祖国転覆のために.4
これにて一章終了です。
次回の更新は水曜日となっております!
ワダツミとその給仕に連れられ向かった城の保管庫には、ところせましと色んな道具が置かれていた。
水晶やお札、数珠とかいうマジックアイテムには随分と興味を引かれたが、レイブンほどではない。
穴が空くほど見つめていた彼女が、ワダツミ、私の順でいちいち近くで見る許可を求めてくるものだから、面倒になって「私の物ではないわ」と淡白に返してしまった。そうすればたちまちレイブンは保管庫の中を縦横無尽にうろつくようになった。
「全く、呆れるほどの知識欲じゃ」と言葉とは裏腹に、温かい目でワダツミがレイブンを見つめる。
なんだかんだ、ワダツミもレイブンを気に入っているのだろう。まあ、気持ちは分かる。奴隷だなんだと言っても、よく頭も回るから、話していてテンポが良いし、返答は端的かつ核心を穿つことが多い。議論好きな人間からすると、正直、たまらないタイプである。
そのうえ、魔導という共通の話題もある。しかもまた、これに触れるときのレイブンは興味津々で質問を重ねてくるものだから、話していて気持ちがいい…本人が調子に乗る――ことはないが、例の魔導を使い始めると困るので、絶対にレイブンには言わないが。
「お主も興味があるのなら、また後で案内しよう」
私の視線から察したのか、ワダツミがそう言った。
「そうね、よろしく頼むわ」
「うむ。ならば、こちらに来い。たいした数はないがエルトランドの服が、あー…どれす?じゃったか?それもある」
給仕はレイブンのそばに移動していた。どうやら、何か質問があったら答えてやるようにとワダツミが命じていたらしい。
私とワダツミは保管庫の奥まで来ていた。埃たくっていない様子から見るに、よく掃除の手が行き届いているらしかった。
「さあ、中から好きに選ぶとよい」
そうしてワダツミが示したのは、大きめのクローゼット。
こくり、と頷き両開きの扉を開ければ、中には色とりどりのドレスが仕舞われていた。
「これはまた…」
一つを手に取り生地や状態を確かめる。大丈夫だ、全く痛んでいない。
「思っておったよりちゃんとしとるじゃろう」
「ええ、そうね」
右から左にとドレスを入れ替えているうちに、私はなんとも言えない気持ちになってため息交じりにぼやく。
「この仕立て方、随分と昔の様式ね。魔力を織り込んであるはずだから、防具としても使えるでしょう」
「ほほー、儂は興味ないからのぉ、分からんかったわ」
「高級品よ。それでいて、オリエントがエルトランドから侵略戦争を受けた証でもあるわ」
「隣人が毒蛇並みに執拗な奴らでのぉ。迷惑しとる」
「ふっ…人間、戦いの螺旋からはなかなか降りられないものね」
ワダツミの皮肉に私は肩を竦める。他人事か、と小言を言われるかと思っていたのだが、存外、ワダツミはご機嫌な様子で口元を着物の裾で覆って笑う。
「ほほほ、一度燃え始めたものはそうそう簡単に消せはせぬ――それが人の本質のようじゃな?黒百合」
「それは私への皮肉のつもり?」
「ふふ、好きに受け取るとよい」
とっておきの皮肉が思いついていたから機嫌が良かったのだろう。本当に、この飄々とした感じは王族らしくない。
「他の王族が、貴方みたいな皮肉屋じゃないことを祈るばかりだわ」
一つ、嫌味を告げてやれば、またワダツミは愉快そうに笑った。根競べしても勝てる見込みはゼロだ。
そんなことを考えながらクローゼットをあさっていると、ふと、一着のドレスが私の目を引いた。
何も考えず、自然とそのドレスを手に取る。その様子はまるで、重力に引かれてりんごが落ちるみたいだった。
返り血が乾いて染められたような、暗い真紅。それを基調にして、立ち昇る陽炎のような黒がドレスの裾から描かれている。
首の周りには私の瞳の色そっくりな鮮やかな赤がぐるりと菱形で円を作っており、なんだか不気味だ。
でも、どうしてだろう…やけに親近感を覚えてしまうドレスだった。
「お、なんじゃ。やっぱりそれか?」
ワダツミが何か言っている。だけど、私の頭の中では違う声が聞こえていた。
『似ているわね。あの日のドレスに』
私に――アカーシャ・オルトリンデに死の宣告が下されたあの日、私を邪悪な者として知らしめるべく、与えられたドレス。たしか、あれはストレリチアが用意したものだったはずだ。
まさか、同じものだろうか。
そんな疑念を抱きながらドレスを観察していたのだが、少し調べれば細かい部分がいくつも違うことが分かった。
(…考えすぎね、全く…)
憎きストレリチアが用意したものではない。
そうなれば、今度は逆にこのドレスへの親近感が強まった。
黒百合の名を冠する今の私と、真紅の瞳が混ざり合ったような色彩。なかなかどうして、運命じみたものを感じずにはいられない何かが、このドレスには宿っていた。
「儂がさっき言っておった“ぴったりのやつ”とは、これのことじゃ、黒百合。この色彩、まるでお主のために作られたみたいじゃろう」
「…ええ。気に入ったわ」
私はドレスをハンガーから外すと、「これを頂くわ。構わないのよね?」とワダツミに尋ねる。
彼女も不思議と嬉しそうな面持ちで頷き、「うむ。城の者からは不気味がられるそのドレスを、エルトランド人の中でもぶっ飛んだお主がまとうというのは…ふふ、思わずにやけてしまう因果を感じるのぅ。最高じゃ」と言って、離れた場所にいるレイブンと給仕を呼んだ。
