床であるべきだ。無論、リリーに反対されてはどうしようもないのだが。


「悪かったわね、レイブン」


 どこで眠るべきだろうかと考え込んでいるうちに、リリーがそんなことを口にしながらベッドに腰を下ろした。


「えっと、何が、でしょうか?」

「何の相談も無しに、貴方のことを説得のダシにしたでしょう?」


 私は、なんだ、そんなことかと内心で思いながらリリーの瞳を覗き込む。


 ルビーすらも裸足で逃げ出す赤い瞳。リリー本人はこれがウサギの目みたいで嫌いらしいが、私には心底理解できなかった。


 じっと見ていたら吸い込まれそうだ。真紅を基調としたドレスや、彼女が腰に佩いた太刀の鞘の赤だって、瞳がもたらす印象のために選ばれた色たちなのだ。


「あれが、効果的な手段だと私も思います。実際に、あのやり取りの後は女王陛下もお嬢様の提案を一蹴できなくなっていましたから」

「それはそうだけれど…貴方の気持ちの問題よ」

「気持ち?」

「ええ」

「…はぁ」


 私はよく分からない理屈を前にして、困ったふうにぼやく。


 気持ちの問題と言われても、奴隷は主人の言う通りにするだけなのだが…。


 そうして私が黙っていると、リリーが苦笑して小首を傾げた。彼女とももう数か月の付き合いだから、こちらの考えていることをなんとなく把握してのことだろう。


「レイブン。貴方だってたまには、怒ってもいいのよ?」

「…怒る…」


 リリーが口にしたのは、私をもっと困らせるような言葉だった。


「奴隷が、主人にですか?」

「レイブン…。いい機会だからもう一度確認しておくけれど、私があの夜に貴方と約束したことは、『バックライト夫人のように命令を出してあげること』よ。決して、奴隷と主人として主従を結ぶことではないわ」

「…」


 いくら私でも、さすがにこれには不満を隠せない。


「私の自由にしろと言ったのは、お嬢様だと思うのですが…」

「それは私の自由を侵害しない範疇での話よ。――全く、自ら奴隷になりたがろうとする人間なんて、世界中探したって貴方くらいのものだわ」


 こういうとき、リリーは滅法強い。簡単に言えば、そのよく回る頭と経験のために、口論がとても上手いのだ。


 かつての夫人のように、あらゆる命令は与えてくれるが、奴隷としては関係を結ばない…そんなことを言われたら、私はどうしたらいいのか分からない。


 奴隷でも、消耗品でもない、自分。

 それはもう、“私”ではない。

 だけど、“レイブン”はたしかに存在している。


 この矛盾を飲み込む術を、浅学の私は知らない。


「…ずるいです、お嬢様」


 気がついたら、そんなことを口走っていた。


「あら、怒ったの?」と返すリリーは、どうしてか嬉しそうに笑っている。毒気を抜かれる笑顔だった。


 戦ったって勝ち目なんてない。そもそも、奴隷――あぁ、奴隷じゃないのか…とにかく、従う者が主人にするべきことじゃないんだ。


 私はそれが分かっていたから大人しく口をつぐみ、出入り口の扉に近い床に座り込んだ。


 すると、直前まで口元を綻ばせていたリリーが、ムッ、と唇を固く吊り上げた。


「レイブン」

「な、なんでしょう」


 ぴりついた声音に慌てて返事をすれば、リリーは荒い足取りで私のそばまで寄ってきて、腕組みしたまま説教を始める。


「貴方、地べたで眠るつもりね。そうはさせないわよ」

「で、ですが…」

「ですが、じゃないでしょう。だいたい、そこにベッドが二つあるのに床で眠るのは異常行為でしょうに」

「ですから、それは以前もお話したように――」

「あの理屈なら論外よ。私が不愉快になると言ったわよね」

「うっ…」

「それだけじゃないわ。もしも、部屋に誰か入ってきたらどうするの?このお城でエルトランド人がオリエント人を地べたで寝かせているなんて知れたら、どうなるか分かったものじゃないわよ」


 それは確かにそうだ。最悪、今までの努力が全て水の泡になる可能性すらある。


 それでも私はしばらくの間、躊躇したが、最終的には『ベッドを使いなさい。命令よ』とリリーが有無を言わさぬ調子で命じたから、大人しく従うことになった。


 ベッドはとても柔らかで、温かくて、落ち着かなかった。それはシャワーなりなんなりと就寝の準備をした後でも変わりはなく、ベッドランプが消え、この体をシーツの間に滑り込ませてからはより顕著になった。


