羽休めのひと時を…
これにて当作品は一区切りとなります。
最後までお楽しみ頂けると幸いです!
ニライカナイの拠点に咲いていた桜の木は、とうに葉桜となって青々しく鳥居のそばで風に揺れていた。私はそれを窓の向こうに眺めながら、腕を組み、眉間へと力を込めているところであった。
弧月の入江での戦いが終わって、はや半月。
ジャンのこと、サリアのこと、マルグリットやルピナスのこと…戦いの傷は完全には癒え切らないが、この場所には穏やかな空気感が戻りつつあり、おかげで私も多少なりと落ち着いた日々を送ることができていた。
ストレリチアに会ったことは誰にも話していない。そもそも、幻影魔導で出来た虚像であったため、多くの者にとっては意味を成さないだろう。
もちろん、私にとってはその限りではない。あの邂逅は、ますます彼女の真意の理解が難しいことを私に知らしめるものとなった。
だが、だからといって憎むべき相手であることに変わりはない。彼女が何も語らない以上、それ以外の結論はなく、彼女と相対したときに取る行動にも変わりはないのだ。
突然にして私の前に現れ、そしてまた同じように、忽然と夜の海に消えた彼女の姿を思い出す。いっそ、腹ただしいほど儚げなストレリチアに相応しい舞台だった気がする。
「あのぅ」
小さな部屋の隅から聞こえた声に、私は我に返る。それから、意識して険しい顔を作ると言った。
「何かしら、レイブン」
ベッドに腰掛け、腕と足を組んだ私の前には正座したレイブンの姿があった。
戦いで失われた彼女の左手の指先には、生活に不便が少ないようにとワダツミに用意された、小さな鉤爪状の器具がはめられている。そんな物々しいものを着けたレイブンだったが、今は捨て犬のようにしょんぼりとした顔で私を見上げていた。
「そろそろ、その、お許し頂けると…」
「駄目よ。貴方、何も分かっていないじゃない」
きっぱりと告げれば、レイブンはまた俯いた。庇護欲をそそる面持ちに、私の良心がちくりと痛んだが、私に非はないと思い直し、足を組み変えながら続ける。
「何度駄目だと言っても、私の見ていないところでコソコソと例の呪いの訓練…貴方がこんなにも聞き分けが悪いとは思ってもいなかったわ、レイブン」
あの戦いの後、大きく変わったものがいくつかある。一つは、彼女の、レイブンの様子である。
自身の体を『モノ』と捉えるがゆえに施せる、身体強化の呪い。これはやはり冷静に考えても、あまり乱用するべきではない代物だった。
爆発的な強化量は確かに凄まじいものがあったが、その持続時間は短く、反動でまるで動けなくなるのは大きな欠陥だ。回復にだって数日かかったし、人道的にも看過できない点もある。
だから、レイブンには練習などするなと命令した。だが、普段なら命令遵守の姿勢を示すくせに、今回ばかりは違った。
「ですが、お嬢様…あれは役に立ちます」
「はぁ?」
生意気な従者を睨みつけるも、彼女は意に介さず続ける。
「私のように素養がなく、まともな訓練を受けていないものでも、お嬢様のお力になれるんです」
素養がない?
そんなはずがない。彼女は素養の塊だ。物体に上手に魔力を流し込める器用さだとか、そもそもの魔力量、そして、発想力。然るべき経験を積み続ければ、かつての私に及ばずとも十分立派な呪い師になれることだろう。
「とにかく、駄目よ。あぁ、もう…これでまた無茶をする手段が増えたじゃない…」
「無茶などしません。私はただ命令を――」
「はいはい、もう言い訳はいいわ」
「…言い訳なんかじゃ、ありません」
ちょっとだけ不服そうな…いや、傷ついた顔だろうか。とにかく、暗い表情を浮かべたレイブンを見て、私は少し罪悪感を覚える。
彼女の気持ちが嫌なわけではない。ただ、これ以上、私のせいで悪い方向に巻き込みたくないのだ。
「レイブン」私はベッドの縁をトントン、と叩いた。「こっちに来なさい」
レイブンは少しだけ考え込むと、「はい」と短く返事をして私の隣に腰掛けた。
彼女の重みでわずかにベッドのスプリングが軋む。
「貴方は私のものよ。レイブン」
「はい、心得ております」
「それなら、勝手に壊れるような真似を私が許さないのも、分かるわね?」
「…はい」
「よろしい」
私は優しくレイブンの頭を撫でた。なんとも手触りの良い髪を手のひらで往復しているうちに、胸の真ん中辺りが暖かくなっていくような気がして、くすっ、と笑ってしまう。
「どうかしましたか?」
「いいえ、別に」と首を振っていると、レイブンがなんだか物言いたげな様子で私を見つめてきた。
「そっちこそ、何か言いたいことがあるのではなくて?」
「…」
珍しい沈黙。私はゆっくり待つことにした。
そのうち、レイブンが顔を上げた。
「お、お願いがあります」
頬がほんのりと赤くなっていたので、なんとなく、お願いの内容は分かっていた。
「なぁに?」
きっと、私が彼女から奪ったものを求められるのだろう。
「…抱きしめて、頂いても…いいでしょうか?」
私はゆっくりと頷くと、「構わないわ」と告げて、彼女を両腕の中に閉じ込めた。
こうして、私が次の鳥かごになるのだろう。そして、私はそのまま彼女を業深い場所まで連れて行くのだ。
徐々に私の体へとなだれかかってくるレイブンの頭を撫でる。
後悔はしない。私は選んだのだ。
これから先の道を、進み続けるほかない。
――たとえ、この美しい鳥が二度と囀らなくなったとしてもだ。
ここまでお読み頂いた方、また、ブックマークやいいね等で応援して下さった方、本当にありがとうございました。
自分の拙い文章力で流行りのジャンルに乗っかろうとしましたが、なかなか面白くはならないものですね。日々勉強だと思い知らされます。
とはいえ、みなさまのおかげで一区切りはつけられました。ありがとうございます!
多少なりと反響がありましたら、続きを書かせて頂きますので、「先が気になるかも」「もうちょい頑張ってみたら?」という方は、評価や感想、ブックマーク頂けるとありがたいです!
それでは、この続きか、また別の作品でお会いしましょう!
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