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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
二部 一章 祖国転覆のために

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祖国転覆のために.1

はじめまして!百合小説をひたすらに投稿しているnullという者です!

こちらの作品の続きを執筆致しましたので、お気に召した方はお読み頂けると嬉しいです!


五章構成で書いておりますので、のんびりとお付き合い頂けると幸いです!

 行き交う人波は、自然と私にエルトランド王国での暮らしを思い出させるくらいには、道幅いっぱいに膨れ上がっていた。


 活気にあふれる住民たちの声。


 聞き慣れない弦楽器の音。


 嗅いだことのない揚げ物の匂い…。


 エルトランド首都フルールズに負けずとも劣らずの、生活の息吹。それらを五感で十分に感じた私は、少し前を歩くワダツミに距離をつけられないよう、早足になりながら呟いた。


「…こんなに栄えていたなんて…」

「それは誉め言葉として受け取っておくかのぅ」


 いつもの飄々とした口調でそう答えながら、ワダツミは自分の名前を呼ぶ民衆たちにひらひらと手を振って返している。


 私――リリー・ブラックは今、ワダツミに伴われて東国オリエントの中心地、首都ショウヨウを訪れていた。理由は、弧月の入り江での戦いに関する本国への報告、そして、これからのエルトランドとの向き合い方に関する話し合いを行うワダツミが、『大将首を取ったんじゃ、お主も来るか』と提案してきたからだ。


 来た、と私は思った。


 私の人生を狂わせたストレリチアへの復讐は、今や個人への報復に留まらず、国家自体の転覆へと目標を昇華させていた。


 それは個人では成せない復讐だ。必ず、国単位の力が必要となる。


 ワダツミの誘いは、そんな私にとって千載一遇のチャンスでもあったから、二つ返事で承諾してみせた。


 ニライカナイの拠点から、馬車でおよそ二日の距離にショウヨウはあった。


 ショウヨウの中心には大きな正門を携えたショウヨウ城があり、その足元には城下町が広がっている。規模はエルトランド首都よりも小さいものの、風情ある街路樹や河川を見ていると、あちらより自然と調和した良い土地であることが窺えた。


 民衆のものらしき家もエルトランド領のものとは大きく違う。顕著なのは屋根だ。レンガや石ではなく、瓦といった素材でできているから、エルトランドの街並みとはまるで異なって見える。


 まあ、端的に言うと良い場所ということだ。なかなかどうして、今の自分の状況も忘れて旅行気分に陥りかけてしまう。


(…私が『アカーシャ・オルトリンデ』だった頃は、ルピナスたちと四人で色んな土地を旅したものね…)


 私の役回り上、他国との諍いに首を突っ込むことはなかったが、領内やその近辺で暴れまわる魔物を退治しに国を出ることは珍しくはなかった。となると、当然ながら旅をする必要性も出てくる。


(今思えば、ルピナスに連れられて渋々秘湯巡りをしたのも、マルグリットの稽古に付き合わされたのも、悪くはない時間だったわ…。それに、野宿になったってサリアが作るご飯はいつも美味しくて――)


 不意に、私の脳裏に修道服を着たサリアの、気弱な笑顔が浮かんだ。


 散り際の花みたいに、儚くも愛らしい女だった。


 一緒に戦っていると、いつか、サリアがあっさりと死んでしまうんじゃないかという不安になったものだが…。


「…」

 ぞっとすると同時に、私は頭の奥のほうから、『でも、それを現実のものにしたのは貴方よ』という幻聴みたいなものが聞こえた気がして、無意識のうちに自分の二の腕をさする。


 一か月前、弧月の入り江での戦いで私が殺めたのは、かつての仲間、サリアだった。


 私とマルグリット、激昂する両者の間に飛び出してきたサリアは、私の放った絶命の一太刀からマルグリットを庇う形で死んでしまった。


 最期に彼女が言い残したのは、とてもサリアらしい、私とマルグリットを心配するもの。今思い出しただけでも、胸が張り裂けてしまいそうになる。


(でも…謝罪はしないわ。懺悔だってしない。それで救われるのはあの子たちではなく、私だから)