 横たわり、枕に頭を当ててじっとする。その視界には、同じようにしてベッドに潜り込んだリリーがいた。


 しばらくは寝返りを打ちつつ我慢していたが、そのうち限界がきた。


「…お、落ち着きません。お嬢様」

「そのようね。…はぁ」と呆れた顔でリリーは答える。


 数秒後、ぼんやりとした光が部屋を仄かに照らした。


 ランプは魔力を燃料にするタイプではないらしい。エルトランドではそうしたものばかりだったが、オリエント人の特性上、こちらが普及しているようだ。


「眠れないというなら、私が折れるしかないわね…」


 身を起こし、支給された黒のネグリジェに身を包んだリリーが膝に頬杖をついてから私に言う。とても艶やかな姿に見惚れかけたが、救いの言葉もあって私は急いで上体を起こした。


「申し訳ありません」

「…いいのよ。でも、ニライカナイの拠点にある私たちの部屋なら、床じゃなくても眠れるでしょう?何が違うのよ」


 何が?

 そんなのは簡単だった。


 私が敷布団ではないところで寝るとき、それは…。


「それは、お嬢様と同じベッドだからです」


 その返事を耳にして、リリーはたいそう驚いた顔をした。それからややあって、口元を押さえて黙り込むと、「そう」と短く呟いた。なにやら、顔も赤い。


「どうかされましたか?」

「別に、どうもしていないわ」


 リリーは顔とは裏腹に淡白な口調で告げると、腕組みし、短く息を漏らしてから続ける。


「だったら、しょうがないわ。レイブン。こちらに来なさい」


 リリーは自分の隣をぽんぽん、と優しく叩いた。夫人を彷彿とする行為に、私は一も二もなく応じる。


 隣に並べば、ランプの光を浴びた夜の精霊のようなリリーと視線が交差する。時折、彼女の真紅眼には人外めいた印象を受けるが、決して嫌な感じではない。むしろ、尊敬に近い感情だ。


「今夜は、私の隣で眠りなさい。レイブン」

「はい」


 布団に潜り込めば、肌にリリーの温もりを感じた。それから、甘い匂いもだ。


 主が今すぐそばにいる、という実感からか、心が休まる。そうすれば、すぐにでも眠気が襲ってくる。


「どうかしら、きちんと眠れそう?」


 頭上で綺麗な人が何か言っている。


 穏やかな幻想をまとうまどろみの中で思い出すのは、アメジストの――バックライト夫人の瞳。


 甘い匂いと、柔らかさと温み。それから、鋭い痛み。それが、夜に奥様から与えられていたもの。


(この人は…痛みはくれないけど…)


 きゅっ、と彼女の服をつかむ。


「…ふふっ、聞くまでもなさそうね」


 優しい響き。貝殻の奥で鳴る、波の音に似ている。


「お休みなさい、レイブン。せめて、夢の中でくらい、夫人に会えるといいわね…」


 たおやかな指先が繰り返し私の髪を撫でているうちに、私は静かに眠りの底に落ちていくのだった。




 アマツ女王が口にした『会議』とやらが始まるまで、私とリリーはこの城で日々を過ごしていた。


 初めのうちリリーは城下町に宿でも取ると言っていたのだが、ワダツミがそれは危険だというので、彼女の提案に従って客室を使い続けていた。ちょっと憔悴している様子から、ワダツミはニライカナイの件でこってり絞られているらしかった。


 とはいえ、私はともかくリリーは自由になんて外を出歩けない。良い顔をされないことは分かっていたからだ。


 だから私たちは、もっぱら客室で時を過ごしており、二人してワダツミが用意してくれていた本で時間を潰していた。


 私は教養書や文学本に始まり、魔導の歴史や鍛錬のコツに関する書籍に打ち込んだ。新しい知識を仕入れるのは充足を覚えたし、なにより、魔導の探究はリリーを守るという命令を全うするのに役立つという確信があった。自覚はないが、リリーやワダツミが言うには、私にはある程度の素養が備わっているらしかった。それならば、磨く義務だってあるだろう。私は消耗品。役に立つ必要性があるのだ。


 一方、リリーはというと、ずっと剣術書に没頭していた。大部分は黙読の時間だったが、時折、部屋の中で太刀を抜き、緩慢な動作ではあるが、見慣れぬ技を試行していた。多少危なげではあったが、何かを学ぼうというときのリリーの集中力はすさまじく、声をかけても反応すらしてもらえなかった。


 以前、不思議に思った私は、どうしてわざわざ太刀を使うのかを尋ねたことがある。本来はレイピアの達人だと豪語されていたので、ある程度の戦力として認められた今なら、それを作ってもらえばいいのではないかと思ったのだ。