夜の謁見まで、もうたいして時間が残っていない。着替えるのであれば急いだほうがいいだろう。
そうして私は、禍々しいという表現が似合うドレスを持ってワダツミの部屋へと戻ったのだが、途中、それを抱いた私を見るレイブンの目に得も言われぬ感情が宿っているのに気がついて、妙な気持ちになるのであった。
夜の城は、昼間に比べて静かだった。歩き回る給仕の数が減った代わりに、寡黙な警備兵の数が増えているからそう思うのだろう。
ワダツミの部屋から謁見の間までの距離はたいしたものではなかったが、道中、私は警備兵や給仕たちから奇異の目を向けられた。
陰で私が、『エルトランド人の裏切り者』だとか、『魍魎令嬢』だとか揶揄されているのは知っていた。だから、たいして城の人間の視線など気にしないでいるつもりだったのだが、今夜、彼らが見せる眼差しはそれらとはまた違っていた。
込められているのは、恐怖や不安、もっと言えば、畏怖に近しいものすらも感じられた。
おそらくは、この衣装のせいだろう。
黒い復讐心と、灼熱の怒りを織り込んだような、黒と紅のドレス。おまけに、太刀に着いた血を拭うための左手の赤いグローブ。これらを着た自分を鏡で見たとき、丈やサイズ感がぴったりすぎて、私ですらぞっとしたものだ。
『私たちの運命、そのものみたいね』と自分と同じ声が頭に響く。
最近、こうして自分の考えか、何なのか分からないものが頭を巡るようになっていた。疲れているのだろうが、夜しっかりと眠っても、声は消えない。
考え事に耽っていると、珍しく堅い表情でワダツミがこちらを振り返った。
「さあ、準備はいいか」
「何かしら、その顔。貴方、緊張しているの?」
私がそう言えば、すぐにワダツミは唇を尖らせ、不服さを露わにしてくる。
「うるさいわ。儂は色々とやらかしておるなか、ここに戻ってきておるのじゃ。分かっていても、説教くらうのは気が滅入る」
「今さらじゃないかしら?それ。少し前までは飄々としていたくせに」
「儂は直前になって緊張するタイプなんじゃろ」
「へぇ。まぁ、どうでもいいけれど…あまり不安そうにされると、私たちまで落ち着かないからやめて頂戴ね」
「す、すまんのぅ…お主ら」
弱々しくぼやくワダツミ。その視線の先にはレイブンがいるが、彼女は「はぁ」といつもの生返事だ。
分かっている。レイブンにそんな不安はない。彼女はかつての主人であるバックライト夫人の命令――つまり、私の命を守るという行動にさえ添えればそれでいいのだ。
それは別に私の行動を制限するものではない。私がどんな危険に飛び込もうと、レイブンは私を止めることはない。彼女は私の行く道に随伴し、その中で命令を守るべく行動できればいいわけだ。
そのためなら、自らの身を盾にすることも、自分を『モノ』扱いして無謀な戦い方をすることも躊躇わない。あの綺麗で儚げな顔を見ているとにわかに信じがたいが、本当にそういう人間なのだ。
私はレイブンの淡白な反応を見てから、ワダツミを振り返り、肩を竦める。
「そもそも、貴方は貴方なりに正しいと思ったことをやったのでしょう?貫き通してみせなさい、その気概を」
「黒百合…」
ワダツミは少し安心した顔で、「そうじゃのう」とぼやいた。そうしてから、体の向きを変え、謁見の間の扉に手をかけた。
警備兵はここにはいない。今の時間だけ席を外すよう命じられているらしい。
ワダツミの手によって、大きな扉が音を立てて開いていく。大きな扉は、まるで私たちの運命を模しているように重々しく開いた。
「お待たせしました。お婆様」
凛として、澄んだ声がこだます。一瞬、誰のものか分からなかったが、すぐにそれがワダツミの声だと分かったので、私とレイブンは揃ってギョッとして、彼女の後ろ姿を見つめた。
(いつもの年寄り臭いしゃべり方はどこにいったのかしら…)
あれを意図してやっているのだとしたら…ちょっと、いや、かなりの変人だ。
「客人を連れて参り…」
私たちがそんなどうでもいいことに気を取られているうちに、ワダツミの声がしぼんでいく。
どうしたのだろう、とワダツミの背中越しに様子を窺えば、空の玉座が見えた。
「いないじゃない」と小さな声で呟く。
「…おかしい。婆様は時間を必ず守るお方じゃ。なぜ…」
瞬時に口調を戻し、謁見の間の中央へと歩み出るワダツミに続き、私たちも前へと進む。
謁見の間には分かりやすい玉座と、何本もの柱に、大きな絵画、高級そうな壺が並べられている。隅にある花瓶の中には、弧月の入り江にあった赤い花――彼岸花とかいうらしいが――が挿されていた。
「…」
「これはどういうことなのかしらね。すっぽかされたのか、それとも…」
「婆様は約束をすっぽかすようなお方ではない」
ワダツミは間髪入れずにそう返すと、「じゃが…」と言葉を挟んで顔を上げて黙り込んだ。
「ワダツミ、言いたいことがあるのなら…」
私が言葉の続きを催促しようとしたそのとき、不意に、後ろに立っていたレイブンが私のドレスの裾を引いた。
「どうしたの、レイブン」
珍しい行動に振り返れば、漆黒のガラス玉が四方をキョロキョロと見まわしていた。
そして、そのたおやかな唇が小さく動く。
「お嬢様…何か、感じます」
レイブンが無感情にぼやいた、次の瞬間だった。
柱の陰から、いくつもの人影が飛び出してきて、私たちに躍りかかったのだ。
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