 戻れぬところまで来てしまった。今さら彼女らに見せられる顔など、悪の令嬢としての顔しか持ち合わせていない。


 始めてしまったことだ。せめて、ルピナスたちが真っすぐに私を憎めるようにしようと…吐いた唾を飲まないことを私はあれから固く誓っていた。


 海底よりもさらに深い場所へと引きずり込まれそうな感じがした私は、きゅっと唇を噛んで気を引き締める。


 すると、そんな私に前を行くワダツミが振り返って言った。

「おい、黒百合。離れずについてくるんじゃぞ。ここはお主らエルトランド人にとって、敵国の中心地みたいなものだからのぅ」

「分かっているわよ」

「油断しておると、後ろからブスリ、と刺されるかもしれんぞ」

「王女同伴の私を刺せる人間がいるのなら、ぜひとも顔を拝みたいわね」


 鼻を鳴らしてそう返せば、ワダツミは何が面白かったのか愉快そうに、「ふふふ」と笑った。口元に手を当てて目を細める様は女狐みたいだった。


「その調子なら、そうそう簡単には死ぬこともあるまい。――ほれ、付き人が置いてけぼりじゃぞ、手でもつないでやったらどうじゃ」


 そう言ったワダツミが顎で示した先を見やれば、そこには街を流れる同胞たちやエルトランドでは見慣れなかったであろう品々には目もくれず、片手をかざして蒼天を仰ぐレイブンの姿があった。