 すると、私の問いを受けてリリーはこう返した。


 ――『アカーシャは死んだのよ。…まあ、とどのつまり、私の意地ね。生まれ変わったと示したいの。私自身にも、そして、あいつらにも』。


 なんとなく、私はその気持ちが分かる気がした。名前を付け替えられた、私には。


 そして、二週間ほどが経ったある日、ようやくオリエントの為政者が集まっての会議が行われた。それには大臣や女王、それに、ワダツミも参加していた。


 その日の晩、私とリリーはまた謁見の間に呼ばれた。答えが出たのだと、ワダツミの深刻な顔から察せられた。


 給仕が迎えに来た後は、私たち二人だけで謁見の間に移動する。すでにワダツミは移動しているとのことだった。


 重たい扉が開けば、大きな部屋の中央の玉座にアマツ女王が、そして、その後ろに先刻の三人――たしか、サザンカ、ソウゲツ、オウド、だったか――が立っていた。


 ワダツミは私たちと玉座の間に立っていて、着物もちゃんと着ていた。さらにその反対側には、線の細い痩せた男が立っていたのだが、彼は人好きのする笑みを浮かべると、リリーに向かって会釈してみせた。


 ぺこり、とリリーがお辞儀して返すのを私も真似する。そのうち、リリーが上品にドレスの裾を持ち上げてアマツ女王に挨拶したため、私はどうしたらいいか分からないなりに深く頭を下げた。


「待たせたの、リリー・ブラック。城の中での窮屈な暮らし、申し訳なく思っとる」

「いえ、おかげさまで貴重な剣術書を十分に拝見できました。ありがとうございます」

「ほほ、そうか、そうか。我が国の武芸の粋、気に入ってもらっとるようで嬉しい限りじゃ」


 アマツが本気かどうかは分からないが、リリーはきっと心の底からの言葉だ。彼女はこの2週間、剣術書を友にして過ごしていたのだから。


 しかし、そうして女王が柔和な笑みを浮かべていたのは一瞬のことで、咳払いと共に彼女は真顔になって本題に移った。


「さて、早速本題に入ろう。よいな?」

「はい。お聞かせ下さい」


 そう答えたリリーの声は、いつもより少しだけ鋭い印象を受けた。彼女なりに緊張しているのかもしれない。


 アマツは年季の入った皺を波打たせると、荘厳なオーラをまとい、枯れ木のような体からは想像できない声量で語り始める。


「リリー、お主の提言もあり、オリエント国議会では、敵対国エルトランドへの積極的防衛権の行使を行うべきかどうかを話し合うこととなった。つまるところ、エルトランドに対し、こちらから能動的に攻撃を行うかどうかじゃ」


 ワダツミも、優男も、サザンカら三人も、黙ってアマツの言葉を聞いていた。無論、私たちもそうだったが、リリーについては拳をこっそりと強く握っているようであった。


 気合いも入ることだろう。これは、彼女の復讐譚にとって非常に重要なことだからだ。


「うだうだと過程を話すのはよそう。――結果から言うと、我々オリエント国は、すでにかの国で奴隷となっている者も含め、オリエント国民が奴隷制という卑劣な待遇を受けることがないよう、旗を上げることとなった」


 それを聞いたリリーは深く息を吸った。


「…つまり、エルトランドへの攻撃を行う、ということですね?」

「左様。まぁ、あくまで奴隷たちの解放を目的とする。無用な戦闘は禁ずるつもりじゃ。無論、破壊や略奪はもってのほかじゃの」


 奴隷の解放。


 なんだか、妙な気分にさせられる言葉だ。


 私は、その理由にすぐに気がついた。


(…多分、“善悪”を持ち出されているような気がするんだ…)


 誰のための解放なのか。それは正しいのか…。


 いや、考えるのはよそう。どうせ、人間は主観でしか考えられない。それなのに、私が他人の気持ちを想像することなど無意味だ。


 とにかく、リリーはアマツの返事に安堵しているようだった。彼女の願いが聞き入れられたのだ、当然だろう。


 しかし、我が主はすぐに顔色を曇らせることとなった。続くアマツ女王の話が、あまりにも現実性を欠いていたからである。


「じゃが、我々も何の勝算なく戦いを始めることはできぬ」

「はい。それはそうでしょう。リスク管理は人の命を預かる者として、重要だと思われます」

「うむ。――じゃからの、リリー?お主らの手勢だけで、エルトランドの砦の一つでも落として参れ。そうすれば、オリエント本国も力を貸すと約束しよう」

みなさん、お疲れさまです。


みなさんのちょっとした楽しみになれればと、執筆しておりますが、


一ミリくらいはそうなれているでしょうか?


何はともあれ、ご覧になって頂きありがとうございました!

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