 空には猛禽類らしき鳥の影が一つ。珍しくもなんともないだろうに、きっと彼女にはそれが特別なものに見えるのだろう。


 国を追われた私が、唯一エルトランドから持ってきた『モノ』。いや、持たされたというのが正確か。


 黒い髪に黒い瞳をした、人形のような顔立ちの少女、レイブン――私の奴隷であり付き人でもあり、剣であり、盾であり…そして、本人曰く、翼だ。


「レイブン」


 立ち止まり、彼女に呼びかける。


「はい?」


 きょとんとした面持ち。最近は、ちょっとだけ人間らしくなった感じがする。


「行くわよ。見知らぬ場所なのだから、はぐれないようにしなさい」


 私はそうして左手を出す。薬指には、仇敵ストレリチアから与えられた枷が、魔力を喰らう指輪がはめられている。


 レイブンは、私の手を見て少し迷う素振りを見せた。理由はすぐに分かった。


「あぁ、ごめんなさい」


 できるだけ気にしていないふうを装って、出していた手を左手から右手に変える。


 レイブンは、弧月の入り江での戦いで、マルグリットによって左手の五指を全て落とされてしまっており、代わりに鉄製の鉤爪をつけていた。


 私を庇っての傷だ。思うところも大きいが、レイブン自身が気にする様子もないため、私も陰ながら手助けするぐらいに留めている。


 レイブンはそのうち私の言葉に従って、右手を取ってみせる。


 つないだ彼女の手は、ほんのちょっと冷たい。


「…ありがとう、ございます。お嬢様」

「気にすることはないわ。主人の務めだもの」


 そんな自覚もないくせに、私はぼやく。そうして歩調を緩めていたワダツミに近寄れば、なにやら、「手は冗談じゃったがの」と小さな独り言が聞こえた。


 人波に飲まれそうになりながら大通りを歩くこと10分。三人の前には大きな城門が立ちはだかっていた。


 東国オリエントの中心となる城であり、ワダツミら王族が住まう場所、ショウヨウ城である。


「エルトランドとは城の造りも違うわね」

「それはそうじゃろう。本来、海で隔てられた土地じゃ。似ても似つかぬものばかりよ」


 くるり、とワダツミが首だけで振り向く。その瞳には、どこか意地悪な光が宿っている。


「ほれ、お主とレイブンとて、まるで違う。そうしていても姉妹には見えん。恋人、とかならあるいは…ぬふふ」

「馬鹿を言ってないで、さっさと案内しなさい」


 わけの分からない冗談に眉をひそめれば、ワダツミは唇を尖らせ、「なんじゃ、つまらんのぉ。どちらか片方くらいは動揺してもいいじゃろうて」と肩を竦める。


 ワダツミは、ゆったりとした歩調で城門を守る衛兵に近寄っていった。衛兵たちにはすでに連絡が来ていたようで、彼女が姿を見せたことでビシッ、と整列してみせた。


「ふふっ、放蕩娘が帰ったぞ!門を開けてくれ」


 愉快そうなワダツミの声を聞いて、衛兵たちは深々と頭を下げて城門を開け始める。


 その傍らで、私とレイブンは手をつないだまま横目で視線を交わした。


「…本当にお姫様なのね」

「はい。そのようです」

「まあ、あの肝の座りようを考えれば、そのほうが自然なのかもしれないわ」

「はぁ」


 出た。いつもの返答だ。何か納得していなかったり、理解に苦しんでいたりすると出る相槌である。


「どうしたのかしら、言いたいことがあるのなら口にしなさい」


 レイブンは無言で私を見つめた。だが、こちらがさらに催促を重ねたことで再び口を開いた。


「どうでもいいことですよ。私の感想です」

「別にそれでいいわ。聞かせなさい」

「はぁ」

「レイブン。返事はピシャリとしなさい」

「は、はい」


 ちょっとだけ焦っている様子の瞳。黒曜の宝石はいつ見ても美しい。私のウサギの目みたいな瞳と取り換えてほしいくらいだ。


 やがて、レイブンが言った。


「リリーお嬢様は…どこをどう見ても、お姫様ですよね」

「え…?」


 思わぬ言葉に面食らう。レイブンの意図を探りたくて、十八歳にしてはあどけない面持ちを見つめたが、相変らず表情からは読み取りづらく、何も察せられない。


 仕方がないので、アカーシャはそのまま思うところを言うことにした。


「レイブン、私は次期王妃ではあったけれど、『お姫様』ではないのよ?ちょっと位の高い貴族令嬢にすぎないの」


 “ちょっと”というのは少し控え目な表現であろうが…まあ、この際どうでもいい。どうせ、もう失ったものだ。


「はぁ」

「…なにかしら、その煮え切れない態度。言ってごらんなさい」

「…前置きしたように、ただの感想なんだけどなぁ、と思っただけです。お嬢様の出が王族ではないことなら存じております。あくまで容姿がお姫様然としている、と言いたいのです」

「そ、そう」


 少し生意気な物言いだが…まぁ、悪い気はしない。


「なら、誉め言葉として受け取っておくわ」

「はい」


 本当なら、『そっちだって、ワダツミよりもよほどオリエントのお姫様に見えるけれど』と口にしようとしていたのだが、照れ臭さと、辟易した様子で私たちを呼ぶワダツミの声がそれを止めた。


 きめ細かい肌、肩まで伸びた光を飲み込む黒い髪、そして、整った目鼻立ちに浮世離れした雰囲気。


 相応しい服装をしていれば、レイブンこそお姫様だ。


(少なくとも、なんとか『じゃ』…なんて言う、年寄り臭い口調のワダツミよりはね)




『お主は少し儂の部屋で大人しくしておれ』


 城に入るや否や、ワダツミはそんな言葉と共に私を王族の私室にしては質素な部屋へと押し込んだ。


 曰く、『お主は戦争中のエルトランド人――しかも、未来の王妃だった女じゃ。そう簡単に他の王族に謁見できるわけもなかろう』とのこと。


 言わんとすることは分かるし、城の兵士が私を見る目からも、そうしたほうがいいのだろう。


 ワダツミは私も話し合いに参加できるように尽力してくれるつもりらしいが…ここまで来て、観光しかできないとなっては肩透かしもいいところになる。


「戦争…ね。ストレリチアを討つためにオリエントの力を利用できると思っていたけれど…私の価値を証明できなければ、それも難しいようね」


 とにかく、今の私にできることはない。


 思考を切り替えた私は、やることもなかったためワダツミの部屋を物色することにした。


 紅葉を想起するような色合いで統一された部屋には、よく分からない紙の飾りが壁や天井に並べられている。目を凝らしてみれば、どうやら鳥や蛇、魚などの動物を象ったものであることが分かった。


 天蓋付きのベッドはとても寝心地が良さそうだったが、さすがにそこでくつろぐのは気が引けた。

 私は次に大きな窓へと近づく。換気のために開け放たれた窓の向こうには、ショウヨウの街が端のほうまで見えた。


 やはり、活気ある街だ。戦火もここまでは届かないのだろう。戦時中とは思えない平穏が風と共に優しくたゆたっていた。


「…穏やかな静謐…いいわね…こういうのも」


 気づけば、私の口元は綻んでいる。今だけは、頭の中からストレリチアやかつての仲間たちのことが薄らいでくれていた。


 だが、それもほんの一瞬だ。


 窓枠に身を寄せれば、カツン、と腰に佩いた太刀が壁とぶつかって音を立てる。


 弧月の入り江での戦いの折、ワダツミが私用にと与えてくれた太刀。銀色をした鞘には赤い花の装飾があしらわれている。後々聞いたら、オリエントに自生している彼岸花という名前の花を象ったものらしかった。


 銀と真紅、私の髪と瞳の色を模したデザインの太刀は、不思議と異国人の私の手にも馴染んだ。レイピアに代わる武器を手にしてから、一日も欠かさず振るっているからかもしれない。


 私の手は、吸い寄せられるように鞘から太刀を抜いていた。外界に顔を出した静かな狂気を宿す刃が、きらりと日光を反射して輝いた。


「…」


 この刃は、サリアの血を吸っている。


『逃げられないわね』と頭の奥で誰かが呟く。


 逃げられない?

 それは、なにから?


 考え出すと、決まって頭が重くなる。だから、すぐにそれをやめるべく、私は頭を左右に振って息を吐く。


「…運命、いえ…罪業、かしら…」


 ダメだ。考えないようにすることは、思っていたよりも難しい。


 海底を這う闇が私の肩に手をかけたとき、不意に、部屋の扉が叩かれた。


「お嬢様。私です。入っても構いませんか?」


 それはレイブンの声だった。